◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「────はい! じゃあ、持ち物確認! 蒼太から!」

 それはまるで、遠足の前夜のような光景だった。
 子供達は期待に胸を膨らませながら、床に広げた荷物を眺めている。

「懐中電灯と、電池と、毛布と……」
「今日の分の水とご飯! ……あ、ねえ蒼太。これもリュックに入れてくれる?」
「ドックフード? 花那ん家の犬、死んじゃったの半年前だっけ。残してたんだな」
「うん。開けてなかったし、機会があったら誰かにあげようと思って。……でもガルルモンは食べそうだけど、コロナモン食べるかな。キャットフードも買った方がいい?」
「コロナモンにキャットフードあげんの?」
「だって、ライオンってネコ科じゃん」

 花那の言葉に蒼太は目を丸くする。それから、小さく苦笑した。

「そもそもイヌ科とかネコ科とかじゃないと思うよ。あいつら、デジモンなんだから」






*The End of Prayers*

第三話
「start of the unusual days」










◆  ◆  ◆



 ――数十分前――

 まだ太陽が真上に昇りきらない頃。蒼太は駆け足で学校から帰宅した。
 今日は午後から保護者懇親会。授業は午前までで、母親は入れ替わるように学校へ行く事になっている。蒼太にとっても花那にとっても、これほど都合の良い日はない。
 手も洗わずに部屋へ行くとランドセルを放り、昨晩から用意していたリュックサックを掴み取る。母親には「花那と遊びに行く」と予め伝えているし、友人からのサッカーの誘いも今日は断った。
 準備は万端だ。蒼太は玄関を出ると、意気揚々と自転車を走らせる。とは言え先ずは、近くに住む花那の家へ。


 時を同じくして、花那は自宅のリビングで蒼太が来るのを待っていた。母と用意した昼食を大切に抱えながら。
 量が多いので、「何人で遊びに行くの?」と母に尋ねられた時は焦ったが──適当に言って誤魔化した。蒼太の名を出すと深追いせずに納得してくれるのは、多分、幼児期から付き合いがあるからだろう。もう小学五年生だし、親が当時の感覚のままなのはどうかと思う反面、今回はそれに救われた。

 玄関のインターホンが鳴る。幼馴染の姿を映すモニターの時刻は、待ち合わせのそれとぴったりだった。



◆  ◆  ◆



 ────どこか遠くに、若々しい蝉の合唱を聞く。

 真夏の廃ビル。薄暗い四階の大部屋、コロナモンとガルルモンは、コンクリートの壁が吸収する熱気にあてられていた。
 普段なら耐えられるような暑さも、体力が著しく低下した今は灼熱のように感じられる。加えて、空腹と渇きが二人に追い打ちをかけていた。

 コロナモンは壁にもたれて座りこみ、虚ろな顔で空を眺めている。ガルルモンは昨夜と変わらず、うつ伏せたまま目を閉じていた。二人とも意識はある。

「……太陽……」

 見上げた先の青い空。快晴とまでは言えないが、とてもいい天気だ。
 ……そういえば昨日(・・)も同じような空だったと──コロナモンは思い出す。

「……太陽がどうかした?」

 そう、ガルルモンは口だけを動かした。

「……いや。……太陽が高くなったから、もう昼なんだなって……」
「…………夜はあんなに長かったのに。こっちに来てから時間が経つのは、あっという間だな」
「……。……この世界とデジタルワールド、時間が違うみたいなんだ。……向こうは多分、朝か夕方だと思う」

 時差の程は分からないが、少なくとも半日は経っている。
 ――たった半日で世界の状態が変わったとは思えないが、良くない方向へ進んでいるのは確かだろう。二人は目覚めてから、その事ばかり考えていた。

 黒い水の被害はきっと、今もどこかで広がっている。

「俺たちが……今まで行った町は、大丈夫かな」

 そう呟くと、ガルルモンが少しだけ瞼を開いた。

「……どれも小さな町だった。会ってきたデジモンだって……どんなに強くても成熟期だった。それに……僕らが最初に出会った神聖(ホーリー)系デジモンは──ダルクモンだ」
「────」

