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────さあ、世界を救う旅へ。
*The End of Prayers*
第二十一話
「聖者の行進」
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出発の日。
晴れやかな空。清々しい空気。
少しだけ早い時間の、豪華な朝食。
本日の朝食はビュッフェ形式。何でも好きなものを食べられる。
普段であれば我先にと、子供達は食器を持って並んだだろう。──しかし、今朝はどこか大人しい。みちるとワトソンだけが、スープを何杯も平らげていた。
静かに朝食を終えると、子供達は部屋に戻り身支度を整えた。この都市とは今日で今生の別れ──というわけではないのだが、どこか寂しさを覚える。
いよいよ出発。
主聖堂に向かう彼らをレオモンが迎えた。
「なんだ、やけに緊張してるな!」
不安の色を拭えない子供達に、彼は笑ってみせる。
「そんな暗い顔をしてどうする! いつもの元気を見せてみろ!」
「アタシは今日も元気でーす!」
「うむ、よろしい!」
少しだけ場を茶化す。そのまま、子供達の傍へ。
レオモンは彼らの頭を撫でていった。床に膝をつき、驚く彼らと目線を合わせる。
優しい眼差し。──だが、どこか申し訳なさそうでもあった。
「……無理もないな。怖いだろう。不安だろうとも。
どうか許してほしい。我々が無力なあまりに、君達にその役目を押し付けてしまったことを。
だが……私達は皆、君達が無事に帰ってくるのを待っている。リアルワールドにも、そしてこのデジタルワールドにも、君達には帰る場所があるのだと……それを、どうか忘れないでくれ」
蒼太が何かを答えようとした。それを遮るように、彼の頭を再び雑に撫でた。
レオモンは立ち上がる。真剣な面持ちで、パートナーデジモン達に視線を向ける。
「外の世界を頼む」
────その言葉に、彼らは目を伏せることも、もう戸惑うこともしなかった。
しっかりと頷く。自身の決意を、レオモンに伝えた。
主聖堂ではホーリーエンジェモン、そしてエンジェモンが子供達を待っていた。
「休息を取ることはできただろうか」
ホーリーエンジェモンはいつも通り、慈愛の笑みで子供達を気遣う。
「いよいよだ。我らが世界を、不浄から救う時がやってきた。
決して容易な道ではないだろう。しかし我々は君達を────」
「兄上。前置きはよろしいでしょう。彼らには、事の要点のみを伝えていかねば」
エンジェモンは一歩前へと出た。彼が校長先生だったなら、学校の集会ももっと早く終わるだろうに────なんてことを、誠司はそっと思い浮かべる。
「本日から、君達には外部での浄化活動を行ってもらう。
拠点は我らが要塞都市。此れよりワープポイントを設置した町へ移動し、そこを起点に行動を開始。各起点から半径約五十キロ圏内の浄化が目先の達成目標だ。
都度新たにポイントを設置し、浄化範囲を広げていく」
「はいはい質問です! 移動手段は何ですか! 多分それ歩けないと思います!」
みちるが大きく手を挙げた。
「車を出してやってください!」
「町には既に台車と手綱を用意してある。皆の体力も温存できる筈だ」
「それ引くのガルちゃんじゃん! 負担やば!」
「だ、大丈夫だよ。途中で休憩もするから……」
ガルルモンは苦笑した。
「安心しろ。予定した活動圏の浄化が完了すれば、そこで設置したワープポイントから都市に帰還することができる。仮に野営となったとしても、休息は無理にでも取ってもらう」
それを聞いた柚子が、続けて恐る恐る手を挙げる。
「……あ、あの。私もいいですか」
「いいだろう」
「一日あたりの目標が、半径で五十キロってことですよね」
「そうだ」
「……その、規模が……。デジタルワールドがどのくらい広いのか知らないですけど、世界の規模で考えたら、その距離ずつって……凄く時間のかかることなんじゃ」
「言っただろう。地道な活動だと。しかし、君達の体力等を考慮した上での設定だ」
