◆ ◆ ◆
────とは言え。
天の結界という存在が、騎士達にモラトリアムを与えたのは事実だった。
毒が天上で堰き止められている間に、確かな対処と解決を。もう失敗は許されない。
しかし時間さえかければ勝算はあるのか? ヴァルキリモンが問うと、黒紫は力強く頷いた。
「全ては我らがイグドラシルの涙。神の嘆きを止めれば、あの毒は」
「具体的に言ってくれないかな。そういうの、聞いてて腹が立つ」
「──明らかになった懸案事項を解決し、人間が抱く回路と我が君との確実なる接続を実現する。そうして世界樹イグドラシルのプログラム修復を遂げられれば、叶う筈だ」
────なんだ、やっぱり。
ミハルも兄さん達も皆、神様とこいつらの尻拭いのおかげで死んだのか。そして恐らく、これからの誰かも。
馬鹿みたいだ。思わず、乾いた笑いが込み上げる。
「……力を、貸してはいただけないでしょうか」
すると突然、黄金はそんな事をのたまった。
「この事実を、知ったのは貴女達だけです。他のデジモン達は知らない。何も知らぬまま、これから訪れる安寧を消費していく」
「……そんなの、アタシ達が言いふらして回ってあげる。皆が死んで、世界がこんな事になったのは神様のせいだって」
「伝える訳にはいかないのです。そうすればデジモン達は此処を落とそうとする」
「いいじゃん。世界中から恨まれて、何もかも背負って、苦しんで死んで行けよ。自分で首を切らないように、アタシが両手を落としてあげるから」
口を開けば憎悪が溢れていく。自身の無力さを責任転嫁しながら。
「ええ、ええ。そうなればいいと思っています。しかしイグドラシルを救えなければ、世界も救えない」
「だからボク達に協力しろって? ミネルヴァ達にここまでの事をしておいて?」
「……弁解の余地もありません。貴方達のパートナーを死なせたのは……殺したのは小生らだ。
しかしあの二体は……オリンポスの二柱は……肉体はもう崩れてしまったけれど、デジコアはまだ機能している……!」
「────!!」
子供達と共に連れ去られたデジモン達と異なり、兄達が水晶に眠ったのはつい先刻。
だから、デジコアはまだ水晶と一体化する事なく『個』として存在しているのだと。
「今すぐに──は、不可能です。時間はかかりますが、未来に必ず……あの二人を貴女達に返すと誓います。ですから、どうか」
「……、……兄さん達……元に、戻るの?」
「理論上は。同個体として目覚める筈です」
それを聞いて────アタシは一切の判断力を失った。
甘い誘惑とさえ思える告白。家族を人質に取られただけの、決して対等とは言えない要求。
断るわけがない。選ばないわけがない。まだ間に合うと言うのなら。
「残酷なマグナモン。お前の偽善で、彼女に我らの罪を塗り付けるのか」
分かっている。こいつらに加担する事が、何を意味するのか。
結界の補填、イグドラシルの修復。これからも誰かの命を犠牲にしていく行為。
「だが、友よ。それが世界を、イグドラシルを救う道と成るのなら……これまでの散華が無に帰さず、全てが実を結ぶのなら。私はどんな手段も選ばない」
結局アタシも、忌々しいロイヤルナイツと本質は変わらない。自分の大切なものを守る為なら、自身の手を汚す事など厭わないのだ。
ミハルが、兄姉達が知ったら、怒るだろうか。糾弾されるだろうか。
いっそ、そうして欲しいとさえ思うけれど。
「────条件を言え。アタシの『世界』を救う為なら、お前達と一緒に地獄にだって堕ちてやる」
最後まできっと、怒ってはもらえないのだろう。
そして黄金は、兄達の電脳核と世界樹との接続を断つ。
二人の『個』たる核の中枢が現存している事を確認する。
兄達のデジコアは、肉体を壊した本人達の手で保護された。
◆ ◆ ◆
こうして。
