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 ──北の自領から、まず東へ向かった。
 それから直進して西へ、そして、南へ来た。多くの家臣を引き連れて。

「友よ。私は、君を救いたい」

 壊れかけた城の玉座。友と呼ばれた男は、寂しそうに微笑んだ。

「同胞達はダメだったのかい。フェレスモン」
「哀れなレディーデビモン。彼女は生きていた。しかし領の民と家臣を食って、毒まみれで生きていた。私の家臣もいくらか食われてしまった」
「それでも此処まで来てくれたのか。東の女王は残念だ。彼女は身勝手な面もあったが、それでも高貴な支配者だった。西の同胞はどうしたんだい」
「哀れなヴァンデモン。彼もまた生きていた。城の地下で棺に篭って出てこない。地上は毒に溢れて溶けていた。私の家臣もいくらか食われてしまった」
「それはダークエリアより地獄じゃないか。しかし残念だ。彼は聡明な支配者だった。──では、今目の前にいる南の同胞はどう思う」
「──友よ」
「哀れなアスタモン。毒にやられた家臣を見捨て、逃げていった家臣も見捨て、ここにはもう私しかいない」

 銀の髪の男は笑う。自らを嗤う。嘲笑う。

「まだ間に合うのだ、親愛の友。孤高なる南の同胞」
「君は城を封鎖して、そうして不思議と生き永らえた。何かに守られているようだ。私もそれが欲しかった」
「哀れなフェレスモン。私は我らが生き残る為、民も家臣も城も土地も、力も全て売ったのだ」
「嗚呼、つまりは買った者がいるのだろう」
「そうとも。しかし言えない。私からは言うことが出来ない。それでも君は友だ。唯一残された友だ。我が領へと来てくれるのなら、君も恩恵に預かれよう。もう毒を恐れることはない」
「だから君はこの状況下でも、こんな場所までやって来た。──羨ましく思うよ。ここまで無事に来られたのも、きっとその恩恵があるからだろう」

 恩恵があるにも関わらず、北の同胞は外へ出た。毒に家臣を喰われてまで、この不毛な遠征を決行して。

「なあ君。らしくない愚行じゃないか」
「私は同胞を救いたかった。共に、このダークエリアに平穏と繁栄をもたらした同志達。私の兵を失ってでも、守りたいものがあったのだ」
「けれど城の家臣は、君にとって家族だろうに」
「ああ、だから、胸が裂けそうな旅であったよ」
「得るものはあったかい?」
「こうしてまた君に会えた」
「嬉しいが、その間に城へ危険が及んでいたらどうする。やはり君にしては軽率だよ」
「万が一があったとしよう。しかし私は子を残せる。私のデータから私の子を。かつてそうしたように、何度だって産み出そう」
「優しいのか非道なのか、君は相変わらず分からないな」

 肩を竦める銀の髪。フェレスモンは、僅かに目を伏せた。

「アスタモン。事態はダークエリアにのみ及んでいるわけでは無い。大地も空も、いずれ海さえ侵されて、きっと世界は静かになる」
「それならそれで構わないさ。抗う事はしない。私は、少し疲れてしまった」
「……」
「なあ、君。さっき自身を売ったと言ったけれど」
「言ったとも。どちらかと言えば、奉仕に近いが」
「辛いかい? 若しくは辛かったかい?」
「まさか」
「そうか。なら魅力的だ」
「そうだろう?」
「救われるなら私も、その辛くない奉仕をする事になるのかな」
「失望したかね。落ちぶれたと思うかね」
「いいや、生き残る術だ。むしろ君は誇り高い」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「強さとは生き残る事だ。だから君は強く、きっと私は弱いのだろう」

 生命の目的は生きる事であり、繁殖する事。ならばきっと、フェレスモンの選択は正しいのだ。

「実のところ、迷っているんだ。もう一人になってしまったから、何でもしようと思えば出来るのだけどね」
「アスタモン。私は君に生きていて欲しい」
「けれど君、何故ヴァンデモンを連れて来なかったんだい? 彼が地下で生きていたのなら」
「棺は、もう手の届かない所にあった。毒に侵されていなかったのは玉座の間だけで、他はとうに飲まれていた。今頃は溶けてしまっているだろう」
「悲惨だな。──けれどまだ、私には手が届く」
「そうとも」
「しばらく考えさせてくれ、と言いたいが……そこまでの猶予は無さそうだ」

 毒のにおいがする。毒の気配がする。荒れ狂う溶けた命と共に、この城へと近付いているのだろう。──時間はあまり、残されていなかった。

「フェレスモン、君に問いたい。もしも君がひとりになったらどうする? 自らの世界で、ただひとりに」
「……私一人さえ残れば、また、子のデータを増やして縄張りを作ろう。領を築こう。もう一度やり直そう」
「では、もし子のデータを残せなくなってしまったら? 君が本当に、ひとりになってしまった時だ」
「……その時は、きっと旅に出るだろう。一人で放浪の旅でもしようか」
「ああ、そうだな。──その通りだ」

 アスタモンは立ち上がる。

「……アスタモン。君は、君をひとりだと思うのかい」
「確かに、まだ君がいる。君の気持ちは涙したいほど有難いと思っているし、共に歩めば生き残る事は可能だろう。手を取り合えば更なる領土の拡大も望めよう。
 でもいいんだ。──もう、いいんだ」

 最後に。二人の領主は、固い握手と抱擁を交わした。

「──友よ」
「なあ、君。私は正直、野垂れ死んでも良いと思っている。それならそれで運命として受け入れよう。──私は孤高のアスタモン。これが、本来の生き様だったのかもしれない」
「残念だ。本当に」
「敬愛なるフェレス。君は同志の中で最も優しい支配者だった。せめて君に数多の、あらゆる恩恵が降り注ぐことを祈ろう」

 アスタモンは去って行く。決して振り返らず、そしてフェレスモンも追わなかった。
 誰もいなくなった玉座を見つめ、フェレスモンは静かに呟く。

「────神よ。どうか我が最後の友に、御身の祝福があらんことを」

 そして、彼もまた踵を返した。大きな翼を広げ、外に待つ家臣の元へ。もうアスタモンの姿はどこにも無かった。
 出発をした時よりも幾分と減ってしまった家臣達が、フェレスモンに頭を垂れる。


「城に戻るぞ」












第十四話  終





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