◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆






 相棒としばしのお別れをして、待ちに待った“寄り道”に向かう。

「あの子達は第一階層かな? 良いペースだねえ」

 なるべく鉢合わせないように、こちらもなるべく正規ルートを外れて移動する。
 瓦礫まみれの塔の中。ほとんど壊しきったからか、もう防衛機の皆様からの歓迎は無いようだ。

 だから警報も聞こえてこないし、何かが壊れるような音もしない。なんとなく、外から雨の音が聞こえてくるだけ。
 その静けさがあまりに寂しいので、気晴らしに歌でも口ずさみたくなってしまう。

 さて、何を歌おうか。
 長いことリアルワールドにいたくせに、ポップカルチャーな曲はあまり知らないし。

 ────そうだ、そういえば。

「……いーつのー、ことーだかー」

 養護施設や学校やらで、やたらと歌わされた曲があったっけ。

「おもいだしてごーらん」

 あんなこと、こんなこと、あったでしょう。

「うれしかったこーとー、……」

 うっわあ、全然気晴らしにならない。完全に選曲間違えた。デスメタルとかにすればよかった。

 ……まあ、でも。久しぶりの一人の時間だ。
 歌のように、色々と思い出してみるのも悪くない。

 なーんて。
 ちょっぴりセンチメンタルになってみる、(元)みちるちゃんなのでした!











*The End of Prayers*

第三十三話
「Memoria」






◆  ◆  ◆





 自分の世界が好きかと問われれば、実の所はそうではない。
 戦う事は得意だし楽しいけれど──知恵を持つ生命体のくせに、戦って強くならなきゃ生き残れない。そんな世界である事に、どこか矛盾を感じてしまうから。

 ただ、自分がいるコミュニティは好きだ。
 友達も好きだし、家族も好き。大切で小さなアタシの世界。

 家族と言っても、電脳生命体であるデジモンに血縁の概念は無いのだけど。データの塊が孵る卵だって、母体から産み落とされるわけではない。
 そもそもデジタマが生まれる理由なんてものは、ほとんどが『転生』『継承』『眷属の増殖』、そして『無からの発生』だ。

 アタシ達の関係はとても曖昧。良く言えば、ひたすらに自由とも言える。
 だから自分達のように、盃を交わして誓い合うだけで────ほら、簡単に『家族』になれてしまうのだ。

「────我らオリンポス十二神。我らが神域の繁栄と自由の為、共に在り、共に戦い、共に生きる事を此処に誓おう」

 オリンポス十二神。
 リアルワールドのとある神話をモチーフとした、特定の究極体デジモン達によるコミュニティ。十二神と名乗りながら、まだ六柱しか発見されていないのだが。

 各々が自ら統治するエリアを持っていて、気儘に、けれどそれなりの秩序を保つ。それがこの世界で自分達に与えられた役割だった。
 誰がそんな役割を、自分達という種族の“設定”を決めたのかは知らない。──きっと、神様だなんて呼ばれる存在がお決めになったのだろう。

 しかし家族だ誓いだと言っても、別にいつも和気藹々と仲良しごっこをしているわけではない。堅固な協力関係にある、とでも思ってもらえれば。

「そういうわけで、ネプトゥーン兄の堅苦しいお話はさて置き! 平和に仲良くしようってことでオーケー?」



◆  ◆  ◆



 青い空と青い海。
 緑の草地に賑やかな街並み。ああ、なんて美しいデジタルワールド(アタシ達の世界)

 ────さて。

 そんなデジタルワールドから、本日の天気をお伝えします。
 残念ながら青い空と言うのは嘘っぱち。どんよりとした曇天が続いて、既に早数週間。

 別に梅雨入りしたわけではない。
 ただ、おバグりあそばされたのだ。このデジタルな世界とやらは。

 その盛大なバグとやらに、我々オリンポスの六柱も盛大に頭を悩ませていた。──自分達だけではない。あらゆるコミュニティの長達は全員、この事態の対応に追われていたことだろう。

