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 聖堂には自分達の他にも、完全体、究極体のデジモン達がいくらか招かれていた。
 皆、何を目的に呼ばれたのかは把握していない。中には人間が呼ばれている事を知らない者もいた。人間が何かさえ、知らない者も。

 しばらく待たされた後、オファニモンが我々の前に現れる。彼女は深く深く頭を下げてきた。どうか、自分達の愚行に力を貸して欲しいと。

『しかし私どもには……最早、こうするしか手はなかったのです』

 そうして、人間がいるらしい場所へと案内された。
 聖堂の内陣では、三大天使が率いる天使達が祈りを捧げている。

 彼らの祈りの対象。広い祭壇の上には、約三十名の人間が「用意」されていた。
 ──聞いていた通り、幼子から大人まで、あらゆる年代の人間達。

 皆、横たわっている。明らかに意識を失っている。
 彼らの頭部には幾つも電極が取りつけられていた。自分達の意志でデジタルワールドに来たのではないという事は、誰が見ても明白であった。

「嗚呼、何という事を!」
 ──と、その場に居た全員が天使達を糾弾した。
 すぐに彼らを元の世界に帰すようにと。しかし天使達は首を縦に振らない。あまつさえ、ケルビモンは口元に手を当て、声を落とすようにとすら言ってきた。

『声を荒げてはいけない。大きな音を出してはいけない。いけないのは……そう、ニンゲンの皆様が目を覚ましてしまうから』

 一方セラフィモンは、人間達の側に様々な計測機器を用意していた。用途は、分からなかった。

『その通りだ。彼らの目覚めは穏やかなものでなければならない。パニックを避ける為にもだ。そして──目覚める前に、我々には検討せねばならない事がある』

 それは、彼らの催眠が解けるまでの僅かな間に──人間という存在が我々にもたらし得る影響を調べるというもの。
 無謀だ。誰もがそう思った。──が、天使達の軍団はやり遂げた。人間という生物の肉体を、彼らの知恵を限界まで絞って調べ上げた。
 結果──肉体が十八年以上稼働している人間は、その場でリアルワールドに送り返された。
 十八歳未満の子供の中から更に選別が行われ、天使が定めた条件に適った者だけが、最終的に残される事となった。


 その数、十名。

 残された彼らは、後に「選ばれし子供達」と呼ばれた。



◆  ◆  ◆



 その場に集ったデジモン達の中からも、人間と同じ数だけの個体が選出される。
 まずは三大天使。オリンポスの神族からは代表して一体。そして、人間を起用する事に賛同した者達と、力の将来性を見込まれた者達。合わせて十体。

 こんな事をして何に成るのか。何を得るのか。誰も想像できないまま────ただ、子供達の覚醒を待った。

 やがて子供達が目を覚ます。
 案の定、見知らぬ土地と生き物に混乱している。
 オファニモンがそれを宥めた。子供達を一人一人優しく抱きしめ、落ち着かせた。……そして

『あなた達は、世界を救う為に選ばれたのです』

 そんな事を言い出して、子供達をその気にさせたのだ。

 デジモンという未知なる存在の相棒を持ち、共に世界を毒から守ろうと。皆は英雄譚の主役に選ばれたのだと。

 落ち着きを得た子供達は、やがて目を輝かせ始め、天使達の話に耳を傾ける。

 実に反吐が出る。
 少なくとも私はそう思う。

 そして子供達は改めて、自身の相棒となるであろうデジモン達と対峙する。
 誰をパートナーにするか。命を懸ける相棒とするか。……それは子供達自身に、本人の直感で選ばせた。

 こうして。
 我々兄弟の元には、一人の少女がやって来た。
 柔らかな髪の幼い少女だ。我々という異形の存在に臆することも、突然その身に降りかかった事態を疑うこともせず、彼女は朗らかに笑っていた。