 コロナモンの顔が、一瞬歪む。

 黒い水に対抗できるとされる神聖デジモン――それも英雄の生まれ変わりがいた自分達の里でさえ、一夜にして壊滅した。
 なら、強いデジモンも神聖デジモンもいない地域はどうなっているのか。……無事でいるとは到底思えなかった。

 世界の様子が気になって仕方がないが、それを確かめる術はない。
 それどころか、デジタルワールドへ戻る術さえ分からなかった。ゲートの接続がもし、神聖デジモンにのみ与えられた能力だったなら──自分達にそれを行うのは不可能だ。
 しばらく人間界で暮らす事になるのだろう。その現実も含め、目の前にある問題は想像以上に山積みだった。……考えれば考えるほどに迷走し、二人は溜め息をつく。

 ──その時。

「声だ」

 ガルルモンが顔を上げた。それからすぐに、動けないながらも警戒の姿勢をとる。

「声? それって人間の……」
「こっちに近付いてきてる。数は……二人いるのか? 高域だから幼体かもしれない。……とにかく隠れよう。人目につくのはまずい」
「ま、待って! そんな体なのにまだ動いちゃダメだ。それと……心当たりがあるんだ。もしかしたら……」

 コロナモンはよろめきながらと立ち上がると、窓枠に手をかけ身を乗り出した。ガルルモンの止める声を後ろに、廃墟の周囲を見回す。
 自分の耳にも声が届く。確かに二つ、聞き覚えのある声だった。

 やがて、視線の先に二つの人影を見つける。それまで暗かった彼の表情が、一瞬のうちに明るくなった。



◆  ◆  ◆



 部屋に入った瞬間。二体のデジモンの姿に、蒼太と花那は目を輝かせた。

「コロナモン! ガルルモン起きたんだな!」
「ちゃんと動けてる! ずっと心配してたんだからね!」
「よかった……! やっぱり君たちだった……!」

 既に面識のあるコロナモン達は、半日ぶりの再会を喜ぶ。一方、ガルルモンは初めての人間を前に動揺していた。
 人間の子供に助けてもらったと、コロナモンから聞いてはいたが……

「こ、コロナモン。この子たちが、昨日言っていた? 随分と元気な……」
「うん。でも最初会った時は、お互いにびっくりして……」
「コロナモンと少し話してるうちにさ、慣れてきたのかな? あ、俺は蒼太! よろしくな」
「私、花那っていうの! ガルルモンも『デジモン』っていうんでしょ? コロナモンが言ってたよ!」
「──あ、ああ。……うん。そうだよ。昨日は、どうもありがとう」

 ガルルモンの態度はぎこちないが、それでも表情は最初より和らいでいる。

「二人とも具合どう? 昨日よりへーき?」
「大分良くなったんだ。まだあまり動けないけど……」
「……しばらく休めば大丈夫。僕らのことは心配いらないよ」
「寝てるだけじゃなくて、ちゃんと飯も食べなきゃ。俺たち持ってきたからさ、一緒に食べよう!」
「そうそう! ちゃんと二人の分も持って来たの!」

 え、とデジモン達が声をあげる。そんな彼らをよそに、蒼太と花那は早速ランチの準備に取りかかった。レジャーシートを広げ、クーラーボックスからタッパーを取り出し、次々と並べていく。
 タッパーの中身はドッグフード──ではなく、予定変更でサンドイッチ。花那が昨晩用意したものだ。

「デジモンって何食べるのかわからなかったから、とりあえず自然的? なやつにしようって話になってさ」
「油とかマヨネーズは使ってないから、二人も食べて大丈夫だと思うけど……」

 コロナモンとガルルモンは子供達から昼食に視線を移し、互いに見合う。前日の昼から何も食べていなかった事を思い出し、二人の胃が大きな音を立てて鳴いた。



◆  ◆  ◆



 およそ十分もかからず空になったタッパーの山。空になった水筒。
 それを眺め、花那は呆気にとられていた。食事をしながら色々と話す、ピクニックのような展開を想像していたのだが──。

「……ごめん。その、お腹空いてて……」

 ガルルモンが申し訳なさそうに頭を垂れた。うっかり子供達の分も食べそうになったコロナモンも、しょんぼりと俯く。

「い、いいんだよ謝らなくて。それだけお腹減ってたんでしょ? むしろ美味しく食べてくれて嬉しい!」
「そうだよ。元々お前たちに持ってきたやつなんだし。……それにしてもさ、デジタルワールドって大変な所なんだなあ」