「──報告です! 報告……!」

 世界に突如として現れた「黒い水」の存在。

 それは、毒だった。地面から湧き出るのではなく、空から降ってくるそうだ。
 デジモン達は溺れて死んで暴れ回って、おかげで世界中は大惨事。世紀末とはこういう事を言うのだろう。

「数刻前、■■■モン様の神殿跡地に黒い水が発現! お力添えを……」
「では、このディアナモンが向かいましょう。我が片割れの兄の地へ」

 ああ、悲しいかな。見境なく降る黒い水に、自分達の領地も例外なく汚染されていく。
 仲間達の各神殿、各領地は壊滅状態。海底に在るネプトゥーンモンの深海神殿(アビスサンクチュアリ)だけが、辛うじて難を逃れている状態だった。

 何故、どうして。そんな事は知らない。原因を探る技術も余裕も無い。
 毎日、毎日、眷属から毒の報告を受けては向かう日々の繰り返し。

「────報告です! 報告……! 山岳地帯で汚染デジモン達が暴走を!」
「ネプトゥーンモン、君の加護を僕に。僕の脚ならすぐ辿り着ける」
「承知した■■■■モン。急いで向かってくれ。私とマルスモンもすぐに追う」

 自分達にできる事は限られていた。ただ、起きてしまった事態への対応だけ。広がってしまった毒を焼くだけ。
 既に死んだ誰かや、既に破壊された何かを守る事はできない。だって事前に察知するなんてできないもの。

 ……自分達の“世界”を侵されるのは、胸が張り裂けそうになる程に悲しい。
 それでも下を向いてはいられない。オリンポスの神々は毒を焼く為に、奮闘していた。


 ────このアタシを除いては。


「あー、今日もなんて雨日和」

 何とこの毒、ウイルス種とは非常に相性が悪いらしい。ばっちりウイルス種である自分は、容易に地上へ出られなくなってしまった。

「でも海の中は平和です。……はぁ」

 暇すぎて独り言。
 世界がピンチなのは理解しているが、やれる事が無いのだから仕方ない。ささやかな領地もとっくに壊滅してしまったので、残念ながら守るべきものもとうに無かった。

 幸い、悲観はしない主義だ。楽観視しているわけでもないのだが。

「────やあ、ミネルヴァ。退屈そうだね」

 聞こえてきたのは、抑揚も緊張感も込められていない淡白な声。
 石柱の影からこちらを覗く、栗色のフクロウが一匹。

「……アウルモン。兄さん達なら毒を焼きに行ったよ」
「皆に用事があるわけじゃないんだ。ただ、キミが時間を持て余してるんじゃないかと思って」

 アウルモンはオリンポスの眷属ではない。皆からはアタシの従者だと思われているが、いわゆる竹馬の友という間柄だ。

「で、楽しいお話でも持ってきてくれたの?」
「楽しくはないけど、外の状況程度なら報告できるよ」

 種族としての性質上か、アウルモンは偵察というものに長けている。毒焼きに忙しい仲間や箱入り娘のアタシに、世の中の情勢を集めて報告してくれるのだ。

「メタルエンパイアは半分が稼働停止。機能の一部を切り離して各地へ分散させたって話だよ。これでデジタルワールドの物流ネットワークも壊滅だ」

 当然だが、暗いニュースしかない。知らないよりはまだマシ、そんなレベルの話だ。たまには心踊るような大発見をしてきて欲しい──なんて、他力本願をしたくなる程には。

「それと──三大天使がロイヤルナイツに救援を要請するのも、もう何回目になるか分からない。今回もダメだった。いい加減、自分達で何かを企もうとしてるみたいだよ」
「やっぱりかー。マジで上の連中は何で動かないんですかね?」

 デジタルワールドの創生に関わったらしい存在は、どういうわけか傍観を決め込んでいる。そこそこ人数いる筈なんだから、少しくらい下界の惨事に人員を割いてもバチは当たらないだろうに。