その通りだ。
毒の焼却をしながらの移動。設定された活動範囲さえ、一日で回るのは困難だ。
しかし範囲が狭すぎればあまりに時間がかかり、広すぎれば体力がもたない。彼らが費やすべき時間と労力を、エンジェモン達がまったく考慮していないわけではなかった。
────ただ。それがリアルワールドでどれだけの時間となるのかは、彼らの知ったところではないのだが。
「安心するといい。時間はかかっても必ず、君達の辿る道は世界に救済をもたらす」
的が外れた激励を添えて、エンジェモンは続ける。
「君達の位置情報は、我々も常に見守っている。仮に緊急事態に陥った場合は、ユキアグモンとチューモンに持たせたリングでゲートを開き帰還させる。安心して旅を進めるといい。
それでは早速出発だ。──と、言いたいところだが」
エンジェモンは「兄上」と、ホーリーエンジェモンに呼びかけた。
「彼らに例のものを」
「ああ。……出発の前に、諸君に渡したいものがある」
ホーリーエンジェモンの言葉に合わせ、エンジェモンはあるものを取り出して見せる。──ジュエリーボックスだ。気品ある装飾が美しかった。
中から柔らかな光が溢れる。まっすぐに天井へと延び、バラ窓から差す七色の光と調和する。その光景に目を奪われる子供達へ、ホーリーエンジェモンは厳かに告げた。
「偉大なる選ばれし子供達。我らが祖、我らが英雄から賜った聖遺物を諸君に授けよう」
光は十の帯に分かれる。
雨上がりの空に虹がかかるように──子供達の、そしてパートナーデジモン達の前へと伸びていく。
彼らの正面に浮かぶ光。その中で、穏やかに揺蕩う聖遺物。
ひとつは──手に収まる程度の大きさの機械。どこか、見覚えのある形をしていた。
「こちらはデジヴァイス。デジモンと人間……パートナーとなった二人を繋ぐ、聖なるデヴァイスだ」
それはアンドロモンが託した模造品とは違う、本物のデジヴァイス。本来の力を宿した媒介だ。
「そして────これは“紋章”。諸君の心の在り方を表し、形としたものである」
黄金のタグが付けられたペンダント。
中央に施された色硝子の装飾には、幾何学的な模様が描かれている。『紋章』と称された十の幾何学模様、いずれも異なる形をしていた。
それらは心の象徴。
パートナーとして繋がれた、ふたりの在り方を示すもの。
紋章は彼らを選び、呼応し、そして彼らに力を与える。
「矢車蒼太、コロナモン。
君達には『優しさ』と『勇気』を。
村崎花那、ガルルモン。
君達には『友情』と『愛情』を。
海棠誠司、ユキアグモン。
君達には『誠実』と『希望』を。
宮古手鞠、チューモン。
君達には『純真』と『光』を。
山吹柚子、ウィッチモン。
君達には『運命』と『知識』を。
今此処に、新たなる英雄は誕生した。選ばれし子供達よ。そしてパートナーたるデジモン達。
デジヴァイスと紋章は諸君を繋ぎ、絆を紡ぎ、光を織り成し、やがて道となるだろう。諸君を導き、我らが世界に救済をもたらすだろう」
子供達は戸惑いながらも、光の中に手を伸ばした。
両手で聖遺物を掬い上げる。紋章のペンダントを首にかけ、デジヴァイスを自らの衣服に取り付ける。蒼太と花那は、アンドロモンから受け取った模造品と共に。
そんな光景。ホーリーエンジェモンは「おめでとう」と、心から祝福の言葉を述べた。
◆ ◆ ◆
────デジヴァイスの輝き。紋章の煌めき。それらは聖堂の硝子の外へと溢れていく。
英雄の誕生だ。その事を知った民衆の歓声が聞こえてきた。
子供達は歓声に戸惑う。──が、進むことを決めた今、彼らはそれを受け入れた。受け入れざるを得なかった。
エンジェモンは身廊を渡り、聖堂の大扉の前へ。黄金のロッドを掲げ扉に向ける。扉は光を纏い、都市の外へのゲートと化した。
聖堂の唯一の出入口。それがゲートと化したという事は────もう、後戻りはできないという事。
いよいよだ。緊張と不安とで、子供達は立ち竦む。進むべきなのだろうが、身体は動かなかった。心の準備はしてきた筈なのに。
