◆ ◆ ◆
時は遡り、夜明け前。
天の塔のある場所へ集う、美しき純白の機体の群れ。
機体達の目線の先には、とある二体のデジモンの姿があった。
「──ストライクロール!!」
「アウルヴァンディルの矢!」
────実に、喜ばしい事だと思う。
「ちょっとヴァルキリモン、そこアタシの間合いなんですけど!」
だってこちらはアポなし訪問。手土産どころか大剣担いで殴り込み。
普通なら門前払いされるだろうに、待っていたのは熱烈な歓迎だ。
ああ、きっと神様が微笑んでくれたに違いない。日々のお祈りと善行の賜物だろう。これまで何度アリの巣の側に角砂糖を置いてあげたことか!
なんていうのはもちろん皮肉で。
「それとも一緒に薙ぎ払われたいのかい!」
「ごめんごめん。じゃあ、先に上の奴ら片付けて来るから」
「オッケーさっさと行って! ────マッドネス……メリーゴーランド!!」
そんなありがたい『歓迎』だが、かれこれ三時間近くは続いているだろうか。
おかげで一息つく暇も無い。壊しても壊しても有象無象に湧いて出る防衛機の皆様には、思わず「ご苦労様」と声をかけたくなる。
もしかして無限増殖なんてスキルを持っていらっしゃる? だとしたらこの数時間の努力が徒労に終わるので、是非ともやめていただきたいのだが。
「ミネルヴァモン、終わった?」
「見ての通りさ! もしやあっちからお越しの皆様で最後?」
「流石にまだだと思うけどなあ。でも、少なくとも第一階層には残ってないだろうね」
そう言って、相棒は真っ白な防衛機を射ち落とす。
「いやーほぼ全機アタシらに引き寄せられてるとか、まさに人生最大のモテ期ですね」
「できれば全部壊してあげたいな。これ相手するの、あの子達じゃ厳しいよ」
「いっそ毒で変わっちゃえば弱体化したりして! そーなったらアタシ触れなくなっちゃうけど!」
ちなみにクレニアムモンには侵入後早々に見つかった。バレないとも思っていなかったが。
そして、なんと癇癪を起して暴れてみせたら見逃してもらえたのである。流石の騎士様もドン引きというヤツだ。
────と、言うより。彼にとっては最早、天の御座以外のエリアなどどうでもいいのだろう。(彼としては)どうせ全て再構築されるのだから、どれだけ破壊されようが、防衛機を浪費しようが意味は無い。それよりも自分達二人の相手をして時間を浪費する方が、彼にとっては痛手だったのだ。
お友達のマグナモンはもう戻って来ないし、彼は神様の再誕への備えを一人でやらなければならない。……そもそも何をするのだろう。玉座にやわらかいクッションでも置いてあげるのかしら?
なーんて。
「そういえば塔の中、模様替えしなくなったね。壁とかさっきのままだよ」
「あ、ほんとだ。助かるわぁー。戦っててマジ酔いしそうだったから」
先程まで目まぐるしく姿を変えていた塔の内装だが、気付けばピタリと特定のデザインで固定されるようになっていた。
その理由は────まあ、あまり考えたくはない。
しかし、どこかの誰かさんと神様のせいで、塔の中はめちゃくちゃだ。第三階層はまだマシと言えるレベルだが、他がひどい。地図、もとい過去の記憶がまるで役に立たないので、思ったように進むことができなかった。
歪んで拡張した天の塔。早くこの仕事を済ませたいものだ。寄り道だってしたいのに。
「ひと段落したらアタシ、二階に戻るからね。後は頼んだ!」
「いいけど取りこぼさないでよ。ほら、もう後ろ来てるし」
「えーん、しつこいよー!」
ハグを求めてきた防衛機に、大剣を叩き込んでお応えする。
フラれてしまった彼か彼女が壁に激突したので、そのままホームランよろしく大剣を振りかぶった。
すると──なんと外壁に穴が空いてしまった。ああ大変。賃貸だったら弁償ものだ。
落下しつつも戻ってこようとする機体を見守ろうと、少しだけ穴から顔を覗かせて────
「────あらやだ。ねえ、ご覧よヴァルキリモン。今日の天気予報は大外れだ」
思わず感嘆の声を上げた。
「参ったなあ。こっちにも流れてきそう。兄さんの加護、あの子達から貰っちゃおっかな!」
「えー、可哀想に。そんなことしたらあの子たちが焼けちゃうよ」
「ウイルス種のアタシが毒かぶるよりマシでしょ。えーっと、海の加護が四体分だから……あと四時間くらいいけるか! よしよし」
眼下に広がる黒い雲海。
リアルワールドの今日の天気は晴れ時々曇りでしたが、残念。
デジタルワールドは晴れのち雨。全国的に激しい雨が降ることでしょう!
