◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
北東へと走る。
叫ぶ声はもう遠く、聞こえない距離まで来た。
霧の中を迷わずに進む、ラプタードラモンは高度をガルルモンに合わせてはいたが──口を開いて状況を説明する事はしなかった。
何も聞くなと、言うなと、逃げ出してすぐに彼は言いつけ、以来沈黙が続いている。それ故、一行はただ助けられたということしか理解できていない。
「────お前たちを助けたのは」
ふと、張り詰めた沈黙を彼自身が破る。視線が集まった。
「生き残る、手段のひとつだった。オレたち全員のだ」
それは独り言のようで、返答はむしろ求めていないように聞こえた。
蒼太が小さな声で、あの場に残った青いデジモンを気にかけた。ラプタードラモンは何も言わなかった。
再び沈黙が訪れる。
命の恩人は、黙って前を見続ける。
やがて霧の彼方に、摩天楼の影が浮かび上がった。
*The End of Prayers*
第十一話
「廃工場都市」
都市と言われたその場所は、巨大な毒の海の上に在った。
──実際には、都市を囲うように毒が広がっているだけなのだが。とにかく空からでもなければ侵入できない程、都市は毒によって隔絶されていた。
「……これ、入れるの?」
花那の言葉に、ラプタードラモンは一瞬だけ彼女に目を向ける。
「空を飛べる奴だけ出入りできる。それと、その背中に乗れる奴」
「じゃあガルルモンは……」
「オレには乗せられないし、でも普通に入ろうとしたら毒にやられるな。……置いてったりしないさ。少し待ってな。
──ラプタードラモンです。人間とパートナーを連れ、帰還しました」
『何か問題が?』
どこからともなく、低く落ち着いた声が聞こえてきた。
「うち一体、自分の背では運ぶことができません。“渡し橋”を要請します」
『そこで待っていなさい』
すると、黒い大地の向こう側から大きな機械音が響き出す。
やがて霧の中から、やや太さのある鉄骨が伸びてきた。
「すぐ渡ってくれ。毒がついたら戻せなくなるんだ。それと、頼むから絶対に落ちるなよ」
子供達を背に、ラプタードラモンは高度を上げる。ガルルモンは慎重に鉄骨へ足を乗せ、けれど急いで渡って行った。
灰色と黒で構成されたモノクロの街。
コンクリートと鉄鋼のビル群。区画整理などされていない無秩序な街並み。どこか遠くから、工場のような轟音が聞こえてくる。
建物の大部分は廃墟だった。周囲には黒い水の痕が嫌というほど目に付いた。
人影は、ほとんど無かった。
「──メタルエンパイアって知ってるか」
迷路のような街を案内される。ラプタードラモンから降りた子供達は、ガルルモンにしがみつきながら進んでいた。
「デジタルワールドのどこかにある工事地帯だ。そこに似せて造られたのが此処だった。どうしてダークエリアなんかに造ったんだかな。……それでもまともに栄えてたが、今はこの様だ。どんなにデカくなった都市でも、穴を突かれりゃ崩れちまう。
お前らには山ほど話したい事があるだろうが……でもすぐに嫌ってほど聞くから。もう少し我慢しててくれ」
『なあ、てめぇらは──』
「あ? 誰だ?」
「! な、なんでもない。……今は何も言わないで」
囁くコロナモンの言葉に、黒猫が口を閉ざす。ウィッチモンが音声を切ったのだろう。
「……僕らはどこに行くんだ?」
「お前らと話したがってる方の所さ。だから待てってば。めんどくさいんだから、聞くなって。──それと、ここから先は別の奴が案内する。オレはまだ用事があるからな」
「……わかった」
程無くして、一行は広場のような場所に出る。
枯れた噴水の前で、機械で出来たクワガタムシのようなデジモンが佇んでいた。
「……お、おかえりラプタードラモン。……ピーコックモンは?」
「戦いに残った。オレも戻る。こいつらをリーダーの所へ。連れてったらすぐシェルターに帰れよ」
