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「都市を代表し、諸君には心より礼を言おう。デジタルワールドへの助力を決意してくれた事を。
 我ら聖要塞都市は、諸君に全面的支援をすると約束する」

 意志を固めた子供達に、大天使は改めて告げる。

「私とて、諸君の生命の安全を最優先に考える。尊い犠牲になどさせてなるものか」

 そうは言われるものの、コロナモンとガルルモンの表情は晴れなかった。ホーリーエンジェモンは構わずに進める。

「諸君には、かつて『英雄』が成した偉業を模倣してもらいたい」

 英雄の偉業。一体、どんな行動が求められるのか。子供達は緊張した面持ちで耳を傾けた。

「具体的には、毒に侵された土地の焼却。そして毒により変異したウイルス種を眠りに導く事だ。──極力、苦痛を与えずに」

 変異したウイルス種は、毒を拡げ仲間を喰らう。生かしておくわけにはいかない。苦痛なという点が、彼なりの慈悲なのだろう。

「また並行して毒の調査、ワープポイントの設置と、難民の一部受け入れを行う。地道な道ではあるが、毒の侵食を少しでも防ぐ為に重要な事だ」
「……で、でもそれ……オレたちも頑張るけど、皆で協力してやったら、もっと早く解決しそうなんじゃ……」
「せーじ。本当はそれがいいんだげど、ずっごぐ大変」
「そうなの?」
「成熟期より下は、毒ですぐ死んじゃうじ……成熟期でもよっぽど強くないど死んじゃうし、ウイルス種だど毒に飲まれぢゃう。ぞれに神聖なデジモンは、この街にしが残っでないんだっで」
「ユキアグモンの言う通りだ。そして聖なる力を持つデジモンは既に、要塞都市の維持に心血を注いでいる状態である。
 ──英雄であった私が出向く選択もあったが、度重なる洗礼でこの様だ。もう戦いには赴けない。それに……要塞都市の結界は、私のデジコアが基盤となって築かれている。私は都市から、離れることができないのだ」

 加えて、現在のデジタルワールドでは希少な完全体のデジモン達は、ほぼ全員が自ら治めるコミュニティを持っている。それを投げ出して、外部の毒への対策に手を回す余裕などある筈もない。

 結局のところ、自身のコミュニティを持たず、都市の維持に直接関わる必要も無く────かつ、人間との繋がりによって強化が期待されるデジモン達が最も適しているのだ。彼らにとって、都合の良い存在が。

「安全面を考慮すれば、外部での長期滞在は望ましくない。ワープポイントの設置をウィッチモンと我々で行い、諸君には都度帰還してもらう予定だ。設置の手順は後程、伝えよう」
『かしこまりまシタ。……彼らの出立はいつになりまショウ? 許されるなら休息の時間を。皆、これまでの戦いで疲弊シテおりマス』
「勿論だ」

 即答だった。子供達は少しだけ安心する。

「世界に大きな異常が見られなければ、四日後に出立とする。それまで十分に休養を取るように。
 諸君らの部屋は既に用意している。衣食住の提供も我々の役目だ」
『お気遣い、感謝しマス』
「ウィッチモン。君のパートナーもこちらで休んではどうだ。亜空間の小島に籠りきりでは息も詰まろう」
『それは……ユズコ。あなたの希望に添いまショウ』
『……。……行ってみる。私も、皆とちゃんと話したいから』
『アタシも行きたーい! おしゃれな教会の前でポーズ決めて写真とってインターネットにアップしたい!』
『お行儀よくできるのデスか? はしゃいで迷惑をかけてはいけまセンよ』
「いや、構わないとも。まだパートナーを持っていない人間が来るのは、新たな選ばれし民の誕生にも繋がる。実に喜ばしい事だ」
『ほら歓迎されてるよ! 選ばれるのは無理だろうけどー』

 ケラケラと笑う。

『気が向いたら遊びに行くね!』
『……だ、そうデス。ところで、亜空間からそちらへのゲート開通については』
「それも後程、調整しよう」
『かしこまりまシタ』

 花那の足元から、使い魔の猫がするりと離れていった。

「外に一体デジモンを控えさせている。宿舎までは彼が案内しよう。
 ──では、諸君。どうか穏やかなる休息を。我らがデジタルワールドに栄光を」



◆  ◆  ◆



「市内での護衛、及び案内役を任された。レオモンだ。よろしく頼む」

 レオモンと名乗った獣人型のデジモンは、そう言って子供達に敬礼する。
 傷だらけだが鍛練された肉体。顔を覆う立派な鬣。百獣の王を彷彿とさせる容姿に、子供達は少しだけ見惚れた。

