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 毒に侵された命は、清らかな命を求めていくものだ。
 もう元に戻る事などないのに。喰らえば生き永らえて、いつか元に戻ると本能が錯覚してしまう。

 彼らは溶けた五感を駆り立て、命の気配を探していく。
 目を失くしても、耳を失くしても、肉が溶けても──それでも命の光を求めて、身を引き摺ってでも彷徨い続ける。

「────」

 そして、今日もひとり。
 風に乗った生命達のにおいに、勘付いたデジモンが顔を上げた。



◆  ◆  ◆



 土埃が舞う。
 車輪が大地を叩き、音を立てる。
 静かな世界に、子供達の和気藹々とした声が響いていた。

 ガルルモンの背には花那と手鞠が乗っている。灰色の空が更に薄暗くなっていくのを見て、「もうすぐ夜だね」なんて言葉を交わしていた。

 すると、花那の懐から使い魔の黒猫が顔を出す。──中へ戻るよう二人に告げた。

「……柚子さん、もしかして」
「あ、あの……デジモンですか……?」
『うん。まだ距離はあるけどね』

 柚子は落ち着いた様子で言った。

『でも、そこに乗ったままだと危ないよ。スピードも上げたいから』
『反応は十時方向、約三キロ地点に観測。──ウイルス種の汚染体、推定世代は成熟期デス』

 二人は急いで荷台へと戻る。黒猫はガルルモンの顔の側に寄った。

『二時方向へ転換を。対象は意図的に皆様を追ッテいる可能性がありマス』
「意図的に?」
『ええ。理性や判断力があるのか、もしくは……。……そちらの風向きは?』
「……そうか。多分、君の読み通りだ」

 生命のにおいは風に乗り、侵されたデジモンの本能を刺激する。

「仕方ないよ。もう僕たちくらいしか、まともな命は残っていないんだ」

 勿論、都市のように外部から隔離した区域を除いて、ではあるが。

『町とか見つけてもさー、結局は廃墟だったしねえ』
『まあ、こんな世界じゃ対策でもしてないと、餌食になるだけだからね』

 世界に生き残りが少ない中、これだけ活発な命が四体もまとまっているのだ。気付かれやすいのは当然。狙われるのも当然だろう。

「どうずるの? ごのまま逃げる?」
「俺たちを狙ってるなら、迎え撃つしかないよ。逃げても追われるだけだ。その間にこっちが消耗する方が危ない」
「ウチも同感だね。それに好き放題させてたら、せっかく焼いた場所がまた毒だらけになる」

 汚染されたウィルス種は、痛みも疲れも知る事は無い。肉体の欠損に反応はするものの、体が砕けても追い続ける。そして何より────見逃せばその分、毒の被害は広がっていくのだ。

「オレらのチームは四人も成熟期になれるんだ! きっと大丈夫!」
「ぎい。がんばろう!」
『では皆様、迎撃に備えて下サイ』

 再び方向を転換し、ガルルモンは速度を落とした。自分達を真後ろから追う形となる、熱源との距離が少しずつ縮んでいく。

『あと二キロ……!』
『対象の情報をデータベースと照合しマス』

 やがて遠くから地響きのような足音が、そして────雄叫びが彼らの耳に届く。
 子供達は緊張した面持ちでデジヴァイスを構えた。


『解析完了。対象個体────ダークティラノモン!』






第二十五話  終






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