◆  ◆  ◆




 ──時を遡り、主聖堂。

 ウィッチモンに召集されていたチューモンとユキアグモンに、帰還したコロナモンとガルルモンが合流する。
 三人は先に、今後の事について話していたようだった。自身らの身の振り方についてだ。

「ワタクシは最後まで傍観を決め込んだ我が故郷(ウィッチェルニー)に報告を。それが終わったら、またこちらのデジタルワールドへと戻るつもりデス」
「おではここで街を立て直すよ! チューモンもいっしょ。ぎぎっ」

 チューモンは心底嫌そうに顔をしかめた。別に復興が嫌な訳ではなく──

「なんでウチが都市の所属になんなきゃいけないのさ。お断りだって言ったろ!」
「では貴女、何処に帰るおつもり? まさかフェレスモンの元じゃないでショウ?」
「あの旦那の所も御免だよ。てゆーかそもそも毒の雨、生き延びてんのかい?
 そーじゃなくて。ウチは手鞠達の世界に行きたいんだってば。アイツ、連れてってくれるって言ったんだからね!」

 ウィッチモンの表情が僅かに固まった。
 それから、コロナモンとガルルモンへ目線を向け──

「……と、いう事なのデスが。お二人は?」

 問い掛ける。
 コロナモンとガルルモンは言いづらそうに目線を落とした。それからコロナモンが口を開いて、

「……先ずは、あの子達の事を」
「そうデスね。ワタクシもその件で丁度、皆様に話がありまシタから」

 ウィッチモンは全員が揃うのを待っていたようだった。

「ごめん、戻るのが遅くなって」
「謝る必要など。……我々にはまだ多くの責務があり、あなた方はその一つを果たしに行ッタ。むしろ喜ばしい事ではないデスか。
 それで、コロナモン。ワタクシ共が次に成すべき事は──」
「──あの子達をリアルワールドへ帰す。もう、家に帰してあげないと」

 そりゃ賛成だ、とチューモンが両手を上げる。

「元々、手鞠と誠司は誘拐されて来てるんだっけ?」
「うん。でも、そーた達も皆もそういうこどになっでる」
「家庭の事情というものデス。そもそも人間の成体には我々が視認できまセンので、話を信じてもらう事さえ不可能……実際ユズコはそうでシタから」
「へえ、そういうモンなのかい」
「そういうものデス。確かにこのままではあの子達、未発見のまま死亡扱いにされかねまセン。──けれど懸念すべきは、もっと別の事」

 ウィッチモンの言葉に、ガルルモンは頷いた。

「……世界はひとまず、平和になっていくんだと思う。でもそれは、あの子達がデジタルワールドで生きられる事とイコールじゃない」

 どれだけ平穏が訪れようと、子供達はただ在るだけで負荷を受ける。その現実は変わらない。

「だから……僕達が皆と、あとどのくらい一緒にいられるのか……キミに調べてもらいたくて」
「ご安心を。既に試算済みデスよ」
「……! それは……凄いな。もうやってくれてたなんて」
「テマリとユズコ以外は電脳化の影響を受けていマスからね。当然、肉体のタイムリミットは懸念しまシタとも。
 問題は──……」

 ウィッチモンが告げたのは、その試算結果。
 あまりに早すぎる期日に、誰もが言葉を失った。

「……さよならしだら、次は?」
「分かりまセン。……少なくとも、あの子達にかかる負荷自体を何とか出来ないうちは、彼らをデジタライズさせられない」
「……でも、それっで……」

 どうやってやるの? ──彼の疑問に仲間達は答えない。誰も、答えられなかった。
 ユキアグモンは目を伏せながら、ウィッチモンの服の裾をぎゅっと握る。

「……たくさん、時間がかかっで……皆が大人になっだら、おでたち会えなぐなる?」
「…………それも、分かりまセン。一度はワタクシ達と繋がった身、可能性は残ッテいる……と思いたいデスが」
「…………おで……もっど、皆と一緒にいたかっだ。いつかお別れしなぎゃいけないっで、分かっでるけど……それでも、一緒にいたかっだんだよ」