アタシはロイヤルナイツと同じく、世界の為に外道と成り果てる事になりました。
めでたし、めでたし。
────いいえちっとも、めでたくなんてないですが。
新しい仲間、もとい協力者に対し、高貴な騎士様が出してきた条件は三つ。
ひとつは、兄達の空白分も含めてデジコアの回収に加担する事。
ひとつは、人間の回路──今度はデジモンとパートナーになる前の純粋なもの──を、定期的に蒐集する事。
そして、それらをイグドラシルの救済まで継続する事。
無事に成功した暁には、めでたく兄達が復活し、帰還する。ハッピーエンドというヤツだ。
しかし黄金──マグナモンが言ったように、彼らの肉体をすぐに用意する事は出来なかった。
既に分解してしまったから、データが溶け込んだ水晶ごと再構築して、タマゴからやり直しとなったのだ。
本当ならそのデジタマを保護して、面倒を見るのが理想的なのだろう。
だが、デジモンは戦いを繰り返して強くなっていく存在。修行をつけたとしても、庇護していたら強くなれない。命を懸けなければ生き残れない。
アタシが成長期だった頃も、ヴァルキリモンがアウルモンだった頃も──互いに死ぬ気で駆け抜けて、やっとの思いで究極体にまで進化したのだ。誰にも守ってなんてもらわなかった。
究極体に成れないのなら、オリンポス十二神にだって戻れない。それでは駄目だ。
「だからロイヤルナイツ。アタシからも要望がある」
再構築した二人の体には、ひとまずダミーの電脳核を。
二人は生きなければ。戦わなければ。でも、こんなに厳しい世の中だ。毒だって溢れているのに、幼年期がまともに生きていける筈がない。そもそもオリンポス十二神の電脳核なんて埋めたら、未熟な肉体はそれだけで崩壊しかねない。
せっかく生まれ直しても、すぐ死んだら意味無いでしょう?
うっかり死んでしまってもいいように、保険を掛けたかったのだ。
しかしマグナモンは、アタシの提案をすぐに承諾しなかった。
「それでは……彼らは別個体として生まれ変わる事になります。記憶だって、ダミーの電脳核では継承されない。貴女の事を認識できなくなりますよ」
別に構わないさ。記憶なんてもの、一番最後にでも戻ればいい。
全部終わって、毒のない世界で元に戻って、思い出して──ネプトゥーンモンの所に帰ってくれるなら、それでいいんだ。
「では、二人が肉体を取り戻すまではダミーのデジコアを。最後は貴女達で、再びこの場所へ連れて来て下さい。元のデジコアと統合させ、本来の彼らに戻します。
……ただ、人工核は単体で起動しないので、誰かと繋いでおかなければ……何より耐久性能にも限度があります。損傷データが蓄積すれば壊れてしまう」
それも、問題ないだろう。アタシに繋げばいいんだから。
損傷データだってアタシの核に転送したらいい。成長期や成熟期が死ぬ程度のダメージなんて大したことはない。偽の核は残したまま、肉体の再生だけを繰り返すのだ。
「むしろ、ダミーだからこそ出来るでしょ?」
マグナモンは再び渋る。協力要請をしてきたのはそっちなのに、「でも、二体分ですよ」だなんて言っている。
すると、
「……何でミネルヴァモンひとりが全部やる話になってるの? 二体分なら、繋ぐデジコアだって二つなきゃおかしいでしょ」
突然、ヴァルキリモンがそんな事を言い出した。
アタシは目を丸くする。マグナモンも同様だった。
「……よろしいのですか? 貴方も」
「むしろボクだけ帰ると思ってたの?」
「いえ……しかし貴方はオリンポスでない」
「そうだね。けど彼らと交流はあったし、何よりミネルヴァモンの大切な家族だから」
理由なんて、それで十分。
……なんて奴だろう。それだけの理由で、自身を穢すつもりだなんて。
