◆  ◆  ◆



 回線を切る。その隣では、柚子が心配そうにこちらを見上げていた。

「……ウィッチモン。警察は、何もできてないよ」
「ええ。逆に出来ていたらびっくりしマス」
「……どうして嘘ついたの?」
「安心させられる。質疑応答も円滑に進む。あの状況の子供から、あれやこれやと聞くのは難しい。栄養不足で思考も鈍っているでショウ」
「……」
「虚言を正当化するつもりはありまセンが、今の問題は『誰が子供達を助けるか』ではなく、『どう子供達を助けるか』デスよ」
「……うん」
「……屁理屈と責めても構いまセンが」
「しないよ、そんなの。……それよりチューモンのこと……」
「ユズコは彼女をどう思いマスか?」
「私は、……信じていいんじゃないかなって。あいつとは違う感じするし」

 床に転がるブギーモンを一瞥する。捕虜のブギーモンは現在、手足と口を使い魔で塞いでいる状態だ。何かの拍子に余計な事を言われてはたまらない。

「チューモンがブギーモン達と非協力的な立場にあり、且つ単独行動をシテいるのなら──幾つかの疑問点にも納得がいく」
「疑問点?」
「ところでユズコ。あの二人はどんな性格デス? 例えば、異種の生物に対する優しさは持ッテいるかしら。  あの環境で異種族同士が信頼関係を築くのは、簡単な事ではありまセン。……チューモン自身も生き延びる事で精一杯だったと考えれば……やはり食料でショウか」
「手鞠ちゃんが分けてあげたとか? ……あの子なら、ありえない話じゃないと思う。海棠くんのことはよく知らないけど、聞いてる感じは優しそうだよね」
「二人は他の子供よりも、どういう訳か体力が残っている。分け与えるのも苦ではなかったのかもしれまセンね。
 ……しかし、だからこそ。あのチューモンが寝返る可能性を払拭しきれない。もし彼女が城のデジモンから条件──それこそ食料、または生活の保障を持ちかけられ、引き換えに情報を渡すよう交渉を受けた場合、どう動くかわかりまセンから」
「……もし悪い方になったらどうするの?」
「どうもこうも。しかし相手が成長期な分、ブギーモンよりも対処はしやすい」

 尤もこれは最悪のケースなので、あまり考えたくはないのだが。

「とにかく。おかげで得るものは沢山ありまシタ。先程の通信からセイジの端末も把握済みデス」
「じゃあ、いつでも連絡が取り合える……!』
「使い魔が端末から一定圏内に存在するという条件はありマスが。どうにか破壊されるのだけは避けないと──」
「? けど、さっき海棠くんの電話に繋いだの、ウィッチモンがやったんじゃないの?」
「…………」

 ウィッチモンは数秒、沈黙する。それから「あれは運が良かッタだけデス」とはぐらかして、話題を変えた。
「そういえばユズコ、先程セイジが言ッテいた『オニ』が何か分かりマスか?」
「鬼? うん。昔話とかに出てくるやつなら何となく」
「よければ絵に起こしテもらえマス? 参考までに」
「描くの!? わ、私、イラストとか苦手だけど……大丈夫かな……」
「特徴さえ捉えテいれば十分デス。視覚的特徴が把握出来た方がワタクシも調べやすい。その間、ワタクシは彼らに今の情報を共有しマス」

 慎重に、得たものを活かさなくてはいけない。子供達を助けるにあたっての展開としてはまだ序盤だ。
 黒猫がにゃあと鳴く。ウィッチモンの声を、デジタルワールドへと繋ぐ為に。

「──皆さん。宜しいデスか」



◆  ◆  ◆



 ウィッチモンからの報告は、チューモンとの会話から引き出した事と、それに対する推測である。

 まず、閉じ込められている場所はブギーモンの証言通り、城の地下牢でほぼ確実だ。
 食事は一日一回あるかどうか。子供達の様子から、見張りは常駐していないと判断した。恐らく食事の時だけ地下に降りてくるのだろう。
 どのような形であれ、一行による地下牢への侵入は避けられない。牢番の行動には特に注意が必要だ。

 現在子供達が収容されている部屋は二つ。誠司の『最初はもっといた』という発言から、少なくとも一回は子供達の移動があったと思われる。
 人数を分け直した理由は不明だ。捕虜個体が言っていた「選別」とは、やや一致させ難いが──。

