◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆





 ────別に、ご立派な大義名分なんて無いんだ。

 それを頼まれた訳でもないし、成し遂げたからって感謝される訳でもない。
 余計なお節介だって、否定される事さえあるだろう。

 詰まる所はただのエゴ。
 一方通行な気持ちの押し付けだ。

 ──ああ、分かっているとも。

「それでも約束したんだ」

 勝手に交わした願い事。
 果たす為にここまで生きて──そして今、此処に在る。








*The End of Prayers*



第二十九話

「約束」
前編 ― 星に願いを ―






◆  ◆  ◆



 宿舎棟の二階。食堂として使われていた大広間。
 いつも出迎えてくれる温かな食事達は無く、今はテーブルクロスさえ片付けられている。

 子供達は緊張した面持ちで着席した。──宿舎に戻ってきた理由は、休息ではなく作戦会議だ。マグナモンが遅れて戻ってくるまでの時間も、どこかソワソワして休む事などできなかった。

「……ホーリーエンジェモンさんたちは?」

 蒼太が尋ねる。

「都市の皆は来ないの?」

 棟の出入口にはレオモンが待機しているが、天使達の姿は無い。通信も柚子達としか繋げていない。此処にいるのは自分達だけだ。

「彼らには、彼らのやるべき事がありますので」
「……そっか」
「……先程の騒動を気に病んでいるのかもしれませんが……元を辿れば小生が原因だ。各々方が負い目を感じる必要はありません」

 あらゆる責任の所在は自分達なのだと、マグナモンは頑なに主張する。──そう言われたからといって、早々に切り替えられるものでもない。気を落として俯くユキアグモンに、誠司は「終わったら一緒に謝りに行こう」と、そっと声を掛けた。

「────では、各々方。こちらをご覧下さい」

 円を描くようにテーブルをなぞる。指で辿った跡が発光し、回転する。──その空間に、とある立体映像が投影された。

 映っているのは白い塔だ。リアルワールドにおける創世記に登場するものとよく似ている。何も知らずに見れば、ただただ美しい建築物だ。

「これが、天の塔。我らの創造主イグドラシルが座し、デジタルワールドを運営する管理塔です」

 だが、この場所こそが毒の泉であり、リアルワールドから誘拐された子供達の監獄。あらゆる諸悪の根源に他ならない。

「各々方には、第二層に御座します我が主を、最上部の座までお連れいただきたい」

 塔の内部は大きく四つの層で構成されている。
 第一層から三層。イグドラシルの起動装置たる祭壇──天の座を戴く最上層。
 イグドラシルを宿した少女は第二層に。一方、未帰還の子供達は第三層に収容されているとマグナモンは言う。

「各層同士は直接繋がっておりません。今目の前に居る各々方とワイズモン達とのように、空間そのものが異なっている」

 つまり、単純に天井を突き破っても最上部には進めないという事だ。
 普段であれば、各層を往来する際には専用の移送機を用いるらしい。カノンが騎士らと乗ったエレベーターらしき機械がそれだ。

『移送機が破壊された場合の対処は?』
「別途デジタルゲートを開く必要がありますが、貴女が付いていれば問題無いでしょう」

 ──と、なれば。一行が取るべき作戦は単純明解だ。

 マグナモンが一行を天の塔へ送り届けた後。自分達を迎撃するであろう、クレニアムモンなるデジモンを撃破。
 並行してカノンとイグドラシルを捜索し、共に最上階の天の座へ。
 作戦が完了したら、カノンと第三層に収容された子供達を連れて地上へ帰還する。

「ああ、ウチみたいな馬鹿にも分かりやすくて結構だ」

 明るく言いながらも、テイルモンは苦い顔を浮かべていた。

「でも驚くほど上手くいく気がしない。簡単に言うなって逆ギレしそうな位だよ」
『不本意ながら尤もですわ。そもそも塔の周囲一帯には、外部侵入を防ぐ為のファイアウォールが設定されている筈。……これ、生半可な物ではないですわよね?』

 いわば、フェレスモン城の結界の上位互換だ。そのまま突っ込めば全員が即死、良くて致命傷。どちらにしても最悪な結果となる。

「仰る通りですが、各々方には事前にライトオーラバリアを施しますので」

 ──そう。いくら強固な結界とは言え、不可侵の障壁を纏っているなら話は別だ。しかも塔の騎士が作り上げた物となれば、突入時の安全性はほぼ約束されると思って良い。

『それは、侵入後も? 貴方の障壁を纏ったままでは、戦闘どころか物質に触れる事さえ出来ないでしょう』
「ええ。ですので侵入後、小生の障壁は解かれるものと思って下さい」
『分かりました。では内部のファイアウォールに関しては、今回は貴方の権限で全て停止する、という認識で間違いないですね?』

