◆  ◆  ◆




 ────再び響く乾いた銃声。
 メガシードラモンが瞬時に氷の盾を張る。砕ける音と共に弾丸が食い込んだ。──弾丸の軌道は、全て仲間達の眉間を狙ったものだった。

『…………みちる。残念だけど逆効果だ』

 今までとは異なる、明確な殺意。
 ベルゼブモンは、目に見えない誰かだけを生かすと決めた。

 他は全員────

『そっかあ。上手くいくと思ったんだけど、やっぱあの状態じゃ話し合えないよねぇ』
『で、でもあのデジモン……パートナーを探してるだけなら……!』
『そうだけど交渉決裂だ。同情で死ぬわけにはいかないから、仕方ないよ。そうだろうワイズモン』
『……ええ、そうですね。残念ですが』

 大切な誰かを守りたくて。救いたくて。
 きっと彼は、自分達と同じ理由で戦ってきたのだろう。

『目標、四肢の破壊。電脳核を保持し無抵抗状態へ』

 それでもこちらを殺すと言うのなら──自分達もまた、彼の殺意に応えねばならないのだ。

 全ては、生き残る為に。

『────皆様どうぞ、反撃を』

 ライラモンは両手に花の刃を。
 メガシードラモンは額の刃に雷を。
 ワーガルルモンは両の拳に青い炎を。
 フレアモンは両の拳に炎の獅子を。

 そして男は──

「…………オーロ、サルモン……」

 気付けばその手に、銀の男の機関銃を構えていた。

「──マーブルショット!!」
「サンダーブレード!」
「グレイシャルブラスト!」
「紅蓮獣王波!」

 新緑の光線。雷の刃。
 拳と共に巻き上がる吹雪。駆け抜ける炎の獅子。

 その全てを浴びながら──男はマシンガンを放つ。

「ああぁぁあぁああああ!!!」

 降り注ぐ鉛の雨。毒を纏った小銃弾。
 メガシードラモンが一帯に氷の盾を張る。けれど雨からは逃れられない。弾丸は氷の盾に弾かれ、しかし撃ち抜いて────彼らの肉を貫通していく。
 込められた火薬と毒に創部が焼かれる。激痛が走った。──だが、彼らも進むのを止めはしない。白銀の爪が黒い胸元を切り裂き、同時に炎の拳が男の胴体を殴り上げる。

「紅・獅子之舞!」

 炎を纏った拳と蹴りを叩きこむ、フレアモンの乱舞。
 男の骨がひしゃげる音がした。鈍い唸り声が漏れた。腕の骨が折られたにも関わらず、ベルゼブモンはフレアモンに対し確実に銃口を向ける。
 無作為に撃たれる弾丸がフレアモンを襲う。咄嗟に身を庇い、鋼鉄の翼と鎧でそれらを受けた。しかし防ぎ切れず、肉体にはいくつも穴が空けられていく。
 ──メガシードラモンが二人の間に割り込んだ。氷を纏った尾でフレアモンを庇い、自らが盾となる。

「!? だめだ! 何を……!」
『いいえ、こちらの方が結果的な損傷が少なくて済みます。メガシードラモン、そのまま続けて!』

 硝煙と土煙が混ざり合い、視界はひどく不明瞭だ。けれど亜空間のワイズモンは彼らの位置を正確に把握する。

『氷を砕いて、彼に更なる雷撃を!』
「フレアモン、離れてて!」

 メガシードラモンは弾丸を受けながらも接近し、長い身体で男を囲う。纏っていた氷が砕け、男に触れては溶けていく。追い風の様に口内から吹雪を放ち────雷を落とした。

 天からの鉄槌のごとく落とされた雷撃。先程より数倍も威力を増したそれは、ベルゼブモンの皮膚を焦がし、筋肉を壊死させた。
 端から見れば明らかな致命傷だ。だが、それでも彼は止まらない。デジタル生命体である彼らは、デジコアさえ保たれれば死に至らない。
 死に至らないという事は、まだ戦えるという事。ベルゼブモンの中に溢れ出る感情は、本能は、そして毒は、機能を失った肉体を尚駆り立てる。

 ああ、怒りが収まらない。憎悪が溢れて止まらない。
 全てを喰わなければあの子を救えない。そう信じてやまなかった。
 だからメガシードラモンの尾を掴み──喰らい付く。他者のデータを捕食し、自らの破損を修復していく。

「ぎ、ぃ……ッ」
「……! ライラックダガー!!」

 咄嗟に、ライラモンが背後から切りつけた。黒い血が噴き出し、男の口がメガシードラモンから離れる。

「どきな! 完全体にもなって喰われてんじゃないよ!」
「ぎい……」
「ていうか膝! 痛いんだけど!! よくも撃ってくれたね!?」

 両手の刃を振り翳す。ベルゼブモンは機関銃を盾にそれを受けた。
 花弁は銃床に深い切創をつけたが、肉体への攻撃は防がれてしまった。動揺を見せたライラモンを男が蹴り飛ばす。