「事態は悪くなるばかりだし、毒は焼いてもキリがないし、アタシは家にいろって言われるし。あーあ。兄さんは外に出てるのにさ」
「なら、ボクと一緒に行けばいいじゃないか。少しは役に立てると思うけど」
「いや、アタシも再三お願いしてるのよ? 加護よこせって。アウルモンとウイルス種ペア組んでるから、無駄死にするって思われてるのかしら」
「流石にボクだって、外に出る時は進化してるさ」

 そう言って、不満そうに羽を膨らませた。

「せっかく究極体になれるのに、どうしてキミはボクに『アウルモンでいろ』って言うんだい?」
「そりゃあ、まあ」

 手招きをして、呼び寄せる。
 アウルモンは栗色の羽を散らかしながら、差し出した腕に止まってきた。

 昔からの習慣だ。互いが究極体にまで進化する、ずっとずっと前から、アウルモンを自分の体に止まらせてきた。

「こうしてアタシの腕に居る方が合ってるからさ」

 アウルモンと書いて安心毛布と読む。
 笑顔でそう言ってあげると──アウルモンは照れるどころか、自身の羽毛を庇うように丸まってしまった。



◆  ◆  ◆



「三大天使がリアライズゲートを開いたそうだ」

 ある日。
 平和でない世界の中、決して穏やかではない昼下がり。
 兄弟の一人、マルスモンがそんな噂話を小耳に挟んできた。

「もう自分達だけではお手上げだと。いよいよ人間の力を頼るのだとさ」

 人間と言えば、アタシ達デジモンの生みの親みたいなものだ。
 お上連中のロイヤルナイツが動いてくれないから、今度はそっち方向にシフトしたらしい。

「そうか。さぞかし優秀なエンジニアが来てくれるのだろうな。世界のシステムを全て、書き換えてくれるような」

 と、ネプトゥーンモンが冗談混じりに言う。しかしマルスモンは神妙な面持ちで

「それが……連れて来られた者の中には、幼い子供が大勢いると聞いた」

 これには驚いた。およそ天使がしていい行動とは思えない。恐ろしいなあ、世の中は怖いなあ。子供達だって、まさか天使に誘拐されるとは思わないだろう。

 空気が不穏に包まれていく。すると今度はアウルモンが神殿に駆け込んできた。慌てた様子で、一枚の小綺麗な羊皮紙を足に掴みながら。

 フクロウ郵便が持ってきたのは勿論お手紙だ。それもなんと、三大天使の皆様からオリンポスの神々へ。
 なんでも大聖堂への召集のお知らせらしい。今後の泥への対策について検討したい、と書かれていたが──それが建前である事は誰もが想像できた。

「────私は向かうが、他に来る者は」

 ネプトゥーンモンは兄弟達に呼び掛ける。

「身どもは行くぞ。まさかこの話が真実などと思いたくないが……」
「僕は残るよ。皆が行くなら尚更、各領地を見回って毒を祓わないと。……ヴァルキリモン、よければ手伝ってくれるかい?」
「もちろん、ボクで役立てるなら喜んで」
「俺は先回りして、道中に毒があれば焼いておく。……ディアナモン、ミネルヴァモン、君達は」
「アタシはどうせお留守番ですよー。足の遅いウイルス種ですからねー!」
「兄様、ディアナはミネルヴァと神殿に残ります」

 こうして、男性型陣は各地へ出立。女性型陣は神殿にて華麗に兄達の帰還を待つ事になった。──ディアナモンは、無理して残らなくても良かったのに。

「……ディアナモンは気にならないの? 天使の奴らの事」
「気にはなるけど、大丈夫ですよ。兄様達が行くんですもの。私の領地の毒も、今は停滞しているようだし……」
「ま、アタシは寂しくなくて嬉しいけどね!」