 ぽろぽろと零れる大きな涙。「ワタクシもデスよ」と、ウィッチモンは声を震わせた。

「だってあの子達はまだ、毒の世界しか見ていない。世界が美しくなるのを見ていない。ワタクシのウィッチェルニーだって案内してあげたかッタ」

 してあげたい事が、一緒にやりたい事が、たくさんたくさんあったのに。
 でも、それで死なせては意味がない。そんな事になれば本末転倒もいいところだ。──子供達が笑って生きられる未来こそ、自分達が望むものなのだから。

「……ダメ元で聞くけどさ。ウチや皆がリアルワールドに行くのも駄目なわけ? もし出来るなら、せめて交代で会いに行けばいい」

 パートナーと繋がっているなら、リアルワールドでも飛散しない筈。現にチューモン以外の全員は、リアルワールドからの帰還者だ。──だが、それでもウィッチモンは首を横に振った。

「安定後のゲートでは、負荷が更に増大している可能性がありマス。そこをクリアしたとシテも、長期の滞在を望むなら義体が必要となる。……我々完全体の核がどれだけ適合するか分かりまセンが……少なくとも『チューモン』のままで生存は難しいでショウ」
「……。……そう都合良くいかないか。あーあ、やっと全員でまともな旅ができると思ったのにさ」

 チューモンは深く溜め息を吐いた。それを見て、口を開こうしたコロナモンを彼女は制止する。

「ちょっと、謝るんじゃないよ。誰も悪くないんだから」
「……」
「ウチだって死を覚悟で旅行なんざしたくないし、それに……蒼太と花那が死にかけたのを考えたら、あの子らに残れだなんて言えるワケない」
「…………あの子達だけじゃないんだ」
「……? そりゃあ、捕まってた他のガキ達のことかい?」
「……違うんだ。俺達は──」

 海の底から空の上へ、姿を消した幼子を想う。
 もしもあの時、彼女が連れ去られなかったとして──あのまま家に帰していたとしても、おそらく負荷には耐えきれなかっただろう。

「……昔、同じ理由で……人間の子に取り返しのつかない事を」
「ああ……そういえばアンタ達、実はめちゃくちゃ年長者なんだってね。──まあ、」

 その話は、そのうちゆっくり聞くとして。

「で、死んじまったのかい」
「……。……」

 チューモンはボリボリと頭を掻くと、もう何度目になるか分からない溜め息を吐いた。

「ウチも人のこと言えないけどさ、どうりでアンタら過保護なワケだよ」



◆  ◆  ◆



 先の見えなかった毒への対処と異なり、今回の課題は明確だ。
 そこに辿り着くまでの道程も、また遠いのだが──それでも道があるだけ救いだ。自分達はただ、ひたすらに進めばいい。

 あの子達は、きっと話せば泣くだろう。寂しい思いをさせるだろう。
 それでも、少しでもいいから笑って欲しい。悲しいままお別れするのは、きっと互いに辛いだろうから。

「あの子達にはワタクシから切り出しまショウ。こういう役回り、得意デスから」
「……ウィッチモン。すま──」
「ほらまた。ガルルモン、謝り癖がついていマスよ」
「まあ実際気は重いけど。せめてウチらはしっかりしないとね。あー、柚子や蒼太あたりは無理して笑うんだろうなぁ」
「おで、皆を元気にする係になる。……元気にするがら、元気にならなぎゃ。頑張るよ」

