◆  ◆  ◆



 子供達の部屋を、レオモンが順にノックしていく。

「食事の用意ができたぞ。降りてきなさい」

 子供達が部屋から飛び出してくる。全員、部屋に置かれた白のスモックに着替えていた。

「あれ、蒼太たちも着替えたの?」
「うん。流石に汚れてたから」
「でもこれ。あと一着しかないんだ。二日分だけじゃすぐ汚れちゃうよな」
「……誠司くん、洗濯は……?」
「え?」

 微笑ましい光景だった。
 パートナーデジモン達も合流し、校外学習の夜のような賑わいとなる。外の世界が毒にまみれている現実など、忘れてしまいそうになるほど。

「わあ……! あなたがウィッチモン……ですよね?」
「ええ。テマリ、セイジ。こうして会えて嬉しいデス」
「お姉さん、やっぱりお姉さんだったんだ!」
「お姉さんデスよ。ふふ。貴方、どこかユキアグモンと似ていマスね」
「こら君達、早く来なさい。食事が冷めてしまうぞ」

 レオモンに急かされ、塔の二階へ。広い食堂には、人数分の食事がしっかりと用意されていた。
 魚のポタージュに野菜のピューレ。お粥。デザートにはプリン。そんなディナーの内容に、誠司は嬉しさと戸惑いが混在した顔をする。

「……思ってたより流動食!」
「ぎー!」
「でもめっちゃ豪華! おいしそう!」
「皆サン、きちんと食事ができていまセンでシタから」

 幽閉されていた間、固形物を殆ど口にしていない。それこそ、フーガモンから与えられて最後の晩餐ぐらいだ。なのでまずは低脂肪で消化に良いものを──との事らしい。
 噛む感触はないものの、味付けはしっかりとしていた。栄養も豊富で申し分ない。子供達にとっては久々の豪華な食事だが、実の所デジモン達にとっては初めての経験だった。

 コロナモンとガルルモンはこれまで旅をしていたし、天使の里も裕福ではなかった。チューモンは言わずもがなだ。ユキアグモンとウィッチモンは、それなりの食事を経験していたが。
 そんな状態なので、食事マナーを丁寧に守っているのは柚子とウィッチモンだけ。特にチューモンは荒れていた。各々が好きなように舌鼓を打ち、出された食事を平らげていく。
 レオモンはその様子を、満足げに見守っていた。

「レオモン、貴方は召し上がらないのデスか?」
「客人の為の食事に、料理人は同席しないものさ」
「……私、こんなに凄いご飯、用意してもらえるなんて思わなかった。都市って凄く豊かなんだね」

 感心する柚子に、レオモンは「いいや」と首を振った。

「選ばれし子供達だからこそ、だ。……我々が君達にできる事など限られている。せめて、これくらいはな」
「え……じゃあ、都市のデジモンたちは……」
「安心してくれ。皆が飢える事は決してない。大天使様が天に祈り地に祈り、御身を捧げて────この地には、世界がこんな状態でも豊穣が約束されている」
「……それは、誰が約束してくれるの?」
「さあ。ただ実際、この地には水も食べ物も満ちている。足りないとすれば、民が暮らす為の土地だけだ」
「ぎぎぃ。デジモンたぢ、だくさん逃げできてるがら、もう街がいっぱい」
「その通りだ。この先も保護は続けていくようだが、都市は段々パンクしていくだろうな。土地の拡大も課題となってくる。
 ──ところでユキアグモン。お前、そんな声だったか?」
「んぎ。リアライズゲート、通っだら、声でなぐなっぢゃっだ」

 ユキアグモンは自分の喉を指差した。レオモンは目を丸くする。

「なんと災難な……。しかし生きてて何よりだ。……それより、どうしてひとりで行ったんだ? 大天使様の許可は降りていなかっただろう」
「うん。でも、なんどがしなぎゃって、思っで」
「リアライズゲートはどうやって開いたんだ」
「キュピモンが開けでくれだ。エンジェモン様には内緒っで」
「……まったく、イタズラ坊主どもめ」
「言わないでね」
「言わんさ。でも皆、心配してたんだぞ。お前と同様、リアルワールドに行くと言ったピッドモンだって、未だに連絡が取れていないんだ」

 ──蒼太の手が止まる。
 どこかで、聞いたことのある名前だった。

「ピッドモンはどうじで行っだの?」
「外でデジモンを保護したものの、ワープポイントまで辿り着けなかったようでな。一時的に『あちら』に逃げたそうだ。
 ……そうだ。お前達、リアルワールドにいたんだろう? 向こうで天使のデジモンを」
「見てないよ」

 コロナモンは言葉をかぶせた。

「俺たちは会ってないんだ。ごめん」
「そうか。残念だな。どこかで生きてるといいんだがなあ……」
「……こ、コロナモン」
「蒼太。もういいの?」
「……えっ」
「たくさん食べた方がいいよ。早く元気になれる」
「…………う、うん……」
「おお。たくさん食べるのは良いことだぞ! おかわりもあるからな」
「オレおがわりずる!」
「わ、わたしも……!」
「その意気だ。どんどん食べなさい。子供は元気でいるものだ」