 片付けを終えると、子供達は再びレジャーシートに腰を下ろす。

「昨日もあんなにボロボロだったし。……その、生存競争? やっぱり厳しいの?」
「私たちにはそういうの、よくわからなくて……」
「……。……そうだね。生存競争は、確かに厳しい」

 口を開いたのはガルルモンだった。水と食糧を摂ったおかげか、体力は少し戻ったようだ。

「僕らの世界は、デジタルワールドは……それが基本みたいなものだから。……それでも場所によって違うけどね」
「大きな街や都市になる程、競争とは離れるんだ。そこに住んでるデジモンは多分、人間みたいな立ち位置なのかな? ……でも外に出れば激しい世界だ。幼年期なんて、誰かに守ってもらわないとまず生き残れない。俺は幼年期の頃を知らないけど、今だってガルルモンに助けてもらってる」
「? よーねんき?」

 ふむふむと蒼太が頷く横で、花那が首を傾げる。

「僕らの成長段階の一つで、生まれたての弱い時期を言うんだよ。コロナモンは成長期。僕は成熟期」
「守ってもらってたってことは、コロナモンよりガルルモンのが強くて……つまり成熟期ってやつのが上なんだな」
「え? でも幼年期が赤ちゃんなら、コロナモンは子供でガルルモンは大人……? あれれ?」
「俺たちデジモンは幼体から成体に自然と育つんじゃなくて、強くなると進化する仕組みなんだ。名前も姿も、たくさん変わって」
「へー、凄いなぁデジモンって。人間に無いものばっかだ。それ、強くなったらいくらでも進化できるってこと?」
「皆進化して皆強くなっちゃったら、なんか凄いことになりそう……」

 いいや、とガルルモンが首を振った。

「限界はあるよ。……幼年期が成長して第二幼年期に。そこから成長期までなら、成長だけでも進化できることがあるけど……」
「次がガルルモンの成熟期、このあたりからは戦って強くならないと進化できない。……俺もいつ進化できるのかな……」
「僕の更に上が完全体。確か、究極体で最後かな。……ここまで来るともう、言い伝えとか空想の話みたいになってくるね」

 完全体以上ともなれば、もはや生存競争に臆する必要などないのだろう。ウイルス種以外なら黒い水にだって対抗できる。
 しかし究極体なんて存在は、御伽話や神話の中の存在だ。完全体デジモンさえ、生存競争が極度に激しい地域や、よほどの大都市でしか見られないという。

 そんな異形の生命体の説明に対し、子供達は理解したのか分からないような表情で相槌を打っていた。

「究極体ってやつ、気になるな……めちゃくちゃ凄そう」
「じゃあ、二人が昨日ボロボロだったのも、この世界に来たのも……強いデジモンと戦ったからなの? 成熟期って奴らに囲まれたとか……」

 花那がそう尋ねると──それまで笑顔だった二体の表情が、一瞬だけ固まった。

 確かに自分達は、いつだって生存競争の世界で生きてきた。毎日のように戦って、死にかけた事も少なくなかった。
 そうして辿り着いたのがあの里だ。比較的平和な地域、その奥にひっそりと在った──弱肉強食の世界を離れ、天使に守られたあの里。

 けれどそこで、自分達が最後に戦った相手は────デジモンではない。あれは、決して生物などではない。

「「……」」

 目の前の子供達は好奇心でいっぱいだ。だからこそ、コロナモンとガルルモンは困惑した。
 デジモンやデジタルワールドについてを、話す事自体は構わない。こうして子供達を話していると悲しみも紛れる。――だが、黒い水の件まで話が食い込むのは問題だ。
 人間の世界に来た事で、ひとまずは難を逃れた。しかしこの先は? 何が起こるかわからない状況だ。この先もずっと安全が確保できる保障など、どこにも無い。

「……実は」
「! ガルルモン、待っ……」

 こんなに親切にしてくれた、優しい子供達。もしかしたら、これからも自分達を助けると言ってくれるかもしれない。

「――僕たち、強くて悪いデジモンに、集団で襲われて……」

 だからこそ、事情を話してはいけないだろう。

「中々、強い成熟期たちで。僕とコロナモンは頑張ったんだけど、ピンチになって……」 「あ……ああ! そうなんだ。そしたら丁度、この世界に繋がるゲートが開いたんだよ。だから……──逃げてきた」