 ──だからこそ彼らの分まで、自分達が顔を上げるのだ。前を向いて、背中を押して、見えなくなるまで見送って。

 そしていつだって、あの子達の幸せを祈ろう。

「明日がらは、皆の為の鎧とが作るの? 動けるならすぐ動きだい!」
「その事なんだけど、皆。俺にちょっと考えがあって……」

 ────そこから少しだけ、子供達が帰った後の話をする。

 自分達に必要なものは何だろう。
 まずは情報だ。課題を解決するにあたって、自分達には情報が無さすぎる。

「──で、情報があるとすれば多分、イグドラシルの塔の中だ」

 しかしその一言に、不思議とウィッチモンが顔色を悪くさせた。

「ウィッチモン?」
「いえ、何でもないデス。……先に言ッテおきマスが、マグナモンの記録にそれらしい物はありまセンでシタよ」
「そこなんだ。イグドラシルもロイヤルナイツも把握してない……と言うより、マグナモンはその研究まで手が回せなかったんだと思う。情報を集めた後は、やっぱり俺達で色々考えるしかないんだけど……」
「天の塔は今朝の戦いで崩れちゃっただろう? 僕とコロナモンの見立てでは、もし新しく生まれた『樹』の中にも資料が無ければ……瓦礫になって世界中に散らばったんじゃないかって」
「……ちょっと。今こいつら凄く嫌なこと言い出したぞ」
「おで頑張れる! なんでもする!」

 意気揚々と手を上げるユキアグモン。対して頭を抱えるウィッチモンとチューモン。

「……オーケーわかった。こういうのはアレだろ? 各自手分けしてやるタイプだろ?」
「う、うん。ただ、この都市の再建もあるし、他にもたくさん……各々やる事をしながらって形になると思う。──それは、俺達も」
「そういえば、まだ聞いでながっだ。ゴロナモン達は何処に行ぐの?」
「……俺とガルルモンは、復興の為に世界を巡るよ。その時に欠片も見つけていければと思ってるんだ。毒から逃れた資料だって、世界にはあるかもしれないから」
「……二人とさよならも、寂しい……」

 ユキアグモンはウィッチモンの膝から飛び降りる。コロナモンは彼の両手を優しく取った。

「俺達は同じ世界にいる。会いたい時はすぐに会えるよ。ガルルモンに乗って、あっという間だ」
「ぎぃ……ぎー! ……でも最初は皆で、イグドラシルの所に行がなくちゃね。どうやっで上に行ごう。アポロモンに乗っでく?」
「それはツテがあるので大丈夫デス。……と言うより。情報収集とは別に、ワタクシが皆様に協力を頼みたかッタ事なので……」
「「?」」

 ウィッチモンは包帯まみれの手で鳩尾をさすりながら、にっこりと口角を上げ──

「明日からワタクシ達は天の塔の片付けを」

 その言葉に、全員がきょとんとする。
 少し遅れてチューモンが「は?」と声を漏らした。

「ミス・カノンが道を繋いでくれるそうデス。イグドラシルがデジタルワールドの管理に戻れる程度まで、管制室の復元と下層に埋もれた瓦礫の整理を……」
「は??」
「ああでも良かッタ。あの子達と会える情報を少しでも集められるなら、それこそ一石二鳥というやつデスね!」
「ウチやっぱりリアルワールド行って良い?」

 半分は冗談。半分は本気で。

「マジであの規模を五人は無理だって」
「ぎぎっ。ベルゼブモンは?」
「ワタクシから来ないよう伝えまシタ。パートナーを一人にできまセンし……彼女はイグドラシルと接触させず、接続程度に留めた方が良いでショウから」
「…………あぁそうかい。じゃあ仕方ないね! この頭数で気張るよ。あとアンタ達、旅すんなら色んな所で協力者でもこさえておきな」

