◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──ところで。
何故、人との繋がりを持つことで我々は強化されるのか。
長らく疑問であり、そして興味深くあった。
過去の毒による大災害の時も、鍵となったのは人間の存在だ。
何故、我々は繋がるのだろう。
何故、我々は人により強化されるのだろう。
飢えも、渇きも、命さえも分かち合う。人間にしてみれば、何のメリットもないというのに。
我々という存在自体が、人間の文化の発展により産み出された事とは関係がない。──とは限らない。たまたま人間の神経と我々とを巡る電気信号の相性が良かった、それだけかもしれない。
だが、本来なら生きる場所が異なる我々が、繋がりを持つことに何の意味があるのか。何故、繋がる必要があったのか。謎は深まるばかりだ。
他の領土まで赴き、領主同士で研究したこともあった。……結論は出なかったのだが。
しかし。
その疑問も、悩みも、憂いも全て。今回の“件”でめでたく解消されたわけだ。
なんと素晴らしい。なんと嘆かわしい。そしてなんと哀れなのだろう。
嗚呼、この世界というものは!
──そして、その世界に生きる我々も。
蓋を開けてみれば、なんとも。なんとも。
……以上を踏まえた上で、私という存在は。
この理不尽な災害を恨み。
この哀れな世界の救済を祈り。
自分以外の多くを犠牲にしてでも生き残る術を選び。
穏やかに暮らしていこう。
と、思うのだ。
*The End of Prayers*
第十八話
「選ばれし子供達」
◆ ◆ ◆
それは、灰色の空に浮かぶ太陽のようであった。
深紅の肌。
深紅の翼。
漆黒の衣。
まるで貴族のような装い、けれどブギーモンより遥かに“悪魔”と呼ぶに相応しい。
その風貌のデジモンは、音もなく上空に現れた。
「それで、君達は一体、私の領地で何をしているのかね?」
────かけられた声は、穏やかだった。
低く、重く。しかし侵入者に対する怒りも敵意も感じられない。
迷子に語りかけるかのような優しささえ感じられる。……それなのに。
ガルルモンは動けない。口は開いたまま、声は出せない。呼吸さえ、生命維持に必要な最低限のみに限られた。
意図したわけではない。ただ彼の本能がそうさせたのだ。
しかし、何故。
自身の嗅覚でも、ウィッチモンの熱源探知でも何も感じなかった。反応なんてなかった。それなのに。
「ああ」
柔らかな声は、荒野へと降り立つ。
「まずは、挨拶だな」
右手を広げ、流れるように胸に添えると、
「私の名はフェレスモン。ダークエリア北部、この領地を治めている者だ」
そう言って、微笑んだ。
◆ ◆ ◆
フェレスモンは一歩ずつ、ゆっくりとガルルモンに歩み寄る。
「私は挨拶を終えたが、君達の事はいい。追々で構わない。
では質問に戻るが……君達はどうしてこんな所で」
ガルルモンは動けない。後退りすら出来なかった。今すぐにでも、花那達を連れて逃げ出さなければならないのに。
「建物の中が気になるのかね?」
ガルルモンの目線にフェレスモンが気付く。ガルルモンは「違う」と言おうとした。──声は、出なかった。
「なるほど。そういう事だったか。確かにこの周辺だと、一時的にも身を隠せる場所はこういったものしか無いからな。他は私が燃やしてしまったから」
そしてフェレスモンは、ガルルモンの横を通り過ぎ、屋内へ。
「──ッ! 待っ……」
なんとか声帯を動かし、身体を捻らせた彼を──フェレスモンは掌で制止する。もう一方の人差し指を、自身の口元に当てて見せた。
「……む?」
建物の中では、花那と誠司が壁の隅に隠れるように身を潜めていた。
──ユキアグモンとウィッチモンの使い魔が、二人を守るように立ちはだかり、悪魔を迎える。
その光景にフェレスモンは目を丸くさせた。
「これは、なんとも」
非常に興味深そうに、更に奥へ進む。
ユキアグモンが一歩だけ前に出た。ひどく震え、歯をガチガチと鳴らしながら両手を広げた。
するとフェレスモンはユキアグモンの目の前で、片膝をついて座る。ユキアグモンは思わず尻をついた。
「ホーリーリングか。久しぶりに見たな。天使共は健在か?」
「…………ぎ……?」
「こんな幼い子を送り出すとは、『彼』は相変わらず性格が悪い」
はは、と少しだけ笑う。それから、後ろで怯える花那と誠司に視線を向けた。