「……む。君にはどこか親近感を覚える」

 レオモンの視線がコロナモンに向く。コロナモンは「どうも……」と苦笑しながら会釈した。

「エンジェモンから聞いたぞ。なかなかどうして、盛大に迎えられたそうじゃないか。
 なるべく都市の者と接触しなくて済むようにとな。胃を痛めながら宿舎を選んでいた」
「……エンジェモンは俺たちのこと、心配してくれてるの?」
「はは、もしや既に嫌われている感じか? 根は決して悪い奴じゃないんだ。不器用な奴なのさ。頭が固くて要領が悪くて、言葉選びも下手ときた」

 ダークエリアで子供達が発見されと聞いた際も、如何にして子供達を守り抜くかを誰より考えていたと、レオモンは言った。

「まあ、君達は比較的無事にやって来たようだが……。何事も杞憂で済むなら、それに越したことはないな」

 ははは、と愉快そうに笑う。

「レオモンはね、元々、こごのデジモンじゃながっだんだよ。でも強いがら、天使様がここに住んでっで、お願いしたんだ」

 ユキアグモンが胸を張って紹介する。レオモンは照れくさそうに鬣を掻いた。

「たまたま立ち寄ったら、大天使様に気に入られてしまってな。これも何かの縁だと、住み着いてしまったわけだ。
 外部のデジモンである私なら君達も接しやすいだろうと選ばれた。これもエンジェモンの計らいさ」
「へえ、そうかい」

 チューモンは眉間に皺を寄せていた。

「ま、なんでもいいけど。うまい飯さえ食えるなら」
「それは任せてくれ。ちゃんとした食事と部屋、入浴施設だって備えている」
「「お風呂!!」」

 花那と手鞠が揃って声を上げた。

「ちゃんと入れるの!?」
「お、お洗濯もできますか?」
「もちろんだとも! 何なら着替えもある。大きさが合わなかったらすまないが……」

 これまでの不安はどこへやら。少女達は目を輝かせて喜んだ。蒼太と誠司は互いに顔を見合わせ、自分達の汚れをようやく認識する。

「──さあ、着いたぞ。今日からここが君達の秘密基地だ」

 聖堂の裏道を抜けると、レオモンが宿舎棟を指差した。
 高い建物だ。展望台に上がれば、都市が一望できるくらいに。

 棟の中には階段とエレベーターが設けられていた。どこか古い構造の、簡素なエレベーターで三階まで登った。

「大部屋を四つ用意してある。好きに使いなさい。
 民衆が立ち入らないよう、私は一階の守衛室に常駐する。都市内部へ外出する場合は同行するから、必ず一声かけること」

 まるで引率の教師のように、レオモンはテキパキと告げていく。

「食堂は二階だ。準備ができたら呼びに行くから、楽しみにしておくといい。
 ……何か質問は? なければ一時解散としよう。何かあれば気軽に言ってくれ」

 レオモンは陽気に笑いながら去っていった。
 子供達は突然与えられた自由に、少しだけ戸惑う。

「……と、とりあえず、部屋割りする?」

 誠司が手を上げた。

「オレとそーちゃん、宮古さんと村崎……後から来る先輩でしょ? ひとまず男女で分かれるじゃん」
「おでたちは?」
「僕らは一度、別の部屋で待機しよう。人間同士でリラックスするのも大事だ」

 積もる話もあるだろう。と、ガルルモンは子供達を気遣う。
 それに──デジモン同士で今後の方針を、話し合いたいとも思っていた。

 一行は男女とデジモン達とで分かれ、それぞれの部屋に入った。



 ────用意されていた部屋は、まるで高級ホテルの客室のようであった。

 クイーンサイズのベッドがなんと四つ。
 ソファーには純白のスモックが掛けられ、替えの服として用意されていた。
 バスとトイレはもちろん別々。室内にあるとは思えない程、広い湯船だ。

 それを目にした子供達の緊張が一気に溶ける。
 表情に明るさが戻った。駆け出して、室内を堪能していく。

「そーちゃん! スイートルームだ!」
「すごい! ベッドでかい!」

 男子は大きなベッドに飛び込み遊び始め、

「手鞠! お風呂いこ!」
「う、うん!」

 女子は真っ先に浴室へ向かった。

「花那ちゃん、すごいよ! もう湯船たまってる!」

 不衛生な地下牢から清潔な客室へ。まさに天と地の差だ。
 それを体感したことでようやく──子供達の心身は、フェレスモンの城から解放されたのであった。


 各々が自由に過ごす時間。
 空白の時間、空白の出来事を、埋め合っていく。
 お互いがパートナーとどのようにして出会ったのか。誘拐された日に何があったのか。家族や、学校はどうなっていたか。

