◆  ◆  ◆



 ────深夜、ブギーモンの私室にて。

「──おい、そいつらメトロポリスの奴なんじゃないのか? そんな事してるのがバレたら……」
「言わなきゃバレねえよ! こんなんダークエリアじゃ普通につく傷だろ。……こっちは軟禁状態で鬱憤が溜まってんだ。少しくらい発散したってバチは当たらねえよ!」
「死なない程度にしとけよ。流石にアンドロモンから連絡が来たらマズいだろ」
「その時は『あれ? 来てませんよそんなの〜』って言えばいいんだよ! お前もやるか?」
「遠慮しておくよ。一度始めたら殺しちまいそうだ。それよりお前、これから見張りだろ。早く来いよ」
「わかってるさ。──てめぇら、俺のいない間に逃げたら承知しねえからな!」

 怒声と唾を吐きかけられた。
 けれど、耐える。扉の閉まる音がするまで、必死に息を潜め続けた。

「……コロナモン、大丈夫か」

 静けさの中、ガルルモンが声を忍ばせる。二人とも殴られ、鞭で打たれた痕が体に生々しく残っていた。

「……」
「まさか、こんなことになるとは思わなかったよな……」
「……」
「……おい、コロナ──……」
「ゴロナモン、いぎでる?」

 放置されたリュックサックから、もぞもぞとユキアグモンが這い出てきた。
 ──二人の側に急ぎ、冷気で傷を冷やす。それから氷塊を作り、口元に差し出した。

「ありがとう、僕は大丈夫だよ。……それよりコロナモンが……」
「ぎぎ……」
「……まずいな。早くしないとコロナモンがもたない……」

 コロナモンはうつ伏せたまま気を失っていた。背中に刻まれた傷からは、じわりと血が滲んでいる。

「……ガルルモン、おで、なんとがしでみるよ」
「何とかって、どうやって……」
「地下牢に行っで、せーじに会っで……もし、おでの氷で鍵、作れだら……皆を檻の外に出せる。外に出てがらじゃないどリアライズゲート開いぢゃダメっで、ウィッチモン言っでだ」
「……それはだめだ。ユキアグモン」
「そーだと、がなは、帰れないから……ふたりども、また戻っでこないといげないから、だから鍵、探すんだよね?」

 ユキアグモンは、キョロキョロと部屋の中を見回している。

「……本当なら……できることなら、僕もコロナモンも、あの子たちを皆と一緒に帰したかった」
「でも、二人はきっど帰らないよ。……ウィッチモンも、アンドロモンの約束、あるもんね」
「…………ああ、そうだね。……君の言うとおりだ」

 部屋の隅に、埃をかぶった白い布切れを見つける。ユキアグモンはそれを、マントの様に広げて見せた

「がっごいい?」
「……かっこいいよ」
「おで、また、せーじとおうちで遊ぶの」

 ユキアグモンはそう言いながら、布に爪で穴を空けた。頭から被って、穴と目の位置を確認していた。

「……ユキアグモン……」

 ガルルモンは目を伏せる。

「……それなら君は、無事にパートナーと帰らなきゃだめだ。だからそんなことするな」
「ぎ?」
「交渉した僕らでさえこの仕打ちなのに、潜り込んでるのがバレたらタダじゃ済まない。それに勝手に動いちゃいけないって……」
「大丈夫。おで、少しだけなら、ここのデジモン達より、強ぐなれるんだ」

 ユキアグモンは金色の腕輪を掲げて見せた。本来、彼の種族が持つ筈のないホーリーリングだ。

「おでは弱いけど、この腕輪が守ってぐれるっで、信じでる。“天使様”の光が、きっど守っでくれるんだ!」
「……」

 その輝く金色は────懐かしく、いとおしく、ガルルモンの胸を締め付けた。

「……。……ああ、そうか。……そう言うなら……僕もその光を信じるよ」
「ぎぎっ、皆。せーじを、助けに来てくれでありがどう」

 そう言って、ユキアグモンは部屋を出た。

 ──扉の影に身を潜める。他の誰かの気配は無い。室内にいるのか、外の見回りをしているのか。
 恐らくは前者だ。結界があるから、城には侵入者などいないと驕っているのだろう。廊下は怖い程に静かだった。

「……」

 ユキアグモンは静かに走り出す。周囲の様子を伺いながら、誠司が待つ地下牢を目指して。




「……ガルルモン」
「……聞いてたなら、君も止めてくれればよかったのに」

 そう言って苦笑する。──コロナモンは、答えなかった。

「なあコロナモン。君はこういう時、よく自分を責めるよな」
「……俺が……弱いから。弱くて、もたないから……だからユキアグモンは、ひとりで……」
「それだけじゃない。彼は早くパートナーに会いたかったんだ。……きっと、そっちの理由の方が大きいよ」
「……──俺は、いつだって弱くて……ガルルモンに助けられて、足を引っ張って……。……本当に、自分が情けなくてしょうがない……」
「……コロナモン、それは」
「俺がもっと強ければ……あの日だって、ガルルモンは俺を庇わずに済んだかもしれない。三人で逃げられたかもしれない。……後悔しても、どうにもならないって……わかってるけど、でも……」
「……僕は、『成熟期だったのに、どうして守れなかったんだろう』って、思ってるよ」
「…………」
「どちらにしたって、僕らは後悔したんだよ。進化段階がどうであれ、強くあれ弱くあれ──僕らはダルクモンも、ダルクモンたちの里も守れなかったんだから」

