◆  ◆  ◆


 炎と砲撃が衝突する空の下。ガルルモンは、背後に迫るデジモン達を迎え撃っていた。
 バルコニーから、そして進行方向である一階の扉、あらゆる出入り口から、ブギーモンを始めとする臣下達が立ち塞がる。

「フォックスファイアー!!」
「ホワイトヘイル!!」

 ガルルモンが前方を切り開き、ユキアグモンが後方を守る。それをウィッチモンが更にフォローする。

『バルルーナゲイル!!』

 風は炎と氷柱を巻き込み荒れ狂う。僅かでも、仲間に追手を寄せ付けない。

「──な、なあ村崎! どこまで走ればゴールなの!?」
「向こう! モヤモヤした壁みたいの見えるでしょ!? あそこまで! ……あとちょっとなのに……!」
「……が、ガルルモン! もしかしてオレたちのこと気にしてる!?」

 誠司は懸念していた。自分達を守っているせいで、彼が思うように走れないのかもしれないと。

「そんなのダメだ! 逃げきる方が先だよ! もっとスピード出していいから突っ込んで!」
「……! でも、そんな事したら君たちが……!」
「多分きっと大丈夫! ユキアグモンがなんとかしてくれるって!」
「ぎぃ!? ……ぎゅぎー!」
「……──わかった。掴まってて! ウィッチモン、ユキアグモン! このまま援護、頼む!」
『了解!』
「ぎぎっ!」

 誠司と花那が毛皮にしがみ付く。ガルルモンは防御を二人に託し、スピードを上げた。
 怒声が響く。槍先の鈍い光が見える。
 それら全てを、冬の嵐が吹き飛ばす。薙ぎ払う。

「リトルブリザード!!」
『アクエリープレッシャー!! ……前方あと二体! 後方は五体デスが距離がありマス!』
「よし! よし!! このまま突っ切る!!」

 ──走る。走る。全速力で。

 結界まではあと少し。城門は閉められている。──問題ない。門は外壁よりも低い。飛び越えられない高さではない。
 スピードが増していく。背中の子供達はちゃんと自分の側にいる。使い魔が縄の様に二人を固定してくれている。

 立ち塞がるブギーモンは最後の一体。
 あとはもう、駆け抜けるだけだ。
 地面を蹴って、ブギーモンの上空へ。

 そしてブギーモンの頭を踏み台に、ガルルモンは高く飛び上がり────城門を飛び越えた。

「うおおおおおっ!」

 結界を抜ける。
 ガルルモン達は、見覚えのある荒野へと着地した。




 
 薄膜の結界を抜ける。
 灰色の空は、夜明けが近いのか少しだけ明るい。メトロポリスを出発した時と、同じ色をしていた。

「……──こ、ここって……」

 目の前には荒野が広がっていた。
 敵はいない。誰もいない。建物すらない。黒く広い荒野が、城の外の世界が広がっていた。

「やった……やった、やった……! オレたち本当に逃げられたんだ……!!」
「……」

 花那は振り返る。ブギーモン達は、自分達の結界を越えようとして来なかった。
 結界の外に出るのが怖いのか、それとも別の理由で越えられないのかは、わからない。

「……ガルルモン、コロナモンとはどこで会うの?」

 結界を越えてもガルルモンは走り続けた。城と少しでも距離を取るためだ。

「もっと遠くまで行って──ちょうどいい場所があれば、そこで待とう。……ファイラモンなら大丈夫さ。ちゃんと僕らを見つけてくれるよ」
「ファイラモン? へえ、村崎たち、他にもまだ仲間いたんだな! いっぱいじゃん!」
「ああ、ファイラモンはコロナモンのことだよ。……そういえば言ってなかったね。僕たちデジモンは、進化すると名前や姿が変わるんだ」
「進化、って……凄い! ダーウィンみたいだ!」

 誠司は嬉しそうだった。解放された事で気持ちが高揚しているのだろう。あまり大声を出すわけにもいかない為、花那とユキアグモンがそれとなく宥める。
 ガルルモンは周囲を警戒しながら、焼けた大地をしばらく進んだ。スピードを落とし、身を隠せる場所を探しながら。

「……み、皆……何でまだピリピリしてんの……?」
『城を出ても、安全が保障された訳ではありまセン。結界の外も敵ばかり。油断は禁物デス』
 結界を越えれば、そこには毒で凶暴化したデジモン達がいる。そうでなくてもダークエリアは生存競争の激しい地域だ。焼け野原と化した領土とは言え、危険は尽きない。
「……そ、そんなの……オレたちどうすれば……」
『ファイラモンと合流したら一度、メトロポリスに戻るのもひとつの手段かと。彼らの作戦通りにはいきまセンでシタが、それでも匿ッテはくれる筈デス。──しかし迎えと入れ違う事態は面倒なので、この近辺で待機シタい、というのも本音なのデスが』
『……ブギーモンたち、どうして要塞都市のデジモンが来るって知ってたんだろう。お城には情報が入ってこないんでしょ?』
『フェレスモンと城との間に全く連絡手段が無い、とも考えにくいデスから……恐らく遠征中に得た情報が共有されたのでショウ』
 その後。ガルルモンは焼けた領地の一角に、まだ崩れていない石の建物を見つける。ウィッチモンの使い魔が先行し、中を探った。
『生きているデジモンは……まあ、いないデスね』
「……そうだろうね。もし崩れそうにないなら、この中に隠れつつ休もうと思うんだけど……」
『解析しマスので少々お待ち下サイ。……──ええ、今の所は問題ないかと。炎には強い石材を使ッテいたのでショウ。……きっと、中だけが焼けていった』
「……。……周囲に反応は? こっちでは特に、においは感じないけど」
『こちらも、今のところは』
「なら決定だ。花那、ユキアグモンと、そのパートナーの子も」
「あ、オレ誠司っていいます!」
「──誠司。君たちも少し休憩しよう。僕とウィッチモンで見張ってるから大丈夫だよ」
「……ガルルモンは休まなくていいの? そんなに怪我してるのに……」
「大丈夫。……死ぬ程じゃないからね。それに僕がいないと、ファイラモン……コロナモンが、僕らを見つけられないだろ?」

 花那の背中を鼻で押す。花那は心配そうに、誠司達と建物の中へ入って行った。
 ガルルモンは入り口の前で腰を落とす。問題はまだ山積みだが、まずは無事に城を抜け出せた事に安堵し──息をついた。


 ──空を見上げる。
 灰色の空に浮かぶ太陽の様に、ファイラモンが戻ってきてくれるのを待つ。
 彼らの無事を、願いながら────。










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「それで、君達は一体、私の領地で何をしているのかね?」







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第十七話  終




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