◆  ◆  ◆



 誠司と蒼太の通信ログを解析して、亜空間へと繋げる作業には時間がかかった。
 出来る事なら、常に通信可能状態にしておきたかったのだが──逆探知のリスクを考えるならそうもいかない。

「電話、どうしてこっちからかけないの?」
「先程言ッタように、タイミングを間違えれば地下牢の子供達が危険デス。──それと、発信源を特定されない為でもある。向こうからの通信であれば、いくらか攪乱できるよう処置を施しまシタ」
「……すごいなあ。ウィッチモン、何でもできるんだね」
「この分野以外は大しテ出来まセンよ。これだッテ素人の付け焼き刃程度デスし。とにかく今は、チューモンから通信が来るのを待ちまショウ。ワタクシとチューモンが話している間、ユズコはガルルモン達の様子を見ておいて下サイ」
「わかった。……そういえば、ウィッチモン、さっき言ってたやつ、一応描けたんだけど……」
「オニの絵デスか? ありがとう、助かりマス」
「……私、こういう絵ってほんとダメで……」
「……」

 と、恥ずかし気に渡された紙。黄色と黒の縞模様を塗られた、赤い瓢箪らしき何かが描かれている。

「ご、ごめんね。余計わかりづらくなっちゃって……」
「いいえユズコ、特徴を上手く捉えられていると思いマス。──ブギーモン。このデジモンに心当たりは?」
「え! そいつにだけは見せないで! お願いだから!」

 ブギーモンの口が自由になる。ブギーモンはどこか諦めた顔で、しかし不機嫌そうに視線を向けた。

「……下手くそかよ!」
「う、うるさいよ! 仕方ないじゃん! 苦手なんだから!」
「ブギーモン、心当たりは」
「……その派手な布を巻いてるデジモンだったら確かにいるぜ。あいつが牢番とはなぁ。ガキ共大丈夫か?」
「では、そのデジモンの名前を」
「……言ったらまた口塞がれんだろ」
「ええ。デスが言わなければ、別に手を考えマスので」
「…………フーガモンだ。キレやすいし口も悪い」
「人のこと言えないじゃないの」
「フーガモン。……成熟期、ウイルス種の鬼人型……。わかりまシタ。こちらの対策も考えておきまショウ」

 ウィッチモンが指を鳴らすと、使い魔の猫がブギーモンの口を布で塞いだ

「全てが終われば解放しマスよ。それまでは辛抱シテくだサイね」

 ブギーモンの抗議の声を聞き流しつつ、画面を注視する。
 じきにガルルモン達がフェレスモン領へ到着するだろう。護衛はメトロポリスの遣いが担うとして、入城までに牢番への対策を練る必要がある。みちるとワトソンに任せた調査の進捗も確認しなくては──

「──ウィッチモン! チューモンから連絡……!」
「! ……随分と早いデスね」

 パソコンの画面には着信の表示。ウィッチモンが頷くと、柚子はそのまま通話のボタンを押す。

『────ああ、やっと繋がった』
「随分と早いので驚きまシタよ。牢番が来たのデスか?」
『来たというか来てないというか……まあ話すけどさ』
「わかりまシタ。今は二人と? 子供達、まだ無事でショウか」
『いや、ウチが勝手に使って話してる。今は空っぽの部屋に一人さ。そんでガキ共は相変わらず』
「……わざわざ離れたという事は、二人に聞かれたくない都合が?」
『一応。だから、さっきは敢えて言わなかった。……牢屋を途中で二つに分け直したって言っただろ。ウチはこれ、間引きというか、仕分けなんじゃないかと思ってるんだよ』
「その根拠は」
『向こうの牢には食い物がたくさんある。……いやたくさんは嘘だ。でも前よりは少し増えてる。で、こっちは減ってる。ちなみにさっきフーガモンが来て、向こうの牢にだけ食い物置いてった。手鞠たちは見張りに来たって思ってるみたいだけど』
「……」