 チューモンはぐるりと振り向いて、コロナモンとガルルモンを指差した。

「こちとら世界を救った英雄様だ。恩でも何でも売りまくって、コネクション繋ぎまくって、総動員させりゃあ解決も早くなる」

 まあ、人手が一番欲しいのは片付けの時なのだが。
 フンと腕を組むチューモンに、コロナモンとガルルモンは「ありがとう」と言った。

「……俺達は本当に、良い仲間に出会えた」
「なんだい突然。何も出てきゃしないよ!」
「あはは。わかってるよ。……でも、本当に思うんだ。皆とならまた頑張れる。皆と一緒だから、きっと今度も何とかできるって」
「おでもだよゴロナモン。おで達で迎えに行ぐんだ。いつか絶対、あの子達が大きくなっでも」
「そしたら次こそ、安全な旅にしてやろうじゃないの。もちろん先頭はガルルモンでさ」
「……ああ。その時はもっと、乗り心地の良い馬車を用意しておくからね。だから──叶えよう。何があっても、必ず」
「ワタクシ達は選ばれし子供のパートナー。ご存知の通りしぶといデスから、大丈夫。きっと嫌でも挫けまセン」

 互いの手を、最後にガルルモンの鼻先を重ね、パートナーデジモン達は固く誓い合う。
 子供達と出逢う、いつかの未来を造る為に────。





◆  ◆  ◆




「おかえりなさい」

 食堂に戻るなり、一行は、鈴の音のような声に迎えられる。

 いつの間にか目を覚ましたらしい、カノンはベルゼブモンと共に端の席に着いていた。
 次いで厨房から覗くのは、安堵したようなレオモンの顔。

「レオモン顔色わるい! どーしだの?」
「い、いや……何も問題ない。少々気まずかっただけだ」
「ぎ?」
「……配膳を手伝おうとしたのだけど」

 カノンは困ったように男を見る。
 
「ベルゼブモンが凄く止めるから、びっくりさせちゃったみたいで」

 驚かせたと言うより、威嚇したが正しいだろう。
 レオモンは別に恐怖しているわけではないのだが、ベルゼブモンにはどこか苦手意識を抱いてしまうようだ。

「あらあら、不憫デスわね」
「ベルゼブモン。君、僕らよりだいぶ過保護なんじゃないか?」
「そんな事はない」
「違うねガルルモン。コイツのそれは過保護じゃなくて別のもんだ」
「……そんな事はない」
「レオモンさん、わたしお手伝いします!」
「いいんだ。ここは皆を労らせてくれ。さあ、手を洗って好きな席へ。──私から、せめてもの礼だ」

 そうして運ばれる温かな食事。残された材料をふんだんに使い、レオモンが用意してくれたもの。辺りには香ばしい匂いが漂って、子供達の心を優しく包んだ。

 ──明日は朝が早いらしい。だからきっと、これがデジタルワールドでの最後の食事になるだろう。

 子供達は両手を合わせ、「いただきます」と声を揃える。その姿を目を細めて見守るパートナー達。
 別れの時間が迫っていても、寂しさが胸に溢れていても──たくさんのしがらみから解かれた彼らの表情は、どこか晴れやかだった。



「そういえば、カノンさんたちって何処で知り合ったんですか?」

 和やかな食事中。蒼太はふと、カノンにそんな話題を振った。

「……あの場所、何処だったのかしら。誰も住んでないような所だったけど……」

 カノンは僅かに首を傾げる。ベルゼブモンは何も言わなかった。二人が出会った廃墟の街の事は、結局誰も分からないまま。

「ごめんなさい。話せる事があまりなくて」
「そーちゃん、多分ベルゼブモンに聞いた方が色々面白くなるぜ」
「やめな誠司、蒼太。ウチのスープを砂糖の煮込みに変える気かい?」

 ちなみに、自分達とベルゼブモンとの出会いに関しては口を閉ざした。
 出会ってすぐ殺し合ったなど、話題として不穏極まりない。

 すると──

「あなた達は?」

 カノンは問う。
 少しばかりの好奇心を滲ませ、寝る前の読み聞かせを乞うように。

「私、皆の話が聞きたいわ」

 彼らの旅を。
 仲間と紡いだ物語を。

「「────」」

 子供達は互いに顔を見合わせて──それから、嬉しそうに語り始めた。

「俺たちが最初に会ったのは──」

 出会った日。共に過ごした時間。
 辛い事や怖い事はたくさんあったけれど、皆で一緒に過ごすのは楽しかった。
 世界の毒を焼いて回った日々さえ。皆と一緒だったから。

「──それでね、テイルモンが私たちに魚を捕ってくれたんです。川が無い時は、皆で色々探して……」
「俺たちが見つけた草が食べられるか、ウィッチモンたちに調べてもらったね」
「あれ急いだんだよー。こっちが調べる前にユキアグモン、食べようとしちゃうんだから」
「わたし、コロナモンと火起こししました! 薪の割り方とかも、色々教えてもらったんです」
「オレ、ガルルモンのお腹で寝るの、あったかくて好きだった!」