「急がなくていいんだよ」
ワトソンが声をかけた。
「そんな張り切って行けるものでもないでしょ。というより皆にはナビが必要なんだから、ボク達より先に行っちゃダメだよ」
「はい深呼吸してー! 今のうちにリラックスー! お姉さんがハグしてあげるから!」
「みちるさん、ハラスメントです」
柚子が止める。みちるが舌を出して笑う。亜空間に残る柚子は、申し訳なさそうに四人へ目を向けた。
「皆、無理だけはしないでね。……その、私だけ……」
「柚子さん。……わたしたちのこと、お願いします……!」
「オレたちのナビゲート頼んます!」
「……うん!」
「おー! まかせてよー!」
「任されてるのは柚子ちゃん達だよ」
「ワタクシ達が皆様をしっかりと導きマス。どうか、ご安心を」
ウィッチモンの足元に魔方陣が浮かぶ。彼女達もまた、自身の責務を果たす為に亜空間へ戻るのだ。
「あ、待ってウィッちゃん! アタシらもうちょっとご飯とアメニティもらってから戻るねー! 生活費を浮かせたいので!!」
「このタイミングでデスか!? 少しは雰囲気というものヲ考えテくだサイ!」
「てへー!」
「嗚呼もう間に合わない……後でまた接続しマスから、きちんと帰ッテきて下サイね!」
「み、皆、気を付けてね……!」
最後の最後で調子を狂わされながら、ウィッチモンと柚子は亜空間に戻って行った。
皆、呆気に取られる。ホーリーエンジェモンだけが、その様子を優しく見守っていた。
「いやー家計が厳しいものでして。ところでビッグな天使さん! とりあえず到着する町は安全なんです?」
「ああ、安全だとも。町全体ではないが、ポイント周辺には我々天使の結界が張ってある」
「あら頼もしい! ひとまず安心して行けるわけだ」
みちるはゲートの前へ。
「ひえー! 怖ぇー!」
「離れろ。危ないだろう」
「その危ない所に皆が行くんじゃい! べー!」
子供達はエンジェモンとのやり取りを呆然と眺めていた。そのうち、誠司が息を漏らして笑い出す。
つられて他の三人も。デジモン達もクスクスと笑った。エンジェモンの機嫌が少しだけ悪くなった。
気分が少しだけ晴れやかになって──最初の一歩を踏み出したのは、蒼太だった。
コロナモンがしっかりと側を歩く。手を繋ぎ、離れないように。
その後ろをガルルモンが続く。花那と目線を、そして歩幅を合わせながら。
続いて誠司が、腕を振りながら進み出した。ユキアグモンも同じように、胸を張り腕を振って、しかし真面目な表情でゲートへ向かった。
手鞠はチューモンにホーリーリングをはめた。チューモンは光を放ち、テイルモンへと進化する。面倒くさそうに肩を落としつつも、手鞠と共に進んでいく。
背後ではワトソンが手を振っていた。ゲートの前でみちるが待っていた。
「ファイトだよ! たくさん応援してるからね! 危なくなったら帰っておいでね」
満面の笑みで、ハイタッチを強制してきた。そのまま握手をして見送る。
「よし、いってらっしゃい! 皆ありがとー!」
光の向こうで、子供達はみちるに手を振り返す。
「いってきます」
彼らの中の誰かがそう言って、ゲートは静かに閉じていった。
みちるは満足そうに踵を返して身廊へ。そのまま進み、ホーリーエンジェモンの前で胸を張る。
「というわけで帰れなくなりました!」
元気よく敬礼した。
「……ウィッチモンは既に観測を始めているだろう。彼らが一段落するまで待っていなさい」
「ワトソンくーん、食べたらお部屋で枕投げしようぜ!」
「すみませんね本当、迷惑かけて」
「構わないとも」
ホーリーエンジェモンはどんな時も、慈愛の笑みを絶やさない。二人の滞在を快く受け入れる。
「ところで、本当にいいのかね。パートナーを得なくても」
そして勧誘も絶やさない。
念を押すように心配する天使に、みちるは満面の笑みで答えた。
「いらないよ。そもそもアタシらが、そんなもの持てるわけないんだからさ」
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