「……捕まった子たちの具合、悪くなってるんだね」

 コロナモンが顔を渋らせる。

「時間をかけて動いてる間に、皆に何かあったら取り返しがつかない」
『気持ちは分かりマスが慎重に、コロナモン。ゲートが開かれれば、子供達はリアルワールドで治療できる』
「だけど、今の段階で危ない子がいるのは事実だよ。……ラプタードラモン。君たちもフェレスモンの帰還まで、ずっと待つべきだって思う?」
「……待たずして行動を起こす。ってことか?」
「……できることなら」
「慎重であるに越した事はないだろう。それにフェレスモンが戻ろうと戻るまいと、すぐには行動できないんだから」
「……きちんと手順を踏まないと、危ない事になるのは分かってるんだ。俺たちだって軽率な行動はしたくない。けど……」
「……人間ってのはそんな短期間で死ぬもんなのか?」

 コロナモンが眉間にシワを寄せた。その言葉は今、口にするべきじゃないだろうに。

『完全な絶食状態ではありまセン。幸い水分は与えられているようなので、脱水や感染症さえ起こしていなければ生存の可能性はありマス。──とは言え、このまま放置すれば危険デス。我々の猶予は数日と考えるべきでショウ』
「何も一ヶ月も城主を待つわけじゃないんだ。多分だけどな」
「……」

 コロナモンは目を伏せ、気まずそうに唇を噛む。

「待ちたくないか? 随分こだわるな」
「こだわるよ。……さっき言ったこと、嘘じゃない。でもそれだけじゃないんだ。本音を言えば、会わないまま終わらせたい。……完全体と戦うのは……」
「そう思うのは当然だし、責めるつもりもない。でも言ったろ。戦う必要ないんだって。いかに奴と話し合えるかが大事なんだ。
 馬鹿な部下達とじゃ、話してるうちに殺し合いになる。そうなったら戦力差でお前らが死ぬ。相手の陣地にこっちの成熟期は何体だ? タイミングが来る前に全滅しちまうだろうよ。だから──戦闘を避ける為に、敢えて親を待つんだ。……ああ、避けたいだろうさ。もしもの時は勝算ゼロだもんな」
「……でもラプタードラモン。どちらにせよ僕らの戦闘は避けられないんじゃないのか? 子供達を逃がせば、きっとフェレスモンとだって衝突する。弁解して許されると思えない」
「何かあればお前らが疑われるのは間違いないが……大事なのは、どれだけフェレスモンとの対話を続けられるかって事さ。
 とにかく時間をかけなきゃいけない。逆に言えば、お前達はひたすら時間を稼ぐだけでいい。交渉が上手くいけば、お前らも子供達も、きっと外に出してもらえる。……で、俺たちが迎えに行く」

 ラプタードラモンはそう言うが、果たしてそんなに上手く行くだろうか。一行の胸に不安が過った。

「……無害な子供達すらこんな目に遭っているのに?」
「結局は交渉次第だ。でも俺たちは少なくとも、それにアンドロモン様はずっと、お前たちよりもフェレスモンの事を知ってる。どうせお前たちだけで行ってたら死んでたんだから、少し信じてみろって」
「……」
「それに俺たちは、別に悪い事を企んでるって訳じゃない。援護するって言っただろ。……俺たちはただ、メトロポリスを守りたいだけだ。それでいてお前たちの援護もする。全部やりたいのさ。この辺のデジモンは欲張りだからな」
「…………それは、僕らも……この子たちだって一緒だよ。……シェルターにいたデジモンたち……コクワモンと、この子たちは仲良くなったんだ」
「……」

 ラプタードラモンは答えることなく、しかし少しだけ目を細めた。



◆  ◆  ◆



 空が少しずつ明るみを帯び始める。
 太陽が昇りきればまた、野生のデジモンからの危険に晒されるだろう。ダークエリアのデジモンだからといって、必ずしも夜行性というわけではない。

「ダークエリアの雲は、太陽光のデータをカットするように造られています。ここのデジモンにとって、日中はただ視界が良くなるだけの時間帯。だからこそ、奴らにとって動きやすいのです」

 ピーコックモンはラプタードラモンよりもずっと物静かな性格のようだが、それでもたまにポツリと話を振ってきた。ただ一方的に振るだけの形ではあったが。

 急ぐよう促され、ガルルモンはスピードを上げる。あとどのくらい距離があるのかは問わなかった。ただピーコックモンとラプタードラモンの後に続き、走り続けていく。

 使い魔は何度かデジモンの反応を観測した。荒野には朝にかけて行動する種族も当然いるようで、それらに気付かれない訳がなかった。
 だからこそ、アンドロモンは護衛をつけたのだろう。城に着く前に死なないように。体力を使い切らないように。
 よって襲撃、遭遇時には護衛の二体が「処理」をしてくれていた。──敵が探知されてからの二体の行動は実に事務的だ。躊躇なく急所を狙い、命を狩る。