 巻き込んで、失ってしまうわけには──もう、いかなかった。

「……そっか、大変だったんだな」
「こっちに逃げて来られて良かったね。そのままだったら大変だったもん……」
「なあ、そのゲートってやつがまた開いたらさ、二人ともデジタルワールドに帰っちゃうのか?」

 そうだろう。逃げたままでいるつもりはない。それに、最後にはあの里に戻ると決めたのだ。
 成すべき事だってきっとある。それが何なのか──今はまだ分からないが。少なくとも、毒の水への対策を練られるまでが、この安全であろう世界に身を置く必要があるだろう。

「……ゲートがいつ開くかはわからないけど……俺たち、しばらくはこの世界にいると思うよ」
「そうなんだ! よかったー。もっといっぱい一緒にいられるね!」
「友達になったばかりなのに、すぐにお別れなんて寂しいもんな。……そうだ。しばらくここで暮らすなら……」

 蒼太がリュックサックを差し出した。

「中に色々入ってるんだけど、多分役に立つと思うから使ってよ」
「あと、そっちのクーラーボックスにも食べ物が入ってるの。パンとかだけど……。傷む前に新しいのは持ってくるからね!」
「そ、そんな。悪いよ。そんなにしてもらうなんて」

 遠慮すんなって、と蒼太はコロナモンの頭を撫でた。――手に電流のような刺激が走ったが、もう痛みなどは感じない。

「あ……そうだ。ついでにこれ、貸しておくからさ」

 そう言って、蒼太は携帯電話をコロナモンに渡した。隣で花那が目を見開く。

「え。蒼太、ケータイ貸しちゃっていいの!?」
「だって俺、普段そんな使わないもん。連絡できたら便利だし。コロナモンなら使えるかと思って」
「……確かに」

 花那はまじまじとコロナモンを見つめる。獅子のようだが五指を持つ彼なら、機器の操作も可能だろう。

「でも、ガルルモンだって爪とかでいけるかもよ?」
「いや割れるって。多分。でも使い方は両方教えるからな。大丈夫!」
「「────」」

 出会ったばかりの自分達に──それも彼らとは異なる生物に、この子達はどうしてここまでしてくれるのだろう。
 ……いや。それが純粋な親切心と好意だという事は、彼らの瞳を見れば分かるのだ。それでも、「どうして」と。

 初めて天使の里に着いた日、余所者の自分達を受け入れてくれた──あの温もりを思い出して。思わず胸が苦しくなる。

「困った時はお互い様なんだからさ。こういうのは」
「うん。私たち、いつでも力になるよ!」

 弾けるような笑顔だった。晴れ渡る空のような笑顔。
 コロナモンは思わず、ガルルモンに目線を向ける。ガルルモンの横顔、金色の瞳は僅かに揺らいでいた。
 けれど、何かを心に決めたように目を閉じて────それから彼は、子供達と同じように笑ってみせた。

「……ありがとう二人とも。じゃあ、僕も……人間の世界のこと、たくさん聞きたいな」
「もちろんだよ! じゃあまずは……何がいいかなー」
「あ、じゃあこれの使い方から教えるよ。これはケータイっていって――……」