 すると、それまで事務手続きのように淡々と進められてきた会話が止まる。
 僅かな沈黙の後。マグナモンは若干、目を逸らしながら──小さな声で「いいえ」と答えた。

「……突入後は、内部の防御機構が作動し……各々方を排除にかかるかと」
『────は?』

 ワイズモンは思わず声を上げた。

『は??』

 もう一度、声を上げた。

『作動するのですか?』
「ええ、作動します」
『排除にかかるのですか?』
「ええ、かかります」
『貴方、塔の管理者なのでしょう?』
「……セキュリティ解除の権限は我が主のみに……ですがイグドラシルには最早、塔を管理できる力は残されていないので……」
『……ちなみに、内部セキュリティとはどのようなものなのですか』
「外部バリアのようなエネルギー体ではなく、複数の形状と質量を持った物体が直接排除にかかります。ただ、これまで作動させた実績がない為、どのようになるかまでは……」
『…………』

 ワイズモンは言葉を失った。……そりゃあ、侵入者がいたって塔に入る前に消されるのだから、内部セキュリティなど余程でなければ作動しないだろう。侵入者が内部に到達する事自体、想定されていないのだ。

 と、いう事は。
 彼らが侵入を遂げた瞬間、防御機構がフル稼働。それと同時にクレニアムモンも仲良く襲い掛かってくる。──なんとも素晴らしい、涙が出そうになるほど手厚い歓迎だ。

『…………あの、我々にどうしろと仰るの? 死ねと?』
『で、でも、ほら……! マグナモンも一緒に行ってくれるんだし、そこで皆を守ってくれれば問題ないよね? 襲って来るセキュリティだけでも、バリアで包んでくれればいいんだもん』
『……確かに、そうですわね。貴方が彼らの守護に努めてくれるなら……』
「……。……いいえ、残念ですが……小生は各々方に、同行する事ができません」

 マグナモンの一言に、場の空気が再び凍りつく。

「ねえコイツ今すぐぶっ飛ばしていい?」 「ご、ご安心下さい。防御機構に関しては、各々方の突入前にある程度、破壊しておきます。……それは、ツテがありますので。恐らく大丈夫です」
「ぎー……。命懸けなのは今に越しだこどじゃないけど、不安がすごい」
「アンタ、何かあったら騎士らしく腹を切りなよ。介錯はしてあげるから」

 それは騎士でなく侍だ。──漂う気まずさの中、子供達は心の中でこっそりと口を挟んだ。



◆  ◆  ◆



 美しい白い塔、外壁を這う水晶の枝と根。
 映像として見ているだけで、コロナモンとガルルモンは胸騒ぎを覚える。

「────仮に、君が言う“ツテ”で、塔の防御機構を壊してもらえるとして」

 どこか嫌悪感にも近いそれを噛み締めて、ガルルモンが口を開いた。

「厄介な問題が残ったままだ。……そもそも、僕らはどう頑張っても完全体までにしかなれないのに、君は勝算があると思ってる」
「……ええ。成功の可能性は、高いと思っています。各々方のそれは正当な進化であり、かつパートナーとの回路によって強化されていますので……」
「そうは言っても、君の仲間は究極体だろう? こっちの戦力は完全体が四体と……彼は、少し微妙な立ち位置だけど……」
「……データ上、ベルゼブモンという種族は究極体に属しますが、彼は毒に依る変異のせいで不完全な状態です。本来の力は、出し切れないかと」

 よって戦力としては、完全体が四体、“半”究極体が一体、という事になる。
 仮に総力戦をしたところで、真っ当な究極体を相手に倒せる確証はない。足止めが精一杯だとして──果たして、どれだけ時間を稼げるか。

『……それ以前に、クレニアムモン相手に全員では戦えません。イグドラシルを見つけなければならない以上、どなたかは探索に回さなければ』

 ワイズモンは頭を抱えた。──前途多難にも程がある。下手をすれば、メタルティラノモン戦の二の舞どころでは済まないだろう。マグナモンが言う『ツテ』だって、本当に頼って良いのか分からない状況だ。

「……──別に。全部、殺せばいい……だけ、だろう」

 隅に立ったままのベルゼブモンが、吐き捨てるように呟いた。
 単純な話なのに、何をブツブツ話し合う必要がある? とでも言いたそうな顔で。

「殺して、喰うだけだ。お前達が、怖いなら……俺だけで、殺す」
『……貴方、塔に侵入したら真っ先にパートナーの探索に向かうと思っていましたが……よろしいのですか?』
「ああ」

 ベルゼブモンは躊躇わずに答えた。 

「カノンを見つけるのに、邪魔だ」

 到底、許せない相手というのもある。しかし殺さず残しておいて、カノンがまた巻き込まれたらたまらない。だから先に消しておこうと言うのだ。
 男の思考はあまりに単純。清々しい程、自分の欲望に忠実だ。故に不安要素といったものに縛られる事もなく、憂う必要も無い。……ワイズモンには、それがどこか羨ましく思えてしまった。