「わ、わかった。……あの、コクワモンです。よろしく……」
コクワモンと呼ばれたデジモンは深々とお辞儀をする。後の案内を任せると、ラプタードラモンはまた、高度を上げた。
「……ん?」
ふと、下から自分を呼ぶ声を聞く。
子供達がこちらを見ていた。「ありがとう」と聞こえた気がした。ラプタードラモンは複雑そうに眉をひそめ、そのまま荒野へ飛び去って行った。
──案内役がコクワモンに代わり、しばらく。
暗くて長い路地を抜けると、やや大きさのある建物が姿を見せた。寂れた駅の様だった。
中は広く、誰もいない。やはり駅のコンコースを思わせるその場所は、通路の殆どがシャッターで封鎖されていた。非常階段から地下へ下りていくと、今度は堅牢そうな金属の扉が姿を見せた。
「人間は、はじめて見ました」
扉の前で、コクワモンは声を震わせる。
「……だから、どうって、いうわけじゃないですけど……。すみません。あの、リーダーが中で待ってます」
そして壁に設置された監視カメラに向かい、「リーダー」と呼びかけた。
「コクワモンです。あの、ラプタードラモンから任されて、人間たちを連れてきました」
返事の代わりに、何重にもかけられているであろう扉の鍵が外れていく。
それを確認すると、コクワモンは何も言わずに去って行ってしまった。困惑する一行の背後で、扉がゆっくりと開かれていく。
金属と埃のにおいが漂ってくる。
暗い空間の奥から、聞き覚えのある低い声が響いた。
「君達、どうぞ中へ」
◆ ◆ ◆
監視室を思わせる部屋には、本と瓦礫と配線、その他様々な物が散乱していた。
にも拘らず室内は足元が朧げになるほど暗く、羅列したモニターの画面だけが唯一の明かりだった。
中央には、やけにメカニックな車椅子。
それに腰を掛けた──ヒトに似た形をしたサイボーグのようなデジモンが、こちらを見ていた。
「ラプタードラモンは戻ったのか。ああ、勇敢だ彼は。ピーコックモンも実によくやってくれた。君達を、助ける為に」
車椅子がゆっくりと近付いてくる。暗闇に目が慣れ、その姿をきちんと認識すると──蒼太と花那は思わず目を見張った。
そのデジモンの、金属で覆われた細い肉体には──右足と、左腕の肘から先が無かったのだ。。
「もっと奥へお入り」
優しいようだが威圧を含む声色で、そのデジモンは眼球をこちらに向ける。
さほど広くはない部屋の中になんとか全員が収まると、背後で扉が閉まる音がした。
「ようこそメトロポリスへ。我々は感謝し歓迎しよう君達を。
……そうだ、失礼した。自己紹介がまだだったね。私はアンドロモンという」
散らかった机の上の、アルコールランプに火を灯す。
「さて、君達は──……いや、君達の他にもいるな。どこだ? ここではないのか?」
──全員が息を飲んだ。口を閉ざしていた黒猫から、ノイズのような音が鳴り出す。
『──デジタルワールドにはおりまセン。しかし彼らと繋がる亜空間に……。ワタクシはウィッチモンと申しマス』
「ウィッチェルニーのデジモンとは珍しい。そこにいるのは君だけかね?」
『いいえ、他に人間が三人、デジモンが一体』
『はいはい! みちるちゃん復活したよおはよう! ねえこれ誰!』
『静かに! ──我々が捕獲しているデジモンはブギーモン。そちらのダークエリアの個体デス』
「……亜空間の魔女に、北の領のブギーモンか。事情を聞くのが楽しみになった。君達を助けてよかったその点を鑑みてもだ」
アンドロモンは何度か頷くと、車椅子を動かした。きょろきょろと部屋を見回す。
「……あった、あった。これが邪魔だな。ほら、座りなさい。話は長くなるものだ。立っていては疲れてしまう」
長椅子の上に乗っていた物を大雑把に払い退け、そのまま床に落とす。椅子を軽く叩いて着席を促した。
警戒したままコロナモンが座る。ユキアグモンとの間に蒼太と花那を座らせた。