お前が背負う必要は無いんだよ。それよりもネプトゥーンモンを元気づけてやってくれ。兄さん達はいつか戻るって、伝えてやってくれ。
だが、ヴァルキリモンは頷いてくれなかった。
「ボクはただ、自分が後悔しない道を選ぶだけだよ」
長い付き合いなのに今更だけど、彼は思いのほか頑固だったようだ。
アタシの聖鳥は、アタシと共に堕ちていく道を選んでしまった。
────ああ、本当に
「馬鹿だね、アウル」
そう言うと彼は笑った。胸の中が、ちくりと痛くなる。
◆ ◆ ◆
その後。呼び出されたアタシ達は、交わした契約内容が急遽変更された旨を告げられる。
「デジコアの回収は、やはり我々の方で行います」
幸い、悪い方向にという訳ではなかった。マグナモンの良心の呵責故か、それともクレニアムモンが効率性を重視した故かは不明だが──善良な同族を手にかける必要が無くなったのは、ありがたい事だ。
まあ、残されたもう一方の条件も、だいぶ酷いものではあるが。
「ならアタシ達は、リアルワールドから回路を……人間を連れてくればいいって事?」
未春や他の子達のように。集めて、こいつらに渡して、死なせていくのか。
しかしマグナモンもクレニアムモンも、どういうわけかそれを否定した。
「現状は、我らの手元にある回路のみで結界の補填を行う」
「……それは結構。ボクらもなるべく手を汚したくない」
「だが、『今は』だ。……いずれ必要になる。それまでに我らは、回路を正確に摘出する術を確立しなければならない」
今のまま子供達を迎えても、技術が追い付かないから無駄に死なせるだけ。まずは環境を整える事から始めるらしい。
「同時に、人間達がデジタルワールドの干渉を受けないよう……肉体が変質しないように、専用の空間も設ける必要がありますので」
「……これからの子供達は、随分と丁寧に扱ってもらえるんだね」
皮肉を込めて言った。
「私達とて、無抵抗の命が不必要に消える事は望んでいない」
そうだろう。望んでるなんて言われたら、今以上に軽蔑する。
「その間、アタシ達は何するの?」
「──来るべき時までに、良質な回路の蒐集を」
「言ってる事、矛盾してるけど」
「回路の質はその個体差があまりに大きかった。イグドラシルへの接続に利用するなら、少しでも優秀な回路を集めておかなければ」
「だから、それも。……収容環境が整ってないなら意味ないんでしょ」
クレニアムモンと会話が噛み合わずに苛立っていると、マグナモンが間に入り解説した。
「いつでも迎えられるよう、リアルワールドの特定地域に子供達を集めておくのです。
環境が整い次第、デジタルワールドに連れて行き……回路を精査し、必要最低限の子供達だけを選ぶ。そういう方針にすると、クレニアムモンと決定しました」
回路とやらに優劣があるとは知らなかったが、成程。そういう事なら理解できる。
闇雲に連れて来てハズレばかり引くより、予め一定以上の質の回路を持つ子供を集めていた方が良い。
でもそれ、どうやってやるの?
「……二人にはリアルワールドに滞在し、そこで子供達を集めてもらいたい」
マグナモンが平然とそんな事を口にするものだから、アタシ達は耳を疑った。
「貴女達は、リアルワールドで『座標』と成る。……ただ、居るだけでいい。そこに生きているだけでいい。回路は自ずと、貴女達という存在に惹かれ、導かれ、集まって来るでしょう」
デジタルワールドから出ていって、未春のいないリアルワールドで生きて。
「リアルワールドからの『回収』も、我らの方で行う事とした。お前達がその瞬間を見る事は、そう無いだろうが」
未春と同じ子供達を、捧げる。
「…………ああ、そう。わかったよ」
酷い話だ、何もかも。
でも、デジタルワールドを追い出されるというのは──こんな自分に課せられるには、ぴったりの罰なのだとも思った。
しかし大丈夫なのだろうか?
