◆  ◆  ◆



 天使達を裏切ると決めた、その日の夜。
 所定の活動ノルマを終え、一行は何度目かになる要塞都市への帰還を果たす。

「おかえり。選ばれし子供たち」

 レオモンは毎度、嬉しそうに子供達を出迎えた。
 彼の側では都市の幼年期達が、一行の帰還を大げさに歓迎する。

「わあ、選ばれし子供たちが帰ってきた!」
「旅のお話を聞かせて!」
「ねえ、どんな戦いをしたの? ウイルス種はどれだけ倒せた?」
「──静かにしなさい。彼らは旅で疲れているんだ。話は聞いておくから、皆は帰りなさい」

 レオモンに怒られて、幼年期達はしょんぼりしながら去って行く。レオモンは「騒がしくてすまない」と苦笑し、こっそり彼らを宿舎に連れて行った。

「今回はいつもより長かったな。出発まであまり時間は無いが、ゆっくり休むといい」

 旅での出来事や成果について、レオモンは決して自ら問う事はしない。
 一行も語らず、彼とはただ、他愛ない話だけを交わしていた。

 宿舎に着くと、レオモンは子供達ひとりひとりの無事を確認する。
 怪我をしていれば手当をするし、服が破けていれば直してくれた。

「ぎぎ。おで、先にお部屋で寝でるね。ご飯の時起ごしてね」
「──ユキアグモン。そういえばホーリーリングはどうしたんだ? 最近、着けている所を見ないが……」

 いつも子供達の安否に気が向いてしまって、レオモンがユキアグモンの変化に気付いたのは今更になってから。
 短い滞在時間の中、ユキアグモンも彼とあまり話せていなかった。せっかくだから──と、ゲソモンとの戦いの傷跡を見せる。

「ぎー。もう着けでないの。新しいのは馬車にあるよ。天使様がお守りっで」
「…………指は……そんな、形だったか……?」
「ううん。一本切れちゃっだ。でも聞いで。おで、進化でぎるようになっだんだ!」


 シードラモンに進化できるようになった事、自分も強くなれたのだという事を、ユキアグモンは胸を張って誇らしげに伝えた。

「それは……素晴らしいな……!」
「凄いでしょ。おでも皆と同じに戦えるよ。レオモンとだって──」
「本当に……! ……流石は、選ばれし……」
「……レオモン、どうじだの?」
「……っ」

 レオモンはユキアグモンを抱きしめる。

「……ああ、でも……でもな、ユキアグモン。ただ無事でいてくれれば、本当はそれでいいんだよ」

 そう言った声は震えていた。ユキアグモンはレオモンの背をぽんぽんと叩きながら、「強くならないと死んじゃうんだけどなあ」と暢気に思っていた。




 大聖堂では、ウィッチモンと柚子がホーリーエンジェモン達に対し、今回の浄化活動についての報告をしていた。

「移動ルートが少々、ずれているようだが」

 エンジェモンが、一行の移動記録を見ながらウィッチモンに問う。

「……ええ。そうデスわね」

 海を抜けてからダークエリアへ。当然ながら、予定していたルートから外れる。それも突然だ。ウィッチモンが位置情報を改竄する以前の動向さえ、天使達にとっては十分、不審がって然るべきものである。

「デジタルワールドで彼らを導くのが、運命の紋章に選ばれた君達の役目だろう」
「仰る通りデス」

 なのでこちらも、それなりの理由を用意せねばなるまい。

「しかし。円をひたすらに描いていくより、敢えて広範囲にポイントを設置した方が、後々役立つかと思いまシタので。救うにシテも、逃げるにシテも。何より領地を拡げるにシテも」
「わ……私も皆も、それに賛成したから……。むしろ、そうじゃないと問題があるなら、その理由を教えてください。それで納得できたら、私たちは元のルートに戻ります」