 ウィッチモンは衝撃を隠せなかった。だが同時に、チューモンが子供達の移動を“仕分け”と称したことに納得がいった。

『つまり、だ。あっちの牢の人間はきちんと生かしておく必要があって、こっちの人間は死んでもいいか、ギリギリ生きてりゃいいってこった』
「……確かに、そういう事になりマスね。わざわざ人数を分散させた理由としては納得できる。……その基準はさて置き、もう一方の牢で変わった事はありまシタ?」
『さあね。ずっとこっちにいたから見てないよ。位置も離れてるし、いつもの牢からじゃ見えない。やり取りもあんま聞こえないんだ』
「でも貴女、何故それを二人には秘密に?」
『だって残酷じゃんか。今まで同じだったのに、いきなりこっちは飯減らされて、でも向こうは増えててさ。流石にフーガモンが来てるのはわかってるだろうけど、まさかそんな事されてるなんて思わないだろ』
「……」

 間引き、仕分け。第一の選別。──そもそも、同じ人間という種族の命を天秤にかけた意図は?

「その仕分け、見ていたと仰ってまシタね?」
『じっくり見てたわけじゃないけどね。……なんかひたすら握手してたよ。ブギーモンがやってたんだ。フーガモンがそれを見張ってて、ブギーモンが人間たちを連れてった』
「……」
「……ねえ、握手って……」

 柚子がブギーモンに目をやる。

「……あの時の?」

 最初に柚子がブギーモンと出会った時、ブギーモンは彼女に握手を求めてきた。それをユキアグモンが妨害し、助けてくれた。この子のパートナーはお前じゃないと言って。

「……じゃあ、やっぱり皆とパートナーになろうとしてたってこと? でも、そんなにたくさんの子と握手したって……」
「選別の方法が“接触”であり、それによって子供達を分けた。……わざわざ、それをした。……『子供をパートナーにする』事とは関係があると思いマスが、ブギーモンやフェレスモンのそれを探すのとは、少し違うような……」
「……前に、お城の偉い人が子供達を選別するって言ってたよね。でも偉い人はまだ帰ってきてないんでしょ? その前に一回やってみた……なら、予行練習だったのかな……」
「……」

 もしくは数回に分けて、ふるいにかけるということか。
 チューモンの話とブギーモンの言動から推測するならば、仕分けの判定基準は恐らく──

「……チューモン、ひとつ伺いたいのデスが」
『何さ』
「貴女、その仕分けが始まる前にテマリと接触をしていマスか?」
『接触?』
「例えば握手を交わす等。それも、お互いの同意の下で」
『……ああ、そういえば。そんなことしたっけな。確か仕分けの前の夜……ウチらが最初に会った時だ』

 ──子供達に、パートナーと成る為の適性があるか否か。

「そうデスか。……これで合点がいきまシタ。つまり貴女はテマリのパートナーなのデスね」
「……」
『は? 何それ』

 それならば、誠司と手鞠がそろって同じ牢に入れられた事にも納得がいく。既にパートナーデジモンのいる二人に、フェレスモン達のパートナーとなる適性はない。
 他の子供達は、また別の理由で「適性なし」と判断されたのだろう。デジモンと人間が同調するための回路の数は、成長過程やその他の要因で個人差が出るものだ。

 では何故、基準に満たない子供達を生かしているのか? 少なくとも回路がゼロでないなら、兵士のパートナーとして利用できると考えているのか?
 ……分からない。いずれにせよ、子供達が危険な事に変わりはない。非適正者の子らは当然だが、適正者の子らも食われる前の家畜同然の扱いなのだ。