◆  ◆  ◆



 楽しい時間というものは、大抵あっという間に過ぎていくものだ。
 気付けば廃墟の中は、見覚えのある薄暗さに満ちていた。昨日よりも雲は厚く、空は橙に濁っている。

 ここは電気も通っていないし、長居してデジモン達を疲れさせてもいけない。名残惜しいが、蒼太と花那は帰ることに。

「そういえば、丁度このくらいの時だったね。俺たちがここに来て……この部屋から緑の光が出るのを見たんだ」

 つい昨日のことなのに、随分と前のことのように思えた。「最初おばけかと思ってびっくりしたの」と花那が言うと、三人が笑う。

「あっ。ひどい」
「その光はきっと、僕らが通ってきたゲートだよ。お化けじゃなくて良かったね」

 そしてデジモン達は、「またおいで」と子らに微笑む。
 蒼太は軽くなった荷物を手に立ち上がる。花那は機嫌良く、小躍りするように部屋の出口へと向かうと──

「またデジタルワールドの話、聞かせてね!」

 振り返って笑った。蒼太も「じゃあな」とコロナモンとガルルモンの頭を撫でる。ふと手に違和感を感じたが、特に気にせずに花那の後を追った。


 ――コロナモンを撫でた時に感じた、あの静電気のよう刺激。
 何故だか、ガルルモンに触れた時は感じなかったのだ。



◆  ◆  ◆



 止めていた自転車の所まで行くと、子供達は廃墟を見上げた。あの部屋の窓には何も見えないが、確かにデジモン達がいるのだと感じる。
 ──また明日、会えるのだろう。

「蒼太。そういえばあの子たち、こっちへのゲートが開いたから来たって言ってたよね」
「言ってた。リアライズゲート? って、どっかで勝手に開くのかな」
「もしそうなら……二人以外のデジモンもこっちに来てるのかも……?」

 自転車にクーラーボックスを引っ掛け、鍵を外す。
 今日の余韻に浸りながら、新たな想像を膨らませながら、二人はゆっくりと自転車を押して廃墟を後にする。

「どんな姿なのか気になるよね。会ってみたいなぁ。二人の話じゃ、色んな見た目のデジモンがいるって話だし……」
「怪獣みたいな奴とか、機械みたいな奴とか? ゲームのモンスター想像しちゃうけどさ、やっぱ実際会ってみると迫力とか全然違うよね。『生きてる』って感じするもん」

 時間は昨日より早いはずなのに、空を埋める雲のせいで道は暗く感じられた。廃墟から少し離れたアパート群の蛍光灯も、もう全部点いている。
 ちなみに、この雑居ビルの周辺はお世辞にも賑やかとは言えず、むしろ閑散としている。周囲を占めるのは主に駐車場、いくつかの空き地と、半世紀前の賃貸住宅。それもあまり人は住んでいないとの噂。──しかしその静けさが幸いし、デジモン達の存在は気付かれていないようだった。

 そんな地域からの帰り道。前からは珍しく通行人が歩いてくる。蒼太と花那はすれ違ったが、特に気にせず二人が進んでいると──

「ねえ」

 いきなり声をかけられた。
 二人は驚いて振り返る。街灯の下、すれ違ったばかりの誰かがこちらを見ていた。

 コンビニの袋を片手に提げた三つ編みの少女。背は二人よりも高く、幼い顔つきだが明らかに年上だ。中学生ぐらいだろうか?
 少女は馴れ馴れしい様子で「この辺、住んでんの?」と聞いてきた。二人は少し警戒しながら、黙って首を横に振る。

「そっかー。アタシ、引っ越してきたばっかでこの辺のことよくわかんなくってさー。……君達、その建物からでてきたでしょ? 何の建物か知ってるのかと思って!」

 へらへらと笑いながら、廃墟の方を指差す。それを見て、二人から一気に血の気が引いた。

「気になってたんだよねー。見た感じ何もないビルっぽいけど……」
「! あ、いや! その、あそこは、違うんです、その」

 焦りながら、花那が必死に何かを言おうとする。

「その、肝試しで……でもほんとにオバケも何もない所で、ほんとに、ただ埃くさいだけで」

 慌てて蒼太が割って入り、嘘を吐いた。
 少女はもう一度「そっかー」と言い、二人に指を差す。

「夏の風物詩だね! でも小学生が遅くまで遊んでるのは感心しないぞ! まあアタシもふつーに深夜とかコンビニ行ってるけどー」
「……は、はい! 気を付けます!」
「じゃあ、俺たちこれで……」

 そう言って、二人は急いで自転車を押した。見知らぬ生き物に話しかけられるより、見知らぬ人間に話しかけられる方がずっと怖い。
 去って行く二人の背中ををにこやかに見送りながら、三つ編みの少女は声を上げた。

「この辺に来るんだったら、また会うかもねーっ」

 その声にビクッとして、二人はもう一度振り返る。

「アタシ、みちるっていうのー! よろしくねー!」

 二人は引きつった笑顔で会釈をすると、勢いよく自転車を押し帰って行った。



◆  ◆  ◆




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