「ぐっ……!」

 ライラモンは受け身を取ろうとする。その隙に銃口が彼女を捉える。
 しまった、と見開く瞳──映り込んだ男は直後、ワーガルルモンによって殴り倒された。
 反動で引き金が引かれたが、銃弾は明後日の方向へ。ただ硝煙を撒き散らすだけとなる。

 ベルゼブモンは腰を落として踏み留まった。瞬時にマシンガンからショットガンへと持ち替え、接近戦に持ち込んだワーガルルモンを狙い撃つ。
 銃声。砂と混ざり合う血飛沫。白銀の脇腹が抉れた。
 しかしワーガルルモンはそのまま男との距離を詰める。鋭い爪で、銃を持つ腕を切り付けた。
 手首までを縦に裂かれ、男の手から銃が離れる。──もう一撃。ワーガルルモンは攻撃の手を緩めない。今度は胴体を狙って、両手の爪を鋭く構えて──

「カイザーネイル!!」
「ダークネスクロウ……!!」

 ベルゼブモンの暗黒の爪が迎え撃つ。それはワーガルルモンの肩を深く裂いた。しかしワーガルルモンの両の爪もまた、男の胴体へ届いていた。
 三本の傷から黒い液体が勢い良く零れ、男が僅かによろめく。────ワーガルルモンが男を地面に組み伏せた。

 今度こそ押さえた両手を離しはしない。男の腹部に、膝をめり込ませていく。
 それでも逃れようと、ベルゼブモンは全身を打ち付けるように暴れる。しかしメガシードラモンが男の足を氷漬けにし、彼の身体の動きを完全に封じ込めた。

 黒い男と白銀の獣人が、再び睨み合う。

「…………」

 まじまじと見ると、男の状態のなんと酷いこと。
 落雷によって焦げた皮膚。内部も自分達の攻撃によって裂かれ、更に深部のワイヤーフレームまで見えている。……この状態でよく戦っていたものだと、僅かな感心さえ抱く程だった。

 こうまでして彼が戦うのは、生命を欲する毒のせいなのだろうか。それとも、パートナーを思ってだろうか。
 どちらかは分からない。奴の事情がどうあれ────最早、問答する余地はない。

 ワーガルルモンは鋭い爪に冷気を纏わせる。
 そのまま、ベルゼブモンの肩に食い込ませた。

「────!!!」

 肩に深く穴が空き、肉が氷で焼けていく激痛の中──それでも男は声を上げなかった。

『損傷率六十三パーセント……しかしこの様子では、まだ立ち上がってくるでしょう』

 銃を使えなくなったとしても、腕を失ったとしても。このデジモンは、きっと自分達を殺しにかかるだろう。彼の怒りが消えない限り。
 毛並みを赤く染めたワーガルルモンは、少し疲れを見せた顔で「そうだな」と言った。

『治癒を見込める八十五パーセントまで攻撃を継続。それが限界ラインです。──それまで、フレアモン。貴方の炎で四肢を浄化できますか?』
「……。……ああ」

 そう答えたフレアモンの中には、僅かな躊躇いがある。疑念がある。
 ──だから、問う。

「…………なあ、どうして。……あの時、あの子達に手を伸ばしたんだ」
「……」

 返事の代わりに、向けられた瞳には憎悪が込められていた。

「どうして……さっき、あのまま……話し合えなかった……」
「…………黙れ」

 掠れた声には殺意が込められていた。

「答えてくれ。話してくれ。まだ、きっと間に合うから」
「…………」

 フレアモンは乞う。男の中で、パートナーを想う気持ちが理性を呼び起こす事を信じたかった。

「…………、……俺が……」
「……!」
「俺が────首だけになっても。お前らを喰って、カノンを探す」

 ────男の表情には、決意と覚悟が込められていた。

「……そうか」

 フレアモンは目を伏せる。
 子供達を守る為。自分達を守る為。生きて行く為。────そんな免罪符を胸に抱いて。

 その拳に、聖なる焔を宿して構えた。

「清々之────…………」



 ──── “ 待ってください。どうか、どうか。”



「…………え?」

 頭の中で聞こえた声が、フレアモンの手を止めた。




◆  ◆  ◆




 穏やかな声だった。
 彼らの中に直接、語りかけるように響いていた。

 その声は子供達にも、デジモン達にも、ベルゼブモンにも聞こえていた。
 しかし何処にも姿が見えず、ワイズモンの熱源探知にも反応は無い。

 それでも声は彼らに囁く。──── “ どうか、どうか。 ”

 ああ、本当に穏やかな声だ。
 フレアモンだけではない。誰もが一瞬、戦意や恐怖を失って空を見上げる程。彼らを宥め慰めるように、脳内で反響した。


 そして、灰色の空に光が灯る。
 それは黄金の輝き。荒野に生きる全ての命に、優しく降り注いだ。









第二十七話  終









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