 レオモンは呵呵とポタージュを盛っていく。子供達は笑顔で受け取る。
 蒼太はコロナモンに視線を向けた。コロナモンは唇を噛み締めていた。

 和気藹々とした食事の風景だった。




◆  ◆  ◆




 子供達は棟の中で穏やかな時を過ごす。
 温かい部屋に温かな食事。温かい風呂。何一つ不自由することなく。

 昼間は棟の中や展望台で遊ぶ。たまに街へと降りて、レオモンとこっそり都市の中を散策した。
 ある時は訓練場に呼び出され、パートナー達の模擬戦闘に付き添った。
 そして夜は回路の強化の為、パートナーと共に眠る。

 デジモン達はエンジェモンらと共に特訓を重ね、毒に対する対策を練っていく。
 ウィッチモンはホーリーエンジェモンと作戦を立て、ワープポイント設置の手筈を整えていく。

 そうして彼らは、要塞都市での僅かな休暇を過ごしていった。




◆  ◆  ◆



「やっほー! 柚子ちゃんウィッちゃん以外ひさしぶりー! アンド初めまして!」

 要塞都市、四日目。
 主聖堂と亜空間が接続され、みちるとワトソンがやって来た。

「みちるちゃんです! こちらワトソンくん!」
「春風はるかです」

 異様なテンションの高さと低さに、誠司と手鞠、そしてチューモンは困惑する。声だけは聞いていたが、まさかここまでとは──。
 みちるは順番に握手をしていく。距離感が掴めず、手鞠は少しだけ苦笑い。誠司はどこか波長が合うのか、握手に続けてハイタッチをしていた。チューモンはそっぽを向いてしまった。

 続けて、みちるは久々の再会となる蒼太達のもとへ駆け寄る。

「蒼太くん花那ちゃん! 会いたかったよー!」

 二人の腕を掴んで大きく振った。相変わらずだと、二人は顔を見合わせて笑う。

「元気でよかったー! 大変だったよね! 怖かったよね! 本当によく頑張った!!」
「「……」」

 その言葉がなんだか嬉しくて、こそばゆい気持ちになった。

「コロちゃんガルくんも無事で何より!」

 今度はコロナモンとガルルモンに駆け寄り、勢いよくハグなどをした。二人は困惑しながらも、彼女なりの感動の再会を笑顔で受け入れていた。

「ところでコロちゃん、お城での進化めっちゃかっこよかったよ! 何なのあれ!」
「あ、ありがとう。そうか、見ててくれてたんだよね」
「もちろん! アタシ達、ずーっと見守ってたんだからね!」
「……こら、二人とも。いい加減ホーリーエンジェモンに挨拶なサイ。失礼デスよ」
「いっけね!」

 みちるは大袈裟に両手で口を覆うと、祭壇に向けて大きく手を振った。

「こんにちはー!」

 エンジェモンが見たら失神しかねない行動だ。ウィッチモンが慌てて手を下ろさせる。

「こら! もう、こういう場所で位ちゃんとして下サイ!」
「構わないとも。素晴らしい活気だ」

 ホーリーエンジェモンは笑顔だった。

「歓迎しよう。ようこそ我が都市へ。
 君達は……選ばれし子供達よりも、些か年齢が高いようだな」
「えっへん! お姉ちゃんなのさ! え、もしや年齢って関係あるのです? やだ婚活みたい!」
「回路の質と保有数には、肉体の成熟の度合いと関連性がある。失礼な発言を許してくれ。
 ところで──どうだろう。君達もよければ、我が都市のデジモンとパートナーになってもらえないだろうか? もちろん、気が合いそうなデジモンを選んでくれて構わない」

 平然と勧誘が始まり、ウィッチモンの表情が強張る。
 君達も仲間は多い方が良いだろう。ホーリーエンジェモンは、蒼太達に目線を向けた。
 だが、

「んんーー」

 あからさまに嫌な顔をして、みちるは頭の上に両手でバツを作った。

「アタシはやらないよ!」

 はっきりとした意思表示に、ワトソン以外の全員が目を丸くさせた。

「……そうか。残念だ」
「だってアタシには、皆みたいなちゃんとした決心とかないからね!」

 腰に手を当てて胸を張る。

「中途半端にやれる事じゃないじゃん? だからアタシ達は、あのワンルームで皆を応援できればそれでいいのです!」

 同感だ、とワトソンも頷いた。

「それに年齢を気にするなら、多分ボクらは貴方の望む回路、そんなに持ってないと思うよ。もうスカスカだと思う」
「こういう時って何て言うのかしら? 適材適所?」
「……私は諸君ら皆の意思を尊重する。無理強いは決してしない。ならば君達は、選ばれし子供達を支える同志である。共に彼らを守っていこう」
「うむ! よろしく頼むのだ!」
「こらミチル! 言葉遣い!
 ……彼らとワタクシ達は明日、子供達の出発に合わせて亜空間に帰還いたしマスので。その、お騒がせしマス」
「その件だが、観測にはこの都市を使っても構わない。専用の部屋も用意できる。きっと、そちらの小島より広いだろう」
「お気持ちだけ頂きマスわ。けれど、そちらもご心配なく」

