◆  ◆  ◆



 夜。

 子供達はすっかり疲れきった様子で、それぞれベッドに横たわっていた。

 サッカーにドッジボール、鬼ごっこに縄跳び。少年達は結局、夕方まで遊び尽くした。
 その後、まだ体力を持て余した少女の強要によって、花那とガルルモンが徒競走をする羽目となる。──当然ガルルモンが一位を飾り、主にみちると花那が争う形となったのだが。

 夕飯の後はトランプでゲーム大会。その後には枕投げ。まだ使っていなかった一室で、子供達とデジモン達の全員で繰り広げられた。

 そんなことをしていたものだから──子供達はすっかり遊び疲れてしまった。
 それでも少しだけ夜更かしをして、楽しい思い出のまま今日を終える。

 この二日間はそれぞれのパートナーも同じ部屋で休んでいたが、最後の夜は、人間とデジモンとで分かれて眠ることとなった。
 男子部屋ではすっかり電気も消え、就寝の準備が完了している。

「……お兄さん、お姉さんのこと、クールにやり過ごしてましたね……」

 まだ話し足りないのか、誠司は向かいのベッドに眠るワトソンに声をかけた。しかし瞳は今にも閉じそうだ。

「無理に話さないで、寝ればいいのに」
「いや……せっかくですから……普段、そんなに話せないし……」
「健気だね」
「…………お兄さん、デジモンと……パートナー、ならないの?」
「うん。ならないよ」
「……そっかあ。オレ、ユキアグモンと会えて、すごく良かったから……お兄さん、ほんとにパートナーいらないのかなあって……」
「デジモンに怖いことをされても、それが言えるキミは良い子だね」

 誠司は照れながら、顔をベッドの中に隠した。

「……キミにはユキアグモンがいて、蒼太くんにはコロナモンがいる」
「うん」
「運命的な出会いだったんだろうね」
「お兄さんは?」
「ボクには……」

 天井を仰ぐ。答えに悩んでいると、誠司の静かな寝息が聞こえてきた。

「……ボクはいらない。そういうのは、いらないんだ。
 でも……キミ達に会えたことは、とても嬉しい事だと思ってるよ」

 おやすみ、と。
 ワトソンはそう告げて、会話を終わらせる。

 都市の灯りが差し込む部屋の中。
 静かに話を聞いていた蒼太は、何も言わずに目を閉じた。



◆  ◆  ◆



「はい。お待ちかねガールズトークの時間です」

 みちるはにっこり。少女達はぐったり。

「ね、眠いよお……」

 特に手鞠は限界だ。

「……手鞠ちゃんいいんだよ。これ、付き合ったら朝までコースになるよ」
「みちるさん……それ今じゃなきゃダメなんですか」
「へいへいへいへい何いってんの! 今ガールズトークしないでいつすんの!」
「えーん」
「柚子さんこの人やっぱタチ悪いんじゃ」
「ワトソンさんいないから止める人がいなくなったんだね……私が引き止めるから二人は先に寝てて」
「ぶーぶー。みんなノリが悪いんだから! 明日には出発じゃんよーゆっくりお話しできなくなっちゃうよー」
「みちるさんがもっと早く来てればよかったんですよ。ウィッチモンだって言ってたのに」
「ぶぅー。……あ、そうだ。柚子ちゃんや、なんかブギーモンめがキミに許して欲しいって言ってたよ」
「へ?」

 思わぬ報告に、柚子は間の抜けた声を出した。

「許してって、何で突然」
「さあねぇ。本人の前じゃ恥ずかしくて言えなかったんじゃない? 意外とシャイボーイ?」
「えー、あのブギーモンが? もしかしてまだ柚子さんのパートナー狙ってたりして」
「嫌だよー私のパートナーはウィッチモンなんだから。……まあ、今までの事ちゃんと反省してるなら……良い事だとは思うけど。すっかり丸くなってきてるし」

 柚子は少し複雑そうに苦笑した。

「ところでねーねー皆って好きな人とかいんの? 何組の男子?」
「うわっ、さりげなくガールズトーク始めないで下さい。ほら、私が付き合いますから」
「んええー柚子ちゃんの話はもうたくさん聞いたよー。二人の話が聞きたかったのに」
「わ、わたしもう、眠いの限界です……」
「手鞠ちゃん寝ていいよ。無理に起きなくていいんだからね」