アタシとヴァルキリモンは、デジモンの中でも人間に近い形状、いわゆるヒューマンタイプだが──それでも人間の容貌とはかけ離れている。子供達は集まるどころか、恐怖で散開するかもしれない。
「対策は取ってあります。──二人共、こちらへ」
マグナモンが案内した先は彼の工房。黄金の身なりに似合わない、質素で薄暗い空間だった。
工房の中央には、艶やかな絹の布が敷かれていて。
未春と、見知らぬ少年の身体が寝かされていた。
何だこれは、と聞くより先にマグナモンが答える。──「これは人間ではありません」
「子供達の肉体データを元に造形したものです」
人間の容をした、空っぽの入れ物。電脳生命体が現実世界で生きる為の手段。
──元々、協力者となり得るデジモンをリアルワールドへ送る為、誘拐時点から設計はしていたらしい。
「ベースに出来たのが、この二名だけでした。他の子供達は……元々の外傷と内部損傷が目立っていたので……」
恐らくこれまでの戦闘に依るものでしょう、という彼の言葉に胸が痛む。
きっとその子達はパートナーの側で、パートナーと共に、ずっと戦ってきたのだろう。
疲れたろうに。痛かっただろうに。帰れないまま終わってしまったなんて。
「だが、ただの人形にデジコアを埋めた所で、人間の様に生きる事は叶わない。一部のみだが、彼らの肉体組織を流用させてもらった」
毛髪や皮膚の一部、回路摘出時に触れた血液と肉。それらをほんの僅か、人形の中に埋め込んだという。実際の遺伝子情報を組み込んで、義体そのものを時間と共に成長させるのだと。
大層な話だ。そこまで徹底して、騎士共はデジモンの人間界侵攻を目論んでいたわけだ。
「ゲートの通過時に、電脳体と義体とを一体化させます。通常のデジモンなら拒否反応を起こすでしょうが、究極体の貴方達なら問題ない筈です」
──リアルワールドに行った後。どうやらアタシ達は野放しらしい。義体の調整が必要なら連絡を寄越す程度。本当にただ「生きている」だけでいいのだという。
「出発は、すぐにでも可能です。……ですが先に、済ませたい事があれば言って下さい。少しの時間なら下界にも連れて行ける」
例えば、別れの挨拶とか。
「しばらくの間は、デジタルワールドに戻らないでしょうから」
────残してきたネプトゥーンモンの顔が浮かぶ。
彼はきっと今も戦いながら、未春を探しながら──アタシ達の帰りを待っているだろう。
でも、
「…………いい。下には降りない」
「……ネプトゥーンモンには何も言わないの? 彼は……」
「理由を伝えなくても、兄さんなら絶対『自分も協力する』ってついて来ようとする。……駄目だよ。デジタルワールドには……これだけ究極体が死んでいった世界には、ネプトゥーンモンの加護が必要だ」
だから、今は言えない。
「兄さん達を連れて帰ったら、その時に話して、謝るから」
「……キミがそう決めたなら、ボクは止めないよ」
「そう言うヴァルキリモンはいいの? 何かしておく事、あるんじゃない?」
「ボクは……。……出発までに少しだけ、休息を取らせてもらえれば」
それからヴァルキリモンは僅かに俯き、憐憫を込めて人形を見つめた。
「あとは、子供達の弔いを」
彼の言葉にマグナモンは目を赤くさせ、声を詰まらせる。
「……ええ。小生も、それを望んでおりました」
けれど、どうしたらいいのか分からないのです。
──そう言って騎士は、泣き崩れた。
◆ ◆ ◆
与えられた僅かな休息。その残りを、水晶の墓標の前で過ごす。
「……ねえ、本当に良かったの」
「……何が?」
「アタシについて来ること」
「逆に駄目だと思うの?」
「……」
「ひとりでデジタルワールドに残っても楽しくないし」
ネプトゥーンモンには悪いけど、と。少しだけ冗談めいて言った。
「キミが気にする事じゃないよ。今までだって、突っ走るキミを追って飛んで、掴まってきたんだ。それと同じさ」
「……向こうじゃもう、アウルモンにはなれないねえ」
フクロウさんとはしばらくお別れだ。──アタシは、眠る未春を静かに抱き上げる。
他の子供達は既に弔った。でもこの子だけは、一緒に連れて行く事にした。
ゲートを越えた瞬間、分解するだろうと言われたけれど。最期の瞬間まで抱いて、見届けて、見送りたかった。まったくひどいエゴだと思う。