『私ね、■■■っていうの!』

 最初に握手を求められたのは私だった。
 小さくて柔らかな手。世界の気まぐれで簡単に消されてしまいそうな、あまりに弱い存在だった。
 ……受け入れた以上は、責任を持たねばなるまい。少女の安全を考慮し、我々は彼女を深海の神殿に迎える事に決めた。

 その後は、自身の領地の守護、浄化活動と、毒に関する調査報告。これらを兄弟で交代しながら執り行った。
 始めこそ不安ばかりが胸を巡っていた。──しかし次第に、その不安は春先の雪のように溶け、消えていく。

 我々のパートナーはいつも笑っていた。
 見知らぬ世界で、家族とも会えず──いつ帰れるかもわからないのに。命を落とす危険さえあるというのに。
 それでも悲哀を浮かべなかった。それどころか、日々の戦いで傷付く我々を励ましていた。

 今思えば、幼さ故の危機感の無さであったのかもしれない。しかし気付けば我々にとって、少女は大切な存在となっていった。
 毒に侵食される世界で──彼女の明るさと笑顔だけが、我々を元気付けてくれたのだ。

 私達は兄弟皆で、大切に少女を守り続けた。
 いつか無事に家に帰す為。幸せな別れの為。大切に大切に。それだけを願いながら、毒へと立ち向かっていく。

 それは、他のデジモン達も同様だ。皆、自らのパートナーを大切に守りながら戦っていた。
 子供達と絆を深めながら、共に戦い、励まし合い、毒の世界を生きて行く。侵されたデジモン達を消去して、大地に広がる毒を焼き払って。
 そんな日々を長いこと、ずっと長いこと繰り返して────。

 ────だが、それでも。
 事態は一向に改善しない。どれだけ焼いても毒は再び湧いてくる。そんな、いたちごっこの繰り返し。
 こんな事に意味はないのだと、この行為は不毛なのだと────気が付いた時にはもう、デジモン達も子供達も疲弊し、消耗しきっていた。この子を連れてきてから、どれだけ時間が経ったのかもわからなかった。

 もういっそ、自分達のことは諦めて……せめてこの子だけでも、本当の家族の元に帰してあげないか。
 いつしかそんな事さえ、兄弟達で話し合うようになっていた。

 そして、それを実行しようとした矢先。
 灰色の雲が切れ、一瞬だけ晴天が垣間見えた、ある日のこと。
 空は美しく晴れているのに、どうしてだろう。黒い毒が、大量の雨となって世界に降り注いだ。

 最悪の事態になった。
 毒の雨の影響で各地でデジモン達が暴走し、喰われ、殺戮が繰り返される。
 我々オリンポスの神族は、自身の領地の暴走を止めるべく戦った。

 戦って、戦って、戦って。
 そして気付けば

『子供達がいない』

 誰かが、信じられないことを言い出したのだ。

 激戦の中。選ばれた十人の子供達が、突如として世界から姿を消した。
 我々兄弟が庇護していた少女もだ。あんなに大切にしていたのに、いなくなってしまってしまった。

 ────ああ、よく、覚えている。
 果てる世界の中で、降り注ぐ雨の中で。我々は必死に、子供達の名を叫んだのだ。

 パートナーデジモン達は、すぐに子供達を探しに向かった。
 どこを探せばいいのかもわからないまま、雨の中を必死に探して、どこかへと消えた。
 ……無論、それは我々兄弟もだ。世界が終わったら無事に家に帰すのだと、守り抜くのだと約束したのだから。

 しかし──全員で少女を探しに向かうことは、できなかった。
 毒の雨であらゆるデジモンが死に絶え、ウィルス種達の暴走も止まらない。それに対処できるのは、究極体である我々しかいない。

 だから私は闘いに残った。
 兄弟達が、我々の少女を探しに行った。

 そして────


「あの子は帰ってこなかった。兄弟達も、戻らなかった」


 いつしか自然と雨が止み、それ以降、毒の液体が世界に現れる事は無くなった。





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