 手鞠は沈むように眠りの中へ。
 みちるは懲りずに花那のベッドへ。
 花那はホラー映画のヒロインのような表情を浮かべた。柚子は渋い顔をして頭を抱えた。

「……好きな人ならいませんよ」

 花那は先手を取った。

「くっ!」
「いませんからね」
「いーやみちるちゃんは推理しちゃうぞ! だって花那ちゃん割と仲良しな……」
「誰ですかそれ! 私は皆と仲良しですんで」
「……みちるさん。そういうのあまりしつこく言うと本当に嫌われますよ」
「やだー! それはやだ! アタシも仲良くしたい! ……わかった話題を変えよう! いやね、花那ちゃんにはもうひとつ伝えたいことがあるのだよ」
「えーっ。なんですか?」
「駆けっこのリベンジマッチ!」
「リベンジって……みちるさん、私より速かったじゃないですか」
「違うの! ガルルモンに! アタシ達のリベンジマッチ!」
「ガルルモンに!? ふたり合わせたってリベンジできませんよ!?」
「ぶーぶー」
「でも、私もっと速くなったら、みちるさんにはリベンジマッチしたいです。負けたの悔しかったから」
「おー! 良いスポーツ精神だ!
 それはでもさ、アタシの方が体がお姉さんだからね。足の長さとかで今回は勝っちゃったけど、花那ちゃんの走るフォームすっごく良かったぜ! 今後に期待!」
「……中学生になったら陸上部に入って、もっと速くなれるようになりたいです」

 照れくさそうに、花那は近い未来の夢を語る。

「フォームももっと磨いて、大会とかもたくさん出て……誰より一番、速く走って」
「そのうちガルルモンと、本当に一緒に走れたりしてね」
「あの速さで走れたら世界一になれますよ」
「いいじゃない! 目指せ世界!」

 人差し指で花那の頬を押す。

「夢はでっかくだよ、花那ちゃん!」
「……そうですね」
「そしたらアタシともまた走ってね」
「もちろんです。私、次は負けませんから」

 互いに軽く拳を合わせる。みちるは満足そうに、「楽しみだねえ」と歯を見せて笑った。



◆  ◆  ◆



 子供達が寝静まった頃。
 パートナーデジモン達は、最後のミーティングを行っていた。

「まず……ワタクシの使い魔による熱源探知の可能範囲は現状を維持。しかしホーリーエンジェモンとの調整により、観測対象が汚染されているかの判別が可能となりまシタ」

 ウィッチモンは、据え置きの紅茶を嗜みながら報告する。

「これだけでも幾分は、以前に比べお役に立てるかと」
「凄くありがたいよ、ウィッチモン。……俺たちが倒すのは基本、毒に汚染されたデジモンだけだ。熱源があっても毒の反応が無いなら、予め避けて進められる」
「ええ。但し対象が汚染されていなくとも、我々に向かッテ来た場合は戦闘となる可能性があるので……注意が必要となりマスが」
「その便利な探知機能ってやつ、相手の進化の段階もわかるんだっけ? 喧嘩ふっかけて完全体だったらウチら死ぬけど」
「成長期以下、成熟期、完全体の区別は変わらず判定可能デス。こちらも精度は少々、上がッタかと」
「そりゃ助かる。無駄死には御免だからね」

 チューモンは肘をつきながら、クッキーの欠片を齧っていた。

「襲ってくるの全員、せめて成長期レベルでいてくれりゃあね。ウチらも何とかしやすいんだけど」
「コロナモン。ファイラモンにはどのくらいの時間、進化したままでいられるんだ?」
「……戦闘しなければ半日。戦闘があったら二時間くらいだ。タイムリミットで退化すると、次に進化できるようになるまで、最低でも三時間はかかる。
 俺の意思で進化ができるようになったのが昨日だから、検証は一度しかできてないけど……」
「進化でぎるように、ゴロナモンすごぐ頑張っでだもんね」

 突貫工事とも言える特訓だ。パートナーの感情の起伏が無くとも、進化することができるように。特訓には主に、レオモンとエンジェモンが協力してくれていた。

「なら、普段はコロナモンの姿のままがいいだろう。……でもそうすると、僕の背中には全員を乗せられないから、移動は徒歩か……」
「必要なら荷台を貸すと、ホーリーエンジェモンが言ッテいまシタよ」
「僕が荷台を引くのか!? いや、いいけど……皆が大丈夫かな……」