「そんなに震えて、可哀想に」
花那は咄嗟に目をそらす。……誰のせいで、こんなに怖い思いをしていると思っているのか。この事件の元凶が、そんな他人事のように──
「怖かっただろう。……私の城は」
「────え」
フェレスモンは、微笑んでいた。
「……あ……あ、あ」
「いや、驚いたとも。この人員構成で私の城から抜け出したとは。残していった我が子らも少なくなかったろうに……まったく、素晴らしい」
フェレスモンが花那に手を伸ばし、頬を撫でた。生理的な嫌悪感が花那を襲う。──その行為を見たガルルモンが、フェレスモンへと飛びかかった。
だが。
「君のパートナーかね」
フェレスモンは再び、掌でガルルモンを制止した。飛びかかってきたガルルモンを、先程と全く変わらない様子で。
「……!」
「それは失礼な事をした。詫びよう。しかしやはり興味深いことだ。デジモンと人間との、繋がりというものは」
そのまま掌で、ガルルモンの鼻先を押した。ガルルモンは力を抜かれたかのように膝を崩した。
彼に駆け寄りたいのに、花那も誠司も、目の前のフェレスモンを振り切って行くことは出来ない。
「ところで」
そしてフェレスモンは、耳を疑うような言葉を口にする。
「私は今から、君達を客人として迎えたいと思っていてね。せっかく脱出できたところ申し訳ないが、城に戻っていただきたい」
怒ることも糾弾することも、殺すこともしないまま──フェレスモンは、今まで子供達が受けた仕打ちと正反対のことをしようとしている。
──誰も、理解できなかった。
「さて、そうと決まれば行こうではないか。何やら燃えていたみたいだが、広間はまだ残っているかな」
フェレスモンは機嫌良くガルルモンの前肢を引っ張り、無理矢理に立ち上がらせる。
「君の大きさでは、他の部屋は狭くて居心地も良くないだろうから……やはり広間が良いと思うのだが。君も、そう思うだろう?」
「……」
「……おや。その顔は……さては広間を台無しにした顔だ」
「……──っ」
「ははっ。ははは。頑張ったじゃないか」
理解できない。どうして、そんなに笑えるのか。
「まあ、きっと消火活動は進んでいると思うから安心したまえ」
どうして。
「…………な……」
「ん? 何かね」
「……何故……」
「何故、とは」
「…………僕らを……。……何故、殺さない」
「それこそ『何故』だ。私が君達を殺すと?」
フェレスモンは、冗談でも言われたかのような顔をする。
「まさか、そんなことあるものか。『選ばれし子供たち』を殺すなんて」
おかしそうに、笑う。
ガルルモンは結局、フェレスモンの言動の一切を、理解することはできなかった。
◆ ◆ ◆
ファイラモン達がリアライズゲートを開こうとした──まさにその時。それは起こった。
「……!」
ファイラモンが気配を察知する。臨戦態勢に入り、チューモンにゲートの開放を急がせた。
チューモンは腕輪を全身で抱えながらゲートを呼ぼうとして──声を出した時には、もう遅かった。
気配を察知してからの僅かな時間。ほんの一瞬の隙に、そのデジモンはファイラモン達の上空へ辿り着いたのだ。
「……っ俺が食い止めるから! そのままゲートを!」
それは、人間と似た造形の昆虫型デジモン。
羽音すら立てずに、ファイラモンを見下ろしていた。
ファイラモンは唸り、上空の敵を睨む。爪を食い込ませて炎を纏う。
後肢に力を込めて飛びかかろうとした────直後、ファイラモンの身に異変が起こった。
どくり、と。大きく心臓が波打つ。
そして、体が光に包まれ始めた。
「……!?」
「コロナモン、どうしたの!?」
「……まさか……そんな……! だめだ、こんな時に!!」
ファイラモンは悲痛に声を漏らす。しかしそれもむなしく、全身を覆いきった光と共に小さくなっていく。
光が消えていくと、そこには「コロナモン」の姿があった。
「……コロナモン……」
「進化が……! どうして今なんだ!」
「……お前、嘘だろ、ちょっと……」
チューモンが絶望した顔で、腕輪から手を離す。
昆虫型デジモンは、一切介入することなくその光景を眺めていた。
「……それでも……!」
コロナモンは蒼太の前に立ち、両手を広げた。拳と額に炎を宿して、上空の敵を睨み付ける。
──しかし、相手は攻撃してくる素振りを見せない。それどころか戦意すら感じない。相手の様子に、コロナモンは疑問を抱いた。