「君は大きいから床で。釘に気を付けて。ああ、お茶は期待しないでくれ。ここにはオイルしかないんだ。では続きといこう先ずは──その二人。人間の幼体、か弱き子供達。君達は私が怖いかね?」
突然そんな事を聞かれたので、蒼太と花那は困惑した。すぐに返事ができずにいると──
「ああ、無理もない。無理もないのだ。元々以上に今の姿はおぞましい。せめてこの瞳だけでももう少し可愛らしければ」
アンドロモンは冗談交じりに、やや飛び出した眼球をぐるりと動かした。
「さて、次はデジモン達だ。君はユキアグモンだね。初対面だが種族としては知っている。しかし何故ホーリーリングをつけている? いやそれは置いておこう。そして二人は種族としても初めて会うな。名前は何と?」
「ガルルモンです。彼はコロナモン。……まず、助けて頂いたこと、感謝します」
「礼を言うのはむしろこちらだ何故なら……そう、助けた事には意味がある。あらゆる行動には理由が存在する。
その理由を、経緯を、君達は恐らく気に掛け困惑しているだろう。しかし落ち着きそして安堵する事だ。何故なら私はこれから、順を追い君達にすべてを説明するのだから。しかしその前に聞いておこう私との時間が君達にあるのかを。いやなくては困るな。こちらにも都合があるのだから」
まくし立てるような早口で、アンドロモンは話を進めていく。
「君達は目的を持ってこのダークエリアへと足を踏み入れたに違いない。故に有限な時間に更なる制限を設けているのだろう。どれほどの余裕があるのかね」
「……ウィッチモン、俺たちはあとどれくらい此処にいられる?」
『単純な日数だけなら、五日。そこまで残るのはほぼ自殺行為デスが。城主との邂逅がほぼ確定しマスので』
「城主? 北領の彼と? ……ふむ。ウィッチモン」
『はい』
「話をする前に私は君達の状況を理解し整理したい。経緯を報告してくれ。何故彼らがここに居るのかを。大丈夫だ信じなさい。我がメトロポリスはきっと君達の力になる」
『…………わかりまシタ』
──ウィッチモンは慎重な様子で、人間界で起きたことをアンドロモンに説明する。アンドロモンは目を閉じて聞いていた。
話し終えると、アンドロモンは再び眼球をギョロリと動かす。
「──それでダークエリアに。わざわざこのような場所に来てしまったのか。ああ、デジタルワールドは広いというのによりにもよって此処だとは。子供達もさぞ落胆した事だろう」
『おい! メトロポリスのくせにダークエリアの悪口言うんじゃねぇよ! 誰のおかげで暮らせてたと思ってんだ!』
「しかしそれも今では昔の話だブギーモン。この有様を見なさい。我らが築き上げた利害関係などとうに失われてしまった。ならば我々は新しく造っていかねばならない分かるかね?」
穏やかにブギーモンを諭す。彼が口を開こうとした瞬間、アンドロモンは言葉を被せて隙を与えなかった。
「それにしても嗚呼、可哀想に。実に可哀想だ同情するとも。君達の気持ちは私にはちゃんと分かるのだ何故なら……私もたくさんの仲間を失った。
君達だって少なからずそうだろう。リアルワールドにいたという事はそれなりの理由があった筈だ」
「「……」」
「だがそれは語らずとも良い。君達が過去を語りたいと思うならば話は別だが、我々の間にそこまでの信頼性は生まれていないだろう。しかし先程も言ったが、我がメトロポリスはどのような形であれ君達を支援することになる。
本題へ話を続けよう。この件に関し我らの行動における理由と目的は一致している。しかし長く語るより先に、こういうのは相手の為にも結論から言うものだ」
アンドロモンは音声案内のように淡々と、口にする。
「単刀直入に言えば、我々は君達を売りたいのだよ。その為に助けたのだ」
◆ ◆ ◆
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