 馬車のような、犬ぞりのような。
 ……確かに徒歩よりはスピードも出るし、長距離移動も可能だろう。乗り心地はさて置き。

「俺は……戦闘になるようなら、すぐ進化して対応できるようにするよ」
「ええ。お願いしマス。──では、肝心の戦闘時の立ち位置デスね。ワタクシ共が熱源を発見し、それが対処に値するものだッタ場合」
「そうしたら、僕はまず退避。子供達を遠ざける」
「ぎい! 流れ弾ごないように、荷台はおでたちの氷で守ろう」
「俺とユキアグモン、チューモンで基本戦う。どうしようもなくなったら、ガルルモンにも入ってもらう」
「切り込み隊長はウチがやる。倒す相手かどうか判断してくれりゃ、あのナイフで切りかかるからさ」

 フェレスモン城で重宝した、クロンデジゾイド製のナイフ。ミノタルモンとの戦闘の際、こっそりと手鞠に持たせ、ここまで持ち込んできた。

「うっかり捨ててこないでよかったよ。まさかこんなに世話になるとは」
「アンドロモンに感謝デスね」
「ウチはそいつのこと知らないけどね」

 きっと会うこともないだろうさ。チューモンはそう言って笑った。
 
「……活動中、周囲に反応が無い状態であれば、あの子たちが荷台から降りる事もあるでショウが……決シテはぐれないよう、必ずデジモンが側に付くこと。仮にパートナーであろうと、なかろうと」
「なら、ぜーじと紐もっで一緒に歩ぐ」
「そりゃどういうポジションさ」
「ぎぎぎ」
「……あの子たちを守る事について、ホーリーエンジェモンから話はあった? 戦闘に巻き込まず、僕らだけで旅に出る手段は……」

 ウィッチモンは申し訳なさそうに首を振った。

「彼は、至近距離にパートナーの存在を置くことが重要だと……。ソウタとカナが持つデジヴァイスも、あくまで補助の道具でしかない。遠距離になると効果は示さないそうデス」
「…………そうか」

 ガルルモンは落胆した。否定の返事を予想していなかったわけではないが────それでもやはり、子供達を戦闘の場に立たせなければいけない現実に。

「戦闘中はユキアグモン、貴方が子供達を守ッテあげて下サイね」
「……ぎい! 守っでみせるよ。大丈夫!」

 ユキアグモンは胸を張った。
 唯一、彼だけが成長期のまま旅立つこととなってしまった。彼もまた不安を抱えていた。
 それでもひたむきに、前向きに。自分がパートナー達を守るのだと意志を固める。

「では……。……活動が開始されタら、まずは周辺の毒の焼却。活動可能範囲の拡大。
 デジモンの熱源を察知し、それが我々のターゲットであッタ場合。ユキアグモンは荷台を氷壁で覆い、コロナモンは進化の準備を。
 ターゲットは成熟期以下に限定。使い魔が対象を視認した後、テイルモンが攻撃。デリート困難であればガルルモンとファイラモンで追撃。
 それでも困難……もしくは戦闘中、対象に進化の兆しが確認された場合。速やかに離脱し帰還しマス」

 亜空間と要塞都市は、活動中の子供達を常に監視する。ワープポイントをいつでも設定・起動できるように。また有事の際、一秒でも遅れを取らないように。

「対象をデリート出来ればそのまま前進デス。ホーリーエンジェモンの合図があるまでは基本、活動は継続されマス。
 ……以上が、ワタクシ達の為すべき事。ひたすら消しテいく、単純作業の繰り返しデスわ。
 これで……よろしいでショウか。良いと、思いマスか?」
「大丈夫だよ。ウィッチモン」

 コロナモンは真剣な面持ちで頷いた。

「……俺たちの行動が、世界をどうこうできるとは思わないけれど」
「ホーリーエンジェモンの気が済むまで、戦っていこう。僕らはあの子たちを守って……」
「ちゃんど、おうちに帰す!」
「あわよくば、ウチらも生き残ってだ」
「もちろんデスわ。無事に帰るまでが遠足デスもの」

 ウィッチモンは珍しく冗談混じりに笑うと、手を差し出す。

「足掻いていきまショウ。最後まで。……皆、これからも宜しくお願いいたしマス」

 ユキアグモンが手を重ねた。その上にコロナモンが。ガルルモンの指先が。そして、面倒くさそうにしながら、チューモンの小さな手も重なる。

 五人分の温もり。
 どうか、ひとつでも欠けてしまうことがないように────彼らは願い、戦い抜くことを誓う。



◆  ◆  ◆



 
→ Next Story