 こういう時、柚子のフォローはとても有難い。選ばれし子供の発言は、天使達に尊重されるからだ。

「……いいや、選ばれし子供達の意思によるものなら構わない」

 エンジェモンはそれ以上の追究をしてこなかった。二人は顔を見合わせ、安堵する。

「今回の旅で、新たに発見した集落はあったか? デジタルワールドの汚染状況について報告を求める」
「実際にご覧いただいた方が早いかと。画像データを転送しマスわ。いずれも浄化済みデスが……果たして役に立つかは判断し兼ねマス。──遭遇した汚染デジモンは成熟期が六体、成長期が一体、それ未満、及び完全体以上はゼロ。……成長期以下の世代は、毒の変異に依らず数を減らしているものと考えマス」
「ふむ。データが変異するとはいえ……汚染から長時間経過すれば、肉体の崩壊は避けられないか。しかし適応した成熟期以上の世代は、そのまま進化する恐れもある。──いざという時は躊躇わず連絡を。ホーリーリングで転移し帰還するように」
「ありがとうございマス。そして集落の件デスが、残念ながら道中には一つも」
「……そうか。では引き続き、難民の救助も兼ねて進んでくれ。また明朝に出発となるが、希望する物資はあるか?」
「子供達用の武器をもう少々追加シテいただきたく。汚染体への対抗手段として、あれらは非常に有用デス」
「了解した。出来る限り間に合わせよう」

「────ウィッチモン」

 それまで静かに耳を傾けていたホーリーエンジェモンが、口を開いた。

「報告、感謝する。今回も諸君の活躍により……デジタルワールドはまた一歩、救済へと近付いたことだろう」
「……ありがとうございマス」
「エンジェモン。お前は技術部の元へ急ぎなさい。厳しければこちらの物資と交換を条件に、メトロポリスに援助要請を」
「畏まりました。兄上」

 エンジェモンはホーリーエンジェモンに目礼すると、そのまま姿を消す。
 静かになった聖堂。しかしホーリーエンジェモンは、ウィッチモン達に下がるよう言わなかった。何やら物思いに耽っている様子だ。

「……あの。……報告は以上デスが……」

 戸惑って思わず声を掛ける。ホーリーエンジェモンは顔を上げた。ああ、すまないと苦笑する。そして

「────海に、行っていただろう」

 それは決して詰問ではなく、純粋な問い掛けであった。
 ホーリーエンジェモンは少しだけ緊張がほぐれたような、穏やかな表情をしていた。

「……ええ。水場は比較的、被害が少ない様子でシタので。川も湖も──」
「まだ、綺麗だったか?」

 その質問にどんな意図があるのか。ウィッチモンと柚子は訝しみながらも、美しかった海の様子を伝えた。

「ならば良かった」
「……」

 ホーリーエンジェモンは微笑んでいた。
 ──彼に引き継がれた「過去」の記憶に、果たしてネプトゥーンモンの存在は残っているのだろうか。そして過去に行われた、英雄達の不毛な浄化活動の事を──彼はどれだけ理解しているのだろう。

「……あの、ホーリーエンジェモンさん」
「何かね?」
「……。……皆の旅は……英雄の真似をするこの旅には……本当に、終わりがあると思いますか?」
「────」

 ホーリーエンジェモンは一度、口を閉ざす。
 そして──仮初の青空が照らす、ステンドグラスを眺めながら。「終わりは必ず訪れる」と言い切った。

「安心してくれ。それがどのような形であれ、君達だけは──今度こそ帰還させるから」




◆  ◆  ◆



 ────明朝、外部での浄化活動が再開される。
 選ばれし子供たちは都市を発ち、無機質な大地へと降り立った。

 今日も静かだ。ずっと静かだ。誰もいない。世界には何もない。
 ガルルモンはゆっくりを荷馬車を走らせる。すると花那が身を乗り出して、ガルルモンの背中をぽんと叩いた。