 毎日お留守番の妹を気遣ってなのだろう。お優しいことだ。
 久しぶりに水入らずのティータイムを楽しんでいると──ふと、ディアナモンがこんな事を口にした。

「──実は、相談したい事があって」
「ん?」
「今度ね、マルスモンと領地の奪還を試みようと思っているの」

 声には、僅かに不安の色が見えた。

「……奪還って、毒から?」
「私の神殿は空の上。取り戻せれば、地上を追われたデジモン達を避難させられるでしょう? この神殿はあまりに海深くに在るから、逃げ込めるデジモンも限られてしまう」
「領地はともかく、神殿はとっくに毒のプールなんでしょ? 勝算あるの?」
「付近の地上から全員を避難させて、それから一気に毒を焼き払います。ある程度の形は残る筈です」
「わあ、それって領地まるごと焼け野原にするってこと!? そういうの大好き!」

 と、冗談は置いておいて。

「でもそれ、■■■モンは止めると思うよ。『危ないからダメだ』って」
「だから、兄様には秘密です。貴女にアリバイ工作をお願いしたくて」

 ああ、相談ってそういう事。
 ディアナモンと二人、いたずらを考えている時のような顔で笑い合う。

「きっと成功したら、兄さんも褒めてくれるね」
「ええ、きっと……」

 ────その話を聞いて。

 外に出ないアタシは、アウルモンからの話でしか外の事を知らなかったアタシは。
 共に戦おうと言わなかった。他の仲間達に相談する事をしなかった。
 究極体が二人もいれば大丈夫だと────本当にそう、思っていたから。




◆  ◆  ◆




 夕刻。
 海底神殿に、主が戻ってきた知らせが鳴る。

 可愛い妹達は飛び上がってお出迎え。神殿の入り口まで駆けて行った。

 ──だが、

「兄さん?」

 どうしたの、毒でももらった?
 そう茶化す事さえできない程、帰還した兄達の空気は張り詰めていたのだ。

 話があるんだ────険しい顔で兄は言う。
 それから一歩だけ、横にずれて──背後に佇むネプトゥーンモンの姿を見せた。

「……え?」

 アタシ達は目を疑った。ネプトゥーンモンの隣に、小さな人間の女の子が立っている。
 薄い色の、ウェーブがかった髪を揺らして──神殿を見回していた。ネプトゥーンモンの指を握りながら。

「三大天使が連れてきた『選ばれし子供たち』だ」

 神殿でどんなやり取りがあったのかは知らない、──が、とにかくネプトゥーンモンの声は酷く重たかった。

「天使達は本当に、子供達を連れて来ていた。……人間の中の回路を使って、我々デジモンを強化するのが目的らしい。各地の究極体に宛がって、世界を救う為の手段にするんだと……」
「……アタシらの触媒にする為に、誘拐したって事?」

 噂には聞いていた、電脳生命体の創造種族である人間が我々にもたらす恩恵。……天使達はそれを信じて、ここまでして世界を救おうとしているのか。
 想定外の事態と現実。立ち会った兄達でさえ、未だ受け止められていない様子だった。

 すると、

「ねーねー、ネプちん。ここ、おうち?」

 可愛らしい声が、とんでもない愛称で兄を呼んだ。

「あ、ああ……。そうだよ。ここなら安全だ」
「広いねー!」

 小さな身体が、くるくると踊るように回る。初めて見る建築物が珍しいのだろう。
 その姿を呆然と見つめるアタシ達に気付いたのか────少女はパタパタ駆け寄って来て、興味深そうに顔を覗いてきた。

 目が、合った。

「こんにちは!」

 元気な声で、アタシ達の手を取った。

「わあー女の子! あなたたちも『でじもん』? すごーい!」 
「ちょ、ちょっと……」
「お名前は? 私、ミハルっていうの! 風無未春(かぜなしみはる)!」

 未春と名乗った人間は、自分が置かれた状況を悲観する様子もなく、笑っていた。

「……。……アタシはミネルヴァモンだよ。よろしくね、可哀想なミハル」



◆  ◆  ◆



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