 次々と、次々と。懐かしそうに花咲く思い出話。
 それは戦いの裏側に在った、ささやかな日常のワンシーン。

「……大きな川を渡る時、シードラモンが水面を凍らせてくれたんだ。でも俺達、すごく滑っちゃって……誠司が遠くまで転んだ時はヒヤヒヤしたよ」
「馬車にロープ積んでなかったら、オレ川に落ちてたもんなあ」
「ヒヤヒヤっつったらウチもさ。花那ってば木の実の皮剥きする時、ウチのナイフ使うんだ。指落とさないか心配だったんだからね」
「私もちょっと怖かった! キャンプ道具とか持ってっておけば良かったよー」

「僕らが都市に戻る日は、柚子が先に来て出迎えてくれたね。仲間が待っていてくれるの、嬉しかったよ」
「それは……ほら、ご飯くらいは私も皆と食べたかったし……先に準備してた方が、早く食べれるかなって思っただけで」

「おで、そーだにボール蹴るの教えでもらっだ。今度は都市の皆に教えであげるんだ!」
「ユキアグモン、ヘディングもできるようになったもんな。結構サッカー向いてるんじゃない?」

「テマリはたまに、夜眠れなくなる日がありまシタね。本当は側に行ッテあげたかッタのだけど……」
「ううん。ウィッチモンがいっぱい励ましてくれたり、眠くなるまでお話してくれたから……声だけでも、すごく安心できたんだよ」

 綴った小さな幸せを、ひとつずつ辿る。温かな食事が甘いデザートに変わるまで、それは続いた。
 カノンは優しい眼差しで、時折相槌を打ちながら、そんな彼らの物語に聞き入っていた。

「素敵な冒険だったのね」

 広がる笑顔を前に、心からそう思う。子供達は「もちろん!」と声を揃えた。

「君達はどうだった?」

 コロナモンが尋ね、ベルゼブモンが口を開こうとして──何故だかチューモンが止めに入る。そんなやりとりを見て、カノンは可笑しそうに忍笑った。

 嗚呼──こういうのを、きっと「仲間」と呼ぶのだろう。
 ベルゼブモンが、彼らという存在に出会えて良かった。

「──私も。皆と同じくらい、たくさんの幸せと奇跡があったわ」
「……そっか。それは良かった。本当に……」

 毒と血と、悲劇と理不尽に溢れた世界。それでも愛したデジタルワールドで。
 生きて、生きて、生き抜いた今日までの日々を────君もまた、そう笑ってくれるのなら。

 どこか救われた気持ちになり、コロナモンはベルゼブモンに目線を向ける。
 男は安堵と物悲しさを混ぜたような面持ちで、少女の横顔を見つめていた。




◆  ◆  ◆





 夜が更けていく。
 星が瞬く静かな夜。

 最後の夜は皆で共に。
 大きな部屋に、毛布と枕を並べていく。

 オイルランプの灯は消え、地下室には月明かりも届かない。お互いの顔も不鮮明だ。
 けれど、残された一分一秒があまりに名残惜しいから────意識がぽとんと落ちる瞬間まで、仲間達と語らい過ごした。


 それでも時は流れていって。
 やがて、別れの朝が訪れる。

 星の微睡みを包む薄明は、ゆっくりと、ゆっくりと。
 あたたかな光で、デジタルワールドを充たしていく。



 ──それはまるで、命を謳う血潮のような暁だった。





◆  ◆  ◆





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