◆ ◆ ◆
灼けていくようだった。
フレアモンの中で。
ワーガルルモンの中で。
何かが、燃えていく。砕けていく。
散らばっていたピースが、無理矢理はめ込まれていくような激痛が。
「────! ────!!」
絶叫が上がった。
圧迫されていく首を内側から抉るように、けたたましく響いて上がった。
やめろ。やめろ。頭の中がうるさい。
水晶に反射して突き刺さる、聞こえない筈の音が。
自分達の慟哭が。黄金の騎士の懺悔が。黒紫の騎士の嘆きが。いつか聞いた波の音が。朗らかに笑う誰かの声が。
「ッ……が、アァ!! ────やめろ……やめろ!!!」
やめろ。やめろ。それは此処には無い。
此処には居ない。もう、いないのに。
『フレアモン!!』
『ワーガルルモン!! ──ッ!?』
『……!? 花那……!』
────ああ、愛しい声が聞こえる。ここにいる、守りたい声が。
『そ、蒼太……っ。なんで……今、凄く悲しいのが……流れてきて……! ッ……あああぁ!』
『……これ……まさか、二人の。────』
守りたい。
ずっと、守りたかったんだ。
仲間を。友達を。家族を。
理不尽に死んでしまう事も、毒に怯える日々も、無いように。この手で守りたかったんだ。
けれど。
────“……嘘だ。だって、毒が……そんな理由で世界は……俺達の家族は、死んだのか。”
────“■■■は、子供達は絶対に救ってみせる! お前達と刺し違えてでも……!”
“どうか、どうか。オリンポス十二神。世界を憂う同胞よ。貴方達のデジコアを小生らに。”
「何をしている」
────無意識の、うちに。
折れた筈のフレアモンの手が、潰れた筈のワーガルルモンの手が。
自分達の首を締め上げる、騎士の腕を掴んでいた。
「……クラウ・ソラス」
騎士の声に槍は呼応し、主の元へ。
彼を掴む二人の腕を、切り落とす。
鮮やかな赤色が咲いた。
残ったもう一本の腕が、また、騎士を掴んだ。
「────」
騎士はその様相に、かつて自身を糾弾した“彼ら”の面影を見る。
それを、懐疑した。自らの言葉が記憶を触発したのだろうが、そんなもの作り物の電脳核には継承されない筈だ。
「……そうか。貴様らの肉体と共に、最期の記憶も水晶に溶けていたか」
騎士を掴んで離さない、獣の腕。
気付けばそれは────“彼らではない誰か”のものに、形状を変えていた。
ノイズがかかり、蜃気楼のように。
腕だけが、あの日の憎しみを込めて。
「幸福な記憶は失ったまま、こうも歪に成れ果てる。……ああ、所詮は紛い物だ。その肉体も過ごした時も、記憶さえ仮初めの命達。その果てがこんな形とは」
そんな“誰か”の腕を見下ろし吐き捨てる、騎士の言葉はよく分からなかった。自分達の叫び声で聞き取れなかった。
「────我が槍よ」
分からない。分かりたくない。
思い出したいのに思い出すのが怖い。
そうすればきっと、腕だけじゃない。心だって変わり果ててしまう。潰れてしまう。
哀しみ、嘆いて、憎しみに溢れて。憤怒に燃えて。
今も守ろうとしている大切な者さえ巻き込んで────きっと取り返しがつかなくなるから。
それが、あまりにも怖いんだ。
「俺、達は」
浮遊する槍先が向けられた。
変わり果てた腕を切り落とす為に。見るに耐えない顔を胴体から切り離す為に。
埋められた作り物の電脳核を────今度こそ、砕く為に。
ライラモンの声が聞こえた。身体は動かなかった。
黒猫が柚子の声で何かを言った。頭の中がうるさくて、やはり身体は動かなかった。
クレニアムモンは。
いつか見たあの時とは違う、悲しい程に冷徹な瞳を向けながら。
槍先を、断頭刃の如く振り下ろして────
『『────させない!!』』
瞬間。
二つの肉体が、跳ねるように宙を舞った。
「────」
それは無自覚の回避行動。自分の身体ではないような感覚が、彼らを包む。
魔槍は空を切った。二人の足は壁に着地していた。
何かに促されるまま顔を上げる。その瞳に映る黒紫に────子供達が声を上げた。
『死なせない……! 二人をこれ以上お前に傷付けさせない! クレニアムモン!!』
自らの感情を、真っ直ぐに込めて。
『何が……誰が「紛い物」だって言うの!? 私たちが一緒にいた時間はそんなものじゃない! 昔の二人が何だってそれは変わらない! 馬鹿にしないで!!』
『お前になんか殺されてやるもんか! デジタルワールドだって壊させない!!
俺たちは……生きるんだ! 生きて、生きて! ……こんな思い……二人には、もう……!!』
──本当は、泣いてしまいたかった。
回路を通して押し寄せる感情が──フレアモンとワーガルルモンに宿る悲しみが、憤りが、そして後悔が。
あまりにも大きくて、今この場で泣き崩れてしまいたかった。
けれど、それ以上に
『……フレアモン! ワーガルルモン!! なあ、もういいんだよ……!』
彼らの事を────救いたいと、願う。
『もう我慢なんてしなくていい! これまでのことも、これからのことも全部……! お前たちだけで背負わなくていいんだよ!!』
『私が……私たちがいるよ! だから……!』
その願いは。思いは。互いを繋ぐ回路を通じて流れて行く。
……伝わっていく。それはやわらかな風のように、心の中へと吹き込んだ。
「──蒼太」
フレアモンは思い出す。
廃墟での夜。最初に彼に抱き上げられた時を、あの時の温もりを。
「……花那……」
ワーガルルモンは思い出す。
廃墟での夜。最初に彼女が背に触れた時を、あの時の温もりを。
ああ、なんて────あたたかくて、いとおしい。
『コロナモン。俺たちが一緒にいるよ』
『ガルルモン。絶対、大丈夫だからね』
触れる事は叶わない。……それでも。
蒼太と花那は、二人を抱き締めるように、手を伸ばして────
────頭の中で。
鎖が外れたような綺麗な音が、聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆
そして。
二人の獣は、その身に大いなる光を宿す。
◆ ◆ ◆
あたたかな光が溢れた。
優しい光が包み込んだ。
瞳に紅い炎が宿った。
瞳に碧い炎が宿った。
それは再生ではない。
過去の再現ではない。
かつてと同じ姿だったとしても。
「────フレアモン進化!」
「ワーガルルモン進化!!」
これは新生である。
勇気を、優しさを、愛情を、友情を。
紡いで、繋いで、辿り着いた姿である。
長き旅路を往く命を祝福し、暗き地を陽光で照らす────究極なる二柱の獣達。
その、真の名を
「────アポロモン!!」
「────メルクリモン!!」
◆ ◆ ◆
彼方の空に光を見た。
「──ねえ、ご覧よヴァルキリモン」
ずっと、ずっと、待ち焦がれた光。
手を伸ばす。此処からはあまりに遠くて、届かないけれど。
「綺麗だねえ」
それでも、ここまで降り注ぐのだ。
朽ちた天井から射し込んで、水晶の墓標達を照らして──それは、さざ波の煌めきのように。
美しい。
「ああ、そうだねミネルヴァモン。──だから」
光を仰ぐ彼女の横顔を見つめて、ヴァルキリモンは柔らかく微笑んだ。
「時間だ。このデジコアを、二人に返してあげよう」
墓標の中に浮かぶ二つの結晶。
火を灯したように、穏やかな光を抱いていた。
第三十四話 終
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