「…………」
冷たくなってしまった身体を、ぎゅっと抱きしめる。
たくさんたくさん抱きしめても、もう、温かくはならなかった。
「……ミハル」
呼びかける。意味が無いと分かっていても。
「大丈夫。ちゃんと皆を、ミハルの家族を助けるからね」
誓いを立てる。届かないと分かっていても。
「……──だからおやすみ。アタシ達の、大切なパートナー」
まだ少しだけ、柔らかな頬に口付けして。
アタシは別れの言葉を告げた。
◆ ◆ ◆
────そして。
騎士らの手によって、リアライズゲートが開かれる。
眩しさの中に道が続く。アタシは光に飲まれていく。
隣には相棒を、腕の中には妹を。
進んで、進んで、生まれ育った世界を振り返る事なく。
進んで、進んで、やがて終わりに辿り着く。
光が溢れた。
腕に感じていた重さは、零れるように消えて行ってしまった。
◆ ◆ ◆
「────」
最初に見たのは、青空。
「…………」
晴れた空を見るのがあまりに久しぶりで、目が眩んだ。
隣には、少しだけ見覚えのある男の子が倒れている。
それが人間ではなく、肉と皮を被った紛い者だと──すぐに理解した。
「……、……アウルモン?」
ぱち、と瞼が開く。少年は、慣れない身体を不便そうに動かした。
それからアタシを見て、アタシが纏う身体を見て、
「ああ……──キミは、よりによってその姿に」
そう言って静かに涙する彼を、アタシは他人事のように眺めていた。
そのまま二人、静かな時に身を任せる。
ふと、遠くから声が聞こえてきた。──知らない声だ。敵意は感じなかった。
「────どうして、こんな場所に子供だけでいるんだ……!?」
人間だ。“大人”だろうか。ミハルよりもずっと大きい。
「お父さんとお母さんは!?」
「裸足じゃないか! そんな薄着で……おい、警察、警察!」
「君たち名前は言える? おうちの人の番号、わかる?」
名前を聞かれた。口にしようとした。
けれどその瞬間──自分がこれから、どんな世界で生きて行くのかを、理解して。
もう、“ミネルヴァモン”と名乗る事は出来ないのだと知った。
「……アタシの名前……」
やわらかな春の風が吹く。
あの子が二度と感じることのない、あたたかな風が。
もう、あの笑顔で満ちることのない心を通り過ぎた。
「────アタシは、みちる。春風みちる」
さようなら。
アタシが愛した、小さな世界。
◆ ◆ ◆
──そうして紆余曲折、長くて短い人生の走馬灯もここまで。
「いーつにーなーってもー、わーすれーないー」
在りし日を想いながら、引き続き口ずさんでみたりして。やはり選曲は間違えたと思う。
いっそ皮肉を込めて、大地を讃頌する歌の方が良かったかしら? 嘘だけど。
けれど、デジタルワールドを讃えたいのは半分本音。
こんな有様だけど、故郷の空気は肺に馴染む。と言うより自由で気楽なのだ。
リアルワールドの暮らしは思ってたより自由じゃなかったし。
人間だって、思ってたよりも「いい子」ばかりじゃなかった。
相棒と二人、慎ましく暮らしながら──いつか“お迎え”が来て、
『もう終わったから帰っておいで。家族に会わせてあげる』
なんて、言ってくれる日を望んだ事もあったけれど。
結局、マグナモン達は最後までリアルワールドに現れなかった。
だからアタシ達は、静かに穏やかに、いつか訪れる終わりを夢に見ながら。
テレビ画面に流れる子供の失踪事件のニュースに、ちょっぴり胸を痛めながら。
生きていた。
ここまで生きてきた。
そして────今、ここにいる。
アタシ達が巻き込んだ子供達のおかげで。アタシ達が死なせてきた子供達のおかげで。
兄さん達を救ってくれた子供達のおかげで。アタシ達の願いは今日、遂げられる。
もうすぐだ。
「嬉しいなあ」
やれる事は全てやった。ここから先は運と気合いだ。きっと大丈夫だと信じている。あとは、少しでも後悔の無いように駆け回るだけ。
だからアタシは、最後の偽善を振りまく為に──ひとり向かう。
あの子達と同じ、アタシという『座標』のせいで導かれてしまったであろう、哀れな仔羊の元へ。
◆ ◆ ◆
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