 亜空間のあの部屋は、リアルワールドと直接繋がる唯一の場所だ。
 確かに狭いのは事実であるが、彼女自身が管理する場所だからこそ意味がある。それに、あの部屋なら────いざという時にすぐにでも、柚子をリアルワールドへ逃がしてあげられる。

「……では、ワタクシはまだホーリーエンジェモンとの調整が残ッテおりマスので。二人も皆と羽を伸ばシテらっしゃい」

 ほらほらと、みちるの背中を押していく。みちるは柚子の背中も押していく。朗笑しながら見守るホーリーエンジェモンに、ワトソンは軽く一礼して去った。
 子供達はぞろぞろと主聖堂を後にする。外で待っていたレオモンが、新しい仲間の姿を見てガハハと笑った。

「こりゃまた、楽しそうな奴が増えたじゃないか」
「いえーい! よろしくね!」

 レオモンに元気よく手を振る。

「さて、新たな友よ。部屋に行くか? それとも散策でもするか? 堂々と、という訳にはいかないが」
「んーっとねー。遊びにいく! どこか広くてこっそり遊べる場所ある?」
「民衆の干渉を受けたくなければ、宿舎棟の屋上が良いだろうな」
「眺めも良さそうだわ! へいそこのボーイズ、このアタシとサッカーして遊ぼうぜ!」

 果たして、わざわざデジタルワールドでやる必要があるのか。そう問われれば否であるが、みちるにとっては関係ない。ただ、子供達と遊びたいだけである。

「お姉さんサッカーできんの? いいよ!」
「ぎい!」
「わーい! コロちゃんもやろー」
「えっ、俺は……」
「……せっかくだし遊ぼうよ。俺も、コロナモンと一緒にサッカーやってみたかったんだ」

 そう言った蒼太は、少しだけ照れくさそうだった。
 コロナモンは悩んだ。明日は出発。まだ特訓も終了したわけではない。

「行っておいで」

 ガルルモンがコロナモンの背中を押した。

「今日くらい、いいじゃないか。蒼太としっかり遊んだ事ないだろう?」
「ガルルモンだって……。……それに、俺はまだ」
「お前の後悔が無いように」
「……」
「僕は、それを願ってる」

 ガルルモンは真っ直ぐに、コロナモンの目を見ていた。コロナモンは、力強く頷いた。

「……実は俺、結構ボール遊び得意なんだよ」
「へえ、知らなかった! じゃあ俺と勝負な!」
「うん。負けないよ!」
「レオモンもオレたちと一緒にやろうよ!」
「いいのか? それは嬉しいな。手加減はしないぞ」

 はしゃぐ少年達。そんな彼らの姿を、少し呆れて見送る少女達。男子って馬鹿ね、なんて言ってみた。──いつもの教室での風景のように。

「……あれ? あの……ワトソンさん? は、サッカーしに行かないんですか?」
「ボク、インドア派なんだよね」
「じゃあ私たちと何かやります? 部屋にカードゲームみたいのありましたよ」
「花那ちゃん。多分サッカーが終わったら、今度は君とガルルモンが駆けっこに誘われるよ」
「えっ!?」
「えっ」
「ボクらは今のうちに、あの子に振り回される前に休んでおこう」
「「……」」
「……私も同感。あの人のテンションに合わせるの、結構疲れるからなあ……」

 残された最後の休日。果たしてしっかり休むことはできるのか。柚子は少しだけ頭を痛めた。



◆  ◆  ◆



 宿舎棟の屋上。
 フェンスは透明で、俯瞰する景色を邪魔しない。
 仮初めの虹がかかる空の下。活気に溢れた都市の上。少年達は無邪気に遊ぶ。

 気分は学校の昼休み。チャイムが鳴れば終わってしまう、束の間の休息。

 ふとした瞬間、都市の更に遠くを見つめ──コロナモンは立ち止まる。すぐに声をかけられて、視線をパートナー達に戻す。

 いつか、本当に世界を救うことができたなら。
 彼らとまた、こうして一緒に遊べるだろうか。
 今度はボールが森に飛んでも。一緒に探して、一緒に戻って、また遊んで。そうして家に帰るのだ。

 ────そんなことを、思う。

「ねー、コロナモン」

 みちるが声をかけた。

「楽しいねー!」

 無邪気な笑顔だった。
 コロナモンは「そうだね」と言って、微笑み返した。



◆  ◆  ◆



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