 突っ伏したままのコロナモンの頭を、ガルルモンが鼻先で撫でる。

「……今度こそ守ろう。絶対にここから出よう。なあコロナ、今度こそ皆で帰ろう」

 コロナモンは仰向けになる。
 視界に、埃まみれのシャンデリアがぼんやりと映った。

「……もう、後悔はしたくないなあ。それに……──俺たち、最後はどこに帰ればいいんだろう」

 小さな声が、部屋の静けさに溶けて消えた。



◆  ◆  ◆




 ──毒に侵されたデジモン達は、宵闇のうちに殺し合い、暁と共に数を減らす。
 故に、ダークエリアに陽が昇る間は、外の見張りも屋内の警備も、夜に比べると手薄になるのだ。
 チューモンは背景こそ知らないが、その事実だけは把握していた。その為、時間帯によって探索エリアを変えていた。

 夜間の活動期には主に、城のデジモン達の自室を探った。
 昼間は皆寝ている為、公共の部屋に忍び込んでいた。

 そして今日も──朝が近付いてきた為、探索エリアを共用部に切り替える。
 談話室と成り下がった大広間、悪魔に祈りを捧ぐ礼拝堂、埃まみれの倉庫。
 何度も探しているが、鍵は未だ見つからない。あったのは食べ物の残骸くらいだ。もちろん、きちんと頂いた。
 武器庫には向かわなかった。巡回のデジモンが付近にいる恐れがあったからだ。

 ダクトの中で座り込み、呼吸を整える。城内の移動は、チューモンの小さな体から恐ろしい程に体力を削いでいた。
 ……落ち着かなくては。此処では、呼吸の音さえ命取りだ。

(──無い。ずっと探し回ってるのに、ガキ共がいない。鍵がどこにも無い。どうして……!
 ……まさかフーガモンが持ったままなのか!? だとしたら、とてもじゃないけど手に入れられない……!)

 焦りながら、他にまだ行っていない場所を思い浮かべる。

(そういえば、執務室にまだ……。でもあそこは……)

 執務室はフェレスモンの私室に一番近い場所だ。主が不在とはいえ、警備がいる可能性はある。
 ……少し覗いたらすぐ逃げよう。それだけで十分な筈だ。──残念ながら子供達はいない気がする。あの数の人間を、執務室に詰め込むとは思えない。

 そうして、チューモンは執務室付近までやって来た。……速度を落とす。より慎重に近付く。
 部屋に繋がる金網。チューモンは恐る恐る、決して身をはみ出させないよう部屋を覗いた。

 やはり、子供達はいなかった。
 誰もいないのに、部屋を覗くチューモンの頬に脂汗が滲んだ。

 踵を返す。走り出す。決して彼女に危機が訪れたわけではない。けれど逃げるように走った。
 早く戻らなくては。子供達はいない。きっともう何処にもいないのだと、ウィッチモンに伝えなくては。

 帰り道を間違えないように、ダクトからダクトへ飛び移る。金網から身を乗り出し、壁を伝い、またダクトへ潜り、来た道を戻って行く。

 幾つ目かの金網。そこから廊下へ飛び出そうとして──チューモンは、下を通る気配に足を止めた。
 何体かのデジモンが真下を通過していく。白い布を被ったような、ゴースト型の成熟期デジモン──バケモンだ。見回りをしているのだろう。チューモンは息を潜め、彼らの気配が消えるのを待つ。

(行ったか……? ……いや、まだだ。奥にもう一体いる……)

 すると。少し遅れて、一際サイズの小さいバケモンがやってきた。

 ──その個体にチューモンは違和感を覚える。浮遊する種族の筈が、何故か布を床に引き摺って移動しているのだ。加えて、やたらと目線を動かしている。
 どこか、おかしい。あのバケモンはまるで────

「……──お、おい……」

 自殺行為であった。チューモンは、下の“バケモンもどき”に、声をかけた。
 バケモンもどきは驚いたのか、その場でぴょんと飛び上がった。だが、周囲を見回しても誰もいない。
 チューモンは耐えかねて、「上だ」とまで教えてあげた。バケモンもどきは顔を上げ、目を丸くする。

「どこに……行きたいんだ。お前」

布の穴からは、綺麗な青い瞳が覗いていた。

「──せーじ、に、会いに行ぐの」

 その言葉に、チューモンは考える間もなく金網から飛び降りた。バケモンもどきの前に立ち、背を向ける。

「なら、こっちだ。誠司がお前を待ってる」

 走り出した小さな背中を、ユキアグモンは何も問わず追いかけた。白い布だけが残された静かな廊下に、薄暗い朝日が差し込んでいた。








第十五話  終







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