『……では、彼を含めた四体を戦闘に。一体を探索に回しましょう』
「あーあ、こいつだけでクレニアムモンとかいう奴、倒せたら楽なのにさ」
「うん、気持ちはすごぐ分がる」
『子供達も、同行する場合は探索に回ってもらいますので……彼らを抱えて退避する可能性も考えれば……体格が大きく飛行能力もあるフレアモンが適任かと思うのですが。──マグナモン、これに対する貴方の見解は?』

 ワイズモンはマグナモンに意見を乞う。クレニアムモンの事を、誰よりも知っているのは彼だ。

 ────すると、

「概ね、賛成です。しかし盟友との戦闘に関しては、ひとつ小生から提案があるのですが────」



◆  ◆  ◆



 マグナモンが彼らに切り出した提案。
 それは、あまりに耳を疑う内容であった。

『────貴方、今……何と仰ったの?』
「ですから、デジタル化です。選ばれし子供たちの」

 遺伝子と細胞で構成された人間を、デジタル生命体として変換する。
 今までマグナモンが、多くの子供達に対し施してきた行為そのもの。

「それを今回、選ばれし子供たちに応用したいと考えています」

 そもそもそんな事が可能な事自体、彼らにとっては初耳だ。中身が中身だけに、到底すぐには納得できない。

『…………理解しかねますわ。それは彼らの存在を歪める行為に他ならない。そんな危険な事をする理由がどこに?』
「理由は二つ。ひとつは──今回の作戦では恐らく、子供達の肉体に掛かる負荷があまりに大きい」

 天の塔は神の御座。デジタルワールドにおいても極めて特殊な空間だ。
 外部からの侵入時点、通常の次元から高位の次元へ切り替わる瞬間。子供達の肉体に掛かる負荷は尋常ではない。
 ──その甚大な負荷量は、生身のまま回路の摘出処置を受ける以上だ。人間としての存在そのものが変質しかねない。

「収容している子供達に関しては、空間を遮蔽した移送機で運搬……同様の処置を施した部屋に安置しているので、問題ありません。
 しかし侵入するこの子達はそうはいかない。変質すれば、元の体のままリアルワールドに帰還する事が困難となる」

 かつてカノンに説明した時と同じ。一時的に実体からデジタル化してしまった方が、総合的な負荷量は少なく済むのだ。
 ──確かに理には適っていると、ワイズモンは渋々ながら受け入れる。

「二つ目の理由は戦力の強化です。
 パートナーとの同調によるデジモンの強化は──肌、若しくは義体といった物質を介する接触が一番、効率が良い。なので、これも応用となるのですが……君達をデジタル化し、一時的にパートナーの内部へと統合させれば────」
「合体!? オレたちが!?」

 デジモン達は目を丸くさせ、子供達は顔を見合わせる。子供達の中では、特撮ドラマでのロボットの合体シーンが再生されていた。

「──ええ。子供達がパートナーの第二の核、コアと成るのです。同調している者同士であれば、パートナーデジモン達の更なる強化が期待できましょう」

 とは言え、あくまでも提案だ。
 選択権はそれぞれに在り、強制はされない。

「ですが、もし肉体のデジタル化を希望されないなら……」
『……天の塔には、そも行かない方がいいと』
「この子らの、身の安全を考えるのであれば」

 当然、デジタル化に伴うリスクが無いわけではない。
 一体化によって、本体が受けたダメージは少なからず子供達に伝播する。何より前提として、人間がデジタル化できる時間が限られているのだ。──それを超過すれば、データ化された肉体の復元が困難となる。

 しかし逆を言えば、その間であれば問題ない、という事でもある。
 マグナモンは、それまで多くの子供達を“施術”してきた手で──選ばれし子供たちに向け、指を三本立てて見せた。

「三時間。──小生が、子供達から回路を摘出するのに要した平均時間です。少なくともこの時間内であれば、君達という存在は保証される。
 ……デジタル化は作戦実行直前に行いますので。決定は急がれず、その時までに」

 デジタル化せず、此処に残って帰りを待つか。
 デジタル化して、塔の中を探索し駆け巡るか。
 それとも、パートナーと一体となり戦闘に加わるか。

 与えられた選択に困惑する子供達と、リスクを危惧するパートナー達。そしてマグナモンはパートナーデジモン達に対し、“万が一”の際の対応についてを提案した。

「作戦の継続が困難と判断された場合──または、各々方が戦闘不能となった場合。その際は緊急避難プログラムを起動して離脱を」

 作戦の失敗は、デジタルワールド救済の失敗と同義だ。
 だが、それでも。例え世界を救えなくとも────そうすれば、子供達だけは生きて帰してあげられる。

「だから安心して、戦いに臨んで下さい」

 マグナモンは言い切った。
 それを聞いたコロナモンとガルルモンは顔を歪める。一瞬、頭の中を焼き付くような痛みが走り抜けた。



◆  ◆  ◆



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