 その最後の行程に移る度、コロナモンは蒼太と花那にこう言うのだ。

「砂埃が増えてきたから、目を閉じて下を向いて」

 ──だが、その砂埃の中で何が行われているのか。
 蒼太と花那は分かった上で、自分達の言葉に従ってくれるのだろう。見ないでいてくれるのだろう。

 申し訳ないと思う。しかし全て終われば、──この子達も、子供達も皆、こんな日々から解放してあげられる。
 また、あの廃墟で過ごしたような平穏な生活を、取り戻してあげる事ができる。
 そう信じているのだ。

「……ユキアグモン。もし俺たちの作戦がうまくいって……君のパートナーに会えたら何がしたい?」
「ぎっ?」
「ああ、いきなりごめん。何となく聞きたくなって」
「ぎぃー」

 ユキアグモンはとぼけた顔で、唸りながら考える。

「……せーじが、見でだやづ、まだ一緒に見る」
「見てたやつ?」
「四角ででぎだ、箱」
「……箱?」
「今度は、せーじの『かーちゃん』も、一緒」

 ユキアグモンは──元々あちらに逃げていった身だ。これが終われば誠司と共に、毒の無いリアルワールドで暮らすのも良いだろう。この子なら上手く溶け込んで、生きていけるような気がした。

「もうずぐ会える。ぎぎー」

 ユキアグモンが機嫌よく、前に座る花那の背中に抱きつく。花那は微笑みながら、早く会いたいねーと言った。



◆  ◆  ◆



 ────地下牢にて。
 携帯電話から顔を離し、チューモンは床に座り込む。電話が切れてしまった事に誠司と手鞠は慌てていたが、チューモンはしかめ面で「向こうが切ったんだ」と弁明した。

「なんか用事だってさ。まあ多分、敵じゃないとは思うけど」
「そーちゃんたちだよ!? 敵とかなわけないじゃんか!」
「そうじゃないデジモンの方だよ。まあ、何事も簡単に信頼しきっちゃいけないのさ。向こうも同じこと思ってるかもしんないけど」
「……デジモン? デジモンの方って、何で?」
「あーもうめんどくさいな。向こうにもデジモンがいたんだよ。経緯は知らないけどさ」
「……ユキアグモン、いた?」
「さあね。あっちに誰がいるかまで聞いてないから」
「……そっか」

 誠司は肩を落とす。驚きは、あまり無かった。
 どこかで、思っていたのだ。もしかしたら蒼太は、あの時既に────自分よりも時期が早かっただけで、デジモンと、出会っていたのかもしれないと。

「……あの時……」

 もしあの時、蒼太がプリントを届けに来てくれた時、ユキアグモンの姿を見られた時、彼が『デジモン』と口にした時。
 ユキアグモンのことを話していたら、何か、変わっていたのだろうか。

「海棠くん。大丈夫……?」
「……う、うん。何でもない。平気!」
「とりあえず、また電話してこいって。どういうつもりかわかんないけどさ」
「じゃあ、今度は花那ちゃんたちと話せるかな……?」
「いや、多分さっきの奴なんだろうさ。……ったく。あのウィッチモンって奴、いけ好かないったらありゃしない」

 吐き捨てるように口にした名前に、誠司と手鞠は目を丸くさせる。

「……ねえチューモン、その名前ってもしかして……」
「ん? ああ、さっき話してた相手さ。別にもう隠さなくてもね」
「……オレ、声でおねーさんって思ってたけど……全然違ったらどうしよう……」
「別にどんな外見だろうが、ウチは構いやしないけどさ。そもそも安全がわかった時っていつなんだい。ねえ? 次の飯が来て終わるまで待てって? 何日後になるかも分かんないのに?」

 チューモンは苛立ちを露わに床をうろつく。──しかし突然、バツの悪そうな顔で立ち止まった。

「……二人とも。とりあえず、次にフーガモン来るまでの時間潰し思い付いたよ」
「本当? わたしたち何すれば──」

 チューモンはくるりと振り向いた。そそくさと戻って来て、なんと手鞠の服のポケットに潜り込んだ。

「わ……! どうしたの?」
「騒ぎ過ぎたみたい。さっきからこっち見てるガキたちにさ、うまく言い逃れ出来そうな文句とか考えてよ」

 手鞠と誠司は周囲からの視線に気付く。しまった、と顔を見合わせた



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