「……どうして……俺たちを、襲わないのか……!?」
「──ああ。襲わない」
「!? ……この城のデジモンなんだろう!?」
「そうだ」
「……ブギーモン達やミノタルモンは、俺達を殺そうとしていた。なのに、どうして君だけ」
「フェレスモン様は」
淡々と告げる。
「客人を広間に案内しろと仰られた」
「……客……?」
「領内で発見した貴様の仲間は、フェレスモン様が直々にお連れになると」
「────」
仲間。
コロナモンの血の気が引いた。
ガルルモン達が、もう、フェレスモンに見つかっていると──
「──あ……」
遅かった。
休んでいないで、早くリアライズゲートを開いていれば。進化が切れる前にガルルモンのもとへ駆けつけていれば。せめて自分が囮になれれば、逃げられたかもしれないのに。
「…………が、……ガルルモン……」
「……じゃあ、花那は……誠司は……!?」
「何を言っている。だから、全員お連れになると」
昆虫型デジモンは怪訝な顔で答える。
「ここから広間まで距離がある。急いで引き返せ。フェレスモン様は、すぐに戻られるのだから」
◆ ◆ ◆
城内のデジモン達は、その光景に目を疑った。
目の前に城主がいる。長かった遠征からようやく戻ってきたのだ。ああ、なんと喜ばしい事だろう。
──しかし、何故。
先程まで殺し合っていた侵入者達が。そして脱走した人間達が。なんと城主の後を付いてきているではないか!
傷だらけのブギーモン達。数も明らかに減っている。それを余所に、フェレスモンは上機嫌であった。
「ははは。凄いことになっているじゃないか」
崩壊した大広間を前に、愉快そうに笑う。
「ああ、だが辛うじて使えそうだな。よかった、よかった」
「……フェレスモン様ぁ!」
ブギーモンの一体が、声を上げる。
「どうして! そいつらを連れてるんですかぁ! 侵入者ですよ!」
「この城をこんなにしたのだって!」
「俺達の傷を見てください! 何体も殺されたんです!」
ブギーモン達は声を荒くし、必死に主へ訴える。武器を構えてコロナモン達に狙いを定めた。
「尋問されるというなら拷問室へ! こんな場所でなく!」
「……む?」
フェレスモンはようやく気が付いたのか周囲を見回す。ふむ、と頷いた。
「お前達。……武器を下ろしなさい。今すぐに」
そして静かに、厳かに、口にする。
──声が広間に響いた、直後。城内のデジモン達の誰もが、異論を唱える事なく武器をおさめた。
「よろしい」
満足そうに微笑む。
「では我が子達。消火が済んだのなら城の修復作業に入りなさい。雨風を凌ぐ事さえできれば良い」
ブギーモン達の顔には不満の色が見られた。何かを言いたくて仕方がないという様子だ。当然と言えば当然だろう。しかしそれでも、大人しく作業に入る。
「──フェレス公」
フェレスモンの傍に一体のデジモンが近寄った。ガルルモンのような四つ足を持ち──狼のようだが、コウモリのような羽で目を隠している。
「ああ。見回ってくれたのか。ありがとう。食糧庫は無事だったかね」
「問題はありませんでした。宝物庫も、貴公の私室も」
「あの周辺は無事ということか。と言うより、損害があるのはこの辺りだけという事だな」
「如何いたしますか」
「ではサングルゥモン。君はスティングモンと共に……そうだな。あの倒れたテーブルと椅子を、こう……上手い感じにセッティングしてくれないか? このままだと立ち話になってしまう」
「かしこまりました」
サングルゥモンと呼ばれた狼のデジモンは、スティングモンと呼ばれた──先程コロナモン達の前に現れたデジモンと共に、薙ぎ倒された家具を整え始めた。
どちらも、ブギーモン達とは比べ物にならない雰囲気を漂わせている。
「彼等は特に優秀な二体だ。過酷な遠征にも関わらず、私の側で非常に良い働きをしてくれた。──サングルゥモンは元々私の眷族ではなく、我が友のそれであったのだがね」
今でこそ雑用のような仕事をしているが、とフェレスモンは誇らしそうに語る。
程無くして、サングルゥモンがフェレスモンの元へと戻ってきた。
「場所が整いました」
「ほら仕事も早い。うむ。ありがとう。
……さて」
フェレスモンは、瞳を除く顔のパーツに笑顔を宿した。
「かけたまえ」
◆ ◆ ◆
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