◆ ◆ ◆
────約二時間前。天上の結界にて。
空よりも遠い空。
テクスチャーさえ張られていない、青空の先の漆黒。
天の塔の上空に位置するその空間には、空の色と同じ漆黒の雲が充満している。
雲海と世界とを隔てるように、透き通る水晶の薄膜が、空の一面に張り巡らされていた。
塔と薄膜との間には、水晶の列柱が並ぶ。
柱のいくつかは既に崩壊していた。時間の経過と共に劣化し、毒の雲海を支えきれなくなっていたのだ。
柱の崩壊と連動するように、薄膜も綻び、破けていく。
そこから暗雲が漏れ出して、下界の空へと広がって、少しずつ雨を降らせる────これまでデジタルワールドに不規則に発現していた、黒い水の実態だ。
そして、今は。
「なあ、盟友達」
人為的に破壊された水晶の柱。
黒紫の騎士は────瓦礫の中からそっと、小さな光の欠片を拾い上げる。
それは、デジモンがデジモンとして存在する為の電脳核。命の結晶。
結界を築く為、水晶に眠った騎士の肉体はとうに崩壊し──もう、これだけしか残っていなかった。
「すまない。長い間、疲れただろう」
語り掛ける。それに意味が無い事は知っている。
この核に何か手を施したところで、友が蘇る訳ではない事も、知っている。
だが、それでもクレニアムモンは拾い集めた。
ひとつずつ、ひとつずつ。柱を壊し、天の結界を壊し────けれど構う事なく。
「マグナモンは、戻って来ないな」
気付けば、どこかから雨が降り始める音が、聞こえてきた。
「……あの義体達が戻って来たという事は、そういう事なのだろうが」
核さえ残らなかった友には、彼らが成していた柱の破片を。
浜辺で集めた貝殻の様に、大切に手のひらにしまい込んだ。
「……。……大丈夫だ。イグドラシルはもうじき生まれ変わる。世界も造り変わる。何もかもが変わる。私達も────」
だから、世界を綺麗にしておいて差し上げよう。この雨で全てを溶かしてしまおうか。
守る筈だったデジタルワールドが────「ああ、毒に飲まれていく」
盟友達は快く思わないかもしれない。けれど、こうすれば彼らもまた再編されるのだ。毒の事など全て忘れて、蘇る事ができるのだ。
地上のデジモン達だって、生きたまま再編を迎えてしまうより、先に眠っていた方が良いだろう。
……なんて。
ひどく偽善で白々しい言い訳だと、我ながら思う。
新たな神は、一体どんなデジタルワールドを造られるのだろう。
その世界には「クレニアムモン」もいるだろうか。きっとそれは「自分」ではないけれど。
それでも構わない。
イグドラシルに平穏を。もう、涙を流される事がないように。
それが叶うなら、騎士たる自分はどんな事でもしてみせよう。
「…………」
その時。塔の中に新たな侵入者が現れたと、僅かに残った防衛機から通信が入る。
てっきり、あの少女のパートナーが乗り込んできたのだと思った。よくもこんな空の上まで来れたものだと、感心さえした。
だが、そうではないらしい。確かに彼もいるのだが────やって来たのは、なんと人間の子供達とパートナーデジモンだと言う。
そして、『例の二体』も共にいると。
選ばれし子供達。絆を結んだパートナーデジモン達。
囚われの子供達を救う為に。毒から世界を救う為に、立ち向かう英雄達。
デジタルワールドに生ける者達の、最後の抵抗。
「────いいだろう」
ならば、迎え撃とうではないか。
どんな相手だとしても邪魔はさせない。
イグドラシルの、盟友達の安息を、決して脅かさせはしない。
クレニアムモンは手のひらの欠片達を見つめる。「見届けてくれ」と言葉を投げかける。気付けば笑みを浮かべており、手の中からは黒い液体が溢れ出していた。
雨の音が、少しだけ強くなった。
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