「チューモンはお城のデジモンなのに、どうして手鞠ちゃんたちにそんなに協力してくれるの? パートナーだから?」
『そういえばお前誰? 手鞠の知り合い?』
「あ……えっと、私は」
「彼女はユズコ。ワタクシのパートナーの人間デス」
『ふうん。まあ何でもいいや。……最初は同情っていうか、「ああ、こいつもウチも死ぬんだな」って思ってた。ここで終わるんだなって。……でもお前らと話して……もしかしたら、こいつらとなら外に出られるんじゃないかって思ったんだよ。こんなゴミみたいな成長期じゃあ、ダークエリアでなんか生きていけない。けど、違う場所だったら可能性あるかなって』
「……あのさ、そのチューモンって名前……もしかしてネズミのデジモンなの?」
『散々言われたけどそんな奴じゃない』
「あ、じゃあ似てるんだ。……それなら、きっと目立たないだろうし……手鞠ちゃんと一緒に暮らせるかもしれないね。私たちの世界、すごく平和なんだよ」
『さっきそいつも言ってたね。……アンタも言うなら本当か。へえ。そりゃあいい』
「……ねえウィッチモン、やっぱりチューモンは大丈夫だよ。もっと色々話してあげてもいいんじゃないかな……」
「……」
『やっぱ疑ってたか。まあ、普通だよねそれが』
「……チューモン。ワタクシ達は、仮に貴女が仲間でも──貴女が城のデジモンである以上、不用意に情報を伝える訳にいきまセン。無自覚の漏洩を防ぐ為デス。
 しかし、もし貴女がテマリ達を救い、城の外に出て暮らしたいと本当に思うのであれば……聞いて頂きたい事がありマス」
『信用を築くってのは大変だ。わかってるつもりさ。とりあえず言ってみてよ』
「一つ。フーガモンが地下へ下りて来た場合、三分以内にこちらへ発信し、三秒以内で通信を切る事。それ以外での連絡は七秒以上コールを鳴らして下サイ。
 二つ。これから先、二人にソウタとカナの名前を言わせない事。特に見張りのデジモンの前では。
 三つ。地下と城内を繋ぐ通路が複数ある場合、最も他者との遭遇リスクが低いものを見つけておく事。
 ──そして四つ。……貴女に、牢の鍵を見つけてもらいたい」
『は!?』

 当初は、蒼太と花那の一方が探索に向かう予定だったが──城の内部構造に詳しい者がいるなら話が変わる。加えて彼女は、その体格からも隠密に行動できる筈だ。

「あくまでも場所の確認だけデス。何より貴女自身が危険と判断シタ時点で中止シテ構いまセン。こちらにも城の情報を持っている者がおりマスので」
『……。……後ろの二つは死なない程度にやってみるよ』
「その言葉が聞けただけでも心強い。……他に話シテおきたいことは?」
『今のところはそれだけだけど、聞きたい事なら……』
「わかりまシタ」

 ありがとうございます、と聞こえた直後。電話は再び切られてしまった。

「えっ。あ! ……クソ、また聞きたいこと聞けなかった」

 古い石壁の隙間で、自分の体より大きな電話に舌打ちをする。あのデジモン、本当に自分勝手だ。ぶつぶつ文句を言いながら、いつもの牢へ戻っていく。
 誠司と手鞠は眠っていた。そのまま、誠司の手にそっと電話を返す。

「……なんも知らないでよく寝てるし、……あいつら絶対、安全な所にいやがるんだろうな。こっちの気もしらないでさ」

 電話の向こうで、手鞠の仲間であろう誰かに言われたことを思い出す。

「……」

 ────確かにそうだな。と思う。
 平和な場所だったら、生きていける場所だったらどこでもいい。そんな未来にも可能性を持てるなら、ここでただくたばるよりも、ずっといい。

 チューモンはアタリの牢に行き、落ちているパン屑を拾って食べた。腹を満たしながら──手鞠と誠司だけが元気なのは、あの二人が特別だからなのかもしれない、なんて思う。
 誠司にはユキアグモンがいて、手鞠には自分がいる。考えるだけで、照れ臭さに発疹が出そうだ。それに、「城の奴にバレたら真っ先に殺されるだろうな」と思うと笑えてくる。

 だが、どんな過程を経てもいい。最後に生き残っていればいいのだ。
 腕で乱暴に口元を拭うと、チューモンは通気口へと走って行った。



◆  ◆  ◆


 → Next Story