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 そうして、たくさんの生命を犠牲にして。
 結局、自分達の力だけでは解決する事もできなかった。
 何て様だろう。あろうことか、後始末をも他人に擦り付けようとしている。

 それでも、願えるのなら。

「────我が盟友、クレニアムモンを破壊し……我らが神を……その変質を遂げられる前に、在るべき場所へと還して欲しいのです。それで世界は────」

 言い終える前に、子供達の視界からマグナモンが消えた。
 直後、音を立てて地面に叩き付けられる黄金の姿を見る。

 ……フレアモンが拳を震わせていた。その表情は、今までにない程の憤怒で歪んでいる。
 汚染されたデジモン達に慈悲を与え、ベルゼブモンにさえ致命傷を与える事を躊躇った、その彼が。

『やめなさいフレアモン! そんな事をしても……!』
「……何て、言った? 毒は……毒を、産んだ……? 作った……!? お前達の仲間が!?」

 毒の発生原因は、これまで一切不明とされてきた。
 ダルクモンも、天使達も、誰も知らない。皆が哀しい天災だと信じてやまなかった。そうでもなければ説明が付けられなかったからだ。──それなのに

「毒を、つ、作って……撒いたのか!? 世界中に!? 災害じゃなくて、お前達がやったのか!!?」
「…………そうです。毒は、我らが……」

「────どれだけ死んだと思ってる!!!!」

 怒声が、荒野中に響き渡った。

「何で……どうしてそんなもの生まれた!? どうして生んだんだ!! どうして……っ全部、お前達のせいだって!!?
 毒にやられたデジモン達がどんな姿になるか知ってるか……!? 大事な仲間が……自分を殺しに来る時の気持ちが分かるか!?」

 毒に飲まれたデジモン達が、それでも生きようと他者を喰らう姿を。
 毒に飲まれたデジモン達に、声を掛けて喰われていく仲間の姿を。
 仲間を、同胞を、手にかけなければならない気持ちを。

 ああ、分かっている。彼らだって止めようとした。悪意があってそんなものを作ったわけじゃない。今の話が、真実ならば。
 それでも、その“イグドラシル”が原因で発生した被害はあまりに甚大だ。事情を理解する事が出来たとしても、決して許容など出来るものか。
 ────何より、毒の黒い水によって犠牲になったのは、デジモン達だけではないのだ。

「……その上、人間の子供達まで……」

 ネプトゥーンモン達のパートナーも、過去の厄災で姿を消した子供達も、もういない。
 今の子供達は生きているものの、体から回路を抜かれている。──男が持っていたメモの内容と同じ。

 そして何より、男のパートナーは。
 その子は一体、何をされた?

「ッ……何て事を……!!」

 可哀想に。
 無力な人間の子供達。デジタルワールドに巻き込まれた子供達。その子達の誰も、そんな事は望んでいなかっただろうに。
 怖かっただろう。痛かっただろう。帰りたかっただろう。家族の所に戻りたかっただろう。

 …………でも、そうか。それが真実だったのか。
 ああ、“やっと見つけた”。────どういう訳か、そんな感情が一瞬だけ胸を過る。

「────待って! 行っちゃだめワーガルルモン!」

 子供達の声がして、振り向く。フレアモンは──愕然とする。
 花那と蒼太が、怒りに飛び出さんとするワーガルルモンを止めようとしていた。必死に、しがみつきながら。

「……──ワーガルルモン」


 荒野に響く慟哭。糾弾。充血した瞳。
 涙は出ていなかった。代わりに花那の両目から溢れ、ぼろぼろと零れていた。

「ねえ! 行っちゃだめだよ……! コロナモンも、もうそれ以上やらないで……!」
「花那……花那、離してくれ。あいつは……僕は、あいつを────!!」
「そいつをやっつけたって皆は帰ってこないだろ!! 俺たちが……助けられなかったデジモンたちだって、生き返ってくれないんだよ……! だから……っお願いだから!」
「お前達さえいなければ!! お前達が毒なんて作らなければ!!
 返せよ!! 子供達も、そいつのパートナーも! 僕らに、皆を……僕とコロナモンの故郷を……!! ……ッ……ダルクモンを……!!」

 必死に両足にしがみついて、胸が張り裂けそうになって、明かされた事実が悲しくて、大切な友達の悲痛な様子が哀しくて──蒼太と花那は泣いていた。

「…………」

 黒い男は、少女の身に起きたであろう事態を受け止められず、その顔を絶望に染めている。呆然と立ち尽くしていた。その様子を心配した手鞠が思わず声を掛けたが、男がそれに反応する事はなかった。