「! 花那、どうしたの?」
「ねーねー。背中、乗ってもいい?」

 理由はない。なんとなく乗りたくなっただけ。
 今のところ周囲に反応もなく、平和ではないが危険でもない。ガルルモンは快諾し、花那を背中に乗せた。

「わあ。乗るの久しぶりでドキドキしちゃうなあ。ガルルモン、重くない?」
「そんな、ちっとも」

 流れる風を浴びながら、花那は深呼吸する。埃っぽい荷台の中より、こちらの方が心地が好い。

「私ね、ガルルモンに乗って走るの好きだよ。それに……乗ってる方が、触れ合ってる方が少しでも、ガルルモンは強くなれるんでしょ?」
「……うん。でも、それは気にしなくていいよ」
「えへへ。そういえば、みちるさんがね。今度みちるさんと私の二人で、ガルルモンにリベンジマッチしようって言ってたよ」
「二人あわせて?」
「そう。変な話だよね。どうやるんだろう」
「それはそれで楽しそうだね。いっそ全員で来てくれてもいいよ。僕、自身あるから」
「あー、ガルルモン、なんかいつもより悪い顔してる!」

 珍しく見せた表情に、花那は笑う。

「でもコロナモンが進化したら、意外と速くていい勝負になるんじゃない?」
「──ん、呼んだ?」
「ああ、コロナモン。今度ファイラモンになったら、僕とどっちが早く走れるか試してみよう」
「いいけど、飛ぶのはアリ?」
「もちろんダメだ」
「おで、氷の上なら走れるよ」
「それもダメだ」

 あくまで地面を蹴っての徒競走だ。なら、皆が進化してもトップは揺るがない。ガルルモンは少しだけ、したり顔をしてみせる。

「なー花那、俺もガルルモンに乗りたいよ。俺だって最近乗ってない!」
「順番ですー。あと十五分ね」
「えー、長い。十分がいい」
「そーちゃんの次はオレね! 宮古さんは?」
「め、迷惑じゃなければ……」
『こらこら皆。アトラクションじゃないんデスから……』

 気付けばユキアグモンも乗りたそうに覗いていて、コロナモンは思わず苦笑した。

「はは。ガルルモンってばすっかり人気者だ。前までは俺の特等席だったのになあ」
「なに妬いてんのさ。……そういえば、二人は元々組んでたんだっけ? あの子らと会った方のが先だと思ってたよ。リアルワールドに逃げたの何だのってのは、少し聞いてたけどさ」
「うん、ずっと二人で旅をしてきたんだ。……初めて会ったのもこんな場所だった。空はもっと、夕陽で綺麗だったけど」

 ふうん、とテイルモンは頬杖をつく。

「ウチらみたいに事情があるわけもなく、ずっと二人旅なんてのも珍しいね。まあ、ろくに外の世界を知らないウチが言うのも変だけど」
「……そういえば他には会わなかったな、同じように旅するデジモン。確かに、珍しいのかもね」
「仲が良いに越したことはないけど。それだけ意気投合する何かがあったんだろうさ。もしかして殴り合いのケンカでもした?」

 そう言って、テイルモンは茶化すように笑った。コロナモンは慌てて否定する。そもそも、成長期が成熟期と喧嘩をしても勝ち目はない。

「何もないよ。ただ、出会って……なんというか、感じるものがあったから。最初からお互いに、一緒に行こうって」
「……何それ」

 変なの、と白けたように眉間に皺を寄せた。

「……頼むからこの後さ、『これは運命だったんだ』とか言わないでよ。なんか、そういうロマンスな感じだったのかって疑いそうになるから」
「え。……いや、君が思ってるような事じゃないよ。もっと兄弟というか、家族的な感覚だから。生き別れの再会? みたいな意気投合で……」

 見当違いな解釈をされていそうで、ひどく困惑する。
 そしてコロナモンはテイルモンの誤解に対し、──思わず「ガルルモンにはちゃんと好きな相手がいたんだよ」と言おうとした。

「……コロナモン? どうしたのさ」
「あ……ううん。なんでもない」

 ……「いた」か。もう、すっかり過去形になってしまった。咄嗟にそう思ったことが、なんだか悲しい。
 自分達がリアルワールドに逃げた夜から、気付けば随分と長い時間が経ってしまった。忘れられない夜なのに、もう遠い日の出来事のように思えてしまう。

 コロナモンは、今にも雨が降り出しそうな灰色の空を見上げた。

「……」

 ────ねえ、ダルクモン。俺たちは、ちゃんと先に進めているよね?



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