 和やかに語り、時に気分を沈め、しかしまた、笑顔になる。


 しばらくして、女子部屋をノックする音が聞こえてきた。手鞠が開けると────そこには、亜空間から移動してきた柚子が立っていた。

「……! 柚子さん!!」
「手鞠ちゃん!!」

 ブギーモンが襲来したあの日から、どれだけの時間が経過したのだろう。
 二人は泣きながら抱き合う。やつれた柚子に、痩せた手鞠。互いの肉体の変化を笑い合いながら、その再会を喜んだ。

「……本当によかった。こうしてちゃんと、手鞠ちゃんにも村崎さんにも会えた」

 亜空間の一室。
 安全な地からただ見守るだけの日々。その罪悪感は、きっと柚子にしかわからない。
 けれど今は、同じ場所に居られている。同じ目線で話ができる。なんて嬉しいことだろう。

「……私、ずっと見てるだけだった。手鞠ちゃんが拐われた時も、その後も。皆はたくさん、大変な思いしてきたのに……。
 だから……ここに入るのが怖かったの。今更何しに来たんだって、自分で思っちゃって」
「……柚子さんが見てくれてたから、花那ちゃんたちがわたしや皆を見つけてくれたんですよ。柚子さんまで捕まってたら、助けてもらえなかったんです」
「そうですよ! 私たちも、柚子さんやウィッチモンが見ててくれたから安心できたんですよ! もー、泣かないでくださいよー」

 花那は茶化しながら励ました。柚子も、目に涙は浮かべていたが──笑っていた。

「そういえば柚子さん。みちるさんとワトソンさんって、こっち来るんですか?」
「うーん。どうだろう。あの人たち適当だからなあ……」
「……その人たちって、たまに声が聞こえてくる人?」
「そうそう。なんか不思議な? 変わった人たち!」

 花那は腕を組み、眉間に皺を寄せ目を閉じる。

「いや、ワトソンさんは普通の人っぽいけど」
「外国の人? シャーロックホームズみたいだね!」
「ううんニックネーム。大人しめのお兄さんって感じ!」
「……何歳?」
「えっ知らない。柚子さん知ってます?」
「いや……中学……高校生……?」
「変わった人たちだけど、何だかんだ励ましてくれるんだよね、私たちのこと」

 みちるが聞いたら喜ぶだろう。喜んだ拍子に枕投げでも始めそうだ。柚子は想像して、ひとり苦笑した。

「みちるさんのテンション、毎日いるの大変じゃないです? なーんて」
「慣れるまでは少し! えへへ。でもね、静かなのよりは、明るい方がやっぱりいいのかなって思ってるよ」
「確かに! あ、そうだ。ブギーモンは大丈夫でした? 今もずっといるんでしょう?」
「えっ!? ブギーモンって……ずっと柚子さんといたんですか……!?」
「……大丈夫だったけど、ワンルームだから……居心地は、あまり良くなかったかな……」
「あ、やっぱり」

 ニヤニヤと花那が笑う。

「あそこに五人は窮屈すぎません?」
「うん。やばかった。でもウィッチモンが押し入れの奥にスペース作ってくれて、みちるさんたち結構そこにいたよ。実際は二部屋って感じだったかな」
「へー、ウィッチモンすごい!」
「……柚子さん、その……ブギーモン、怖くなかったんですか……?」

 心配そうに柚子を見上げた。

「嫌なこと、されませんでした……?」
「……大丈夫だよ。あいつ意外と丸くなってきたし! それに……ウィッチモンが、皆が守ってくれたから」

 騙されてブギーモンに触れようとした時も、ユキアグモンが助けてくれた。
 捕獲してからも、コロナモンとガルルモンが見張っていてくれた。
 現れたウィッチモンが、自分をパートナーに選んでくれた。
 その後もずっと、ウィッチモンは自分を気にかけてくれていた。彼女が誰より疲弊しているはずなのに。

「……ウィッチモンは本当に素敵なデジモンだよ。早く手鞠ちゃんにも会わせてあげたい」
「……ここには、来ないんですか?」
「ホーリーエンジェモンと話があるみたいで、その後だって。だから私だけ先に来たの。後でちゃんと会えるよ」
「よかった……! そうしたらチューモンも一緒に、パジャマパーティーしたいです」

 手鞠の目が輝く。「賛成!」と花那も手を上げた。
 それはとても楽しみだ、と柚子は思った。この楽しい時間が、ずっと続けばいいのにと。



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