 涙の様に溢れていく黒い液体。
 それは零れて、黄金のベールに触れては消えて。

「…………ああ」

 それらを目にしたフレアモンの中で────燃えるような激情が、悲しみとやるせなさに塗り替えられていく。

 里が毒に飲まれたあの日から、ずっと。
 何度も同じ事を思ってきた。「どうしてこんな事になってしまったのだろう」────その答えが今、ようやく見つかったというのに。
 心の中は曇ったまま。靄は酷くなるばかり。

「いいのです。彼を、離してあげて」

 あらゆる感情が向けられる中、マグナモンは一切、抵抗や自衛の素振りすら見せなかった。

「怒りも、悲しみも、当然です。抱かない筈がない」
『……。……それが、長きに渡る毒の厄災の真相と言うなら……。……ワタクシもどうにかなってしまいそうです。だって、それじゃあただの……貴方達の創造主による自死プログラムではないですか。そんなの無理心中もいい所だ!!』

 ワイズモンは思わずデスクを殴りそうになった。握り締めた拳を震わせ、歯を食い縛る。

『ッ……それでも……貴方を殺せば子供達は救えない。何も解決しない。それが、現実だなんて。……本当に気が狂いそう……!』
「────矛盾しているとは、思って、いるのですが」

 大地に転がったまま、マグナモンは憔悴しきった顔で灰の空を見上げる。
 殺されて然るべきだと、彼自身そう思っているのだ。けれどそれを成してしまえば、世界は本当に救えなくなる。──クレニアムモンを止める為には、マグナモン自身の手で天の塔に戦力を送り込まねばならない。

 すると、様子を眺めていたライラモンが、声を出しながら大きな溜息を吐いた。

「いい加減にしてよ。埒が明かない」

 ボリボリと後頭部を掻き毟る。

「……はあ。不本意だけどさ、今はワイズモンの奴に賛成だ。結局こいつの言う通りにしないと捕まってる奴らは助けられないんでしょ? じゃあ殺せないじゃん。此処でどうこうしたって何にも成らないじゃないの。
 でも、フレアモンとワーガルルモン……そこの黒いのが、こいつを殺してやりたい気持ちもわかるよ。────だからさ」

 花弁の掌から新緑の光線が放たれた。
 マグナモンの尾に穴が空く。ライラモンは無表情のまま何度も撃ち込む。────マグナモンは、自身の尾が千切れるまでそれを受け入れた。

 千切れた青い尾が地面に転がる。それを、ライラモンは掴み上げた。

「……これでひとまず終いにしてよ。アンタ達」
『────貴女……』

 ぶらぶらと掴んだ尾を揺らしながら、無抵抗のマグナモンを見下ろす。

「それより、究極体サマの割には随分と脆いじゃないのさ。 ……あれ、アーマー体だっけ? どっちでもいいけど」
「…………ええ。本当に、恥ずかしい程に」
「ウチは毒のせいで何か損したわけじゃないし。こいつら以外に別段、思い入れがあるわけでもない。そんで全員まだ無事だから、お前に対して特に何の感情も湧かないんだけど。
 でもさ、流石に……あんまりじゃないの。とは思っちまう。もう見てられないよ」

 尾の切断面から、ぼたりぼたりと血が垂れて、地面を濡らす。
 マグナモンの黄金の鎧が、自身の血液で赤く汚れていく。

 血溜まりの中、メガシードラモンはマグナモンを見下ろしていた。

「傷、早ぐ塞がないど、死んじゃうよ」
「…………そうですね。まだ、今は……死ぬわけには」
「……」

 メガシードラモンは目を伏せながら、マグナモンの傷口を凍らせ止血した。それを止める者はいなかった。

「ああそうだ。……アンタ、これ喰うかい」

 ライラモンは千切った尾をベルゼブモンに投げつける。

「生憎ウチらはゲテモノ食いじゃないんでね。
 でも喰う代わりに、絶対こいつを撃つんじゃないよ。……アンタのパートナーを見つけたいなら」

 ベルゼブモンは青い尾の断片を見つめる。マグナモンはそれを受け入れるように、ベルゼブモンの障壁さえも消滅させた。

「…………────カノン」

 男はそれを拾って、掴み上げ、勢い良く噛り付く。
 皮膚を、肉を喰い破り、飲み込む。最後の一欠片を喰い終えるまでずっと、その目は憎しみを込めてマグナモンに向けられていた。



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