下駄箱で。
階段で。
廊下で。
教室で。
至る所で、不思議な光の噂を耳にする。
*The End of Prayers*
第五話
◆ ◆ ◆
──最近、町に不思議な光が現れるらしいよ。
見た人は幸せになれるとか、不幸になるとか、良いことがあるとかないとか。
様々な色と形で語られていく噂話。町の小学生達は、すっかりその話題で持ち切りだ。
それは蒼太の学校も例外ではない。朝も昼も、楽しげなクラスメイトの会話に呼ばれるけれど──混ざってはしゃぐような気分には到底、なれなかった。
「なあ、そーちゃん。そーちゃんってば」
「……あ、誠司」
「ひとりぼっちでどうしたんだよー。もしかして元気ない?」
「……いや、大丈夫。……昨日あまり寝れなかったんだ」
「ひょっとしてゲームしまくったな! 授業で寝たら怒られちゃうぜ。ところでさ、そーちゃんも知ってる? あの話」
誠司がクラスメイトの集団に目をやる。
──知っているどころか当事者だ。だが、蒼太は首を横に振った。
「……知らない」
「最近この辺、というか、もう区の全部というか……謎の光が突然ぱっと出て、ぱっと消えちゃうんだって。運良く見れた奴は幸せになれるんだってさ」
「……幸せに?」
「よくわかんないけど」
「ふーん」
光を見たら幸せになる。……あながち間違ってはいないだろう。
「……なあ、光だけなの? その話」
「光だけって?」
「たとえば、その後に何かが現れるとか」
「えっ、そんな続きあるの!?」
「い、いや……俺が勝手に思いついただけ。だから気にしないで。それだけならいいんだ」
自分達の見たゲートの光と、みちるという人の言っていたオーロラ。そして、宮古手鞠が見た光。
それがもし、皆が盛り上がっている噂の光と同じならば──光の中からはデジモンが現れる筈だ。
なのに噂は相変わらず光のことだけで、デジモンの存在については触れられもしない。その事に、蒼太は違和感を覚えていた。
教室に入ると、女子生徒たちが手鞠を囲って何やら盛り上がっている。
「あ、花那! やっと来たー」
「花那っぺ、手鞠ったら凄いんだよ! 例の光見たんだって!」
「凄いよねー、まさか本当に見た子がいるなんてさ!」
友人達が花那を手招き、輪の中に引きずり込んだ。──手鞠が見た光。多分、テリアモンが現れたリアライズゲートの事だ。ここでも噂になっているらしい。
何かいいことあった? どこで見たの? などと質問責めをされ、手鞠は照れながらも困惑しているようだった。きっと話の盛り上がりに乗じて、ぽつりと話してしまったのだろう。本人も、まさかこんな大事になるとは思っていなかったようだ。
しばらくして担任が教室に入ってくると、女子達は渋々と席に戻った。
教師が黒板を向いたタイミングで、花那は隣の席の手鞠にそっと耳打ちをする。
「……大変だったね、手鞠」
「う、うん。まさか皆、こんなに興味津々だったなんて……」
「手鞠は昨日見るまで、噂のこと知らなかったの? 私もだけど」
「知らなかったよ。見たって話したら、柚子さんが教えてくれて……それで初めて知ったの。昨日はテレビも見てなくて……」
「テレビ? ……その柚子さんって、委員会で一緒の人だよね。いつもお団子頭にしてる」
「そうそう。なんかね、写真とかも持ってて、結構詳しかったの」
「詳しい……」
詳しくなれる程の情報が出回っているのか。……それなら、デジモンのことも知っているだろうか?
少なくとも、自分達がまだ知らない事を知っている可能性はある。そもそも、私達はまだ何も知らないのだ。
「……手鞠。その、柚子さんとお話したいんだけど……できる?」
◆ ◆ ◆
昼休み。
校庭に行こうと廊下へ出たところで、蒼太は花那に呼び止められた。
「──柚子さん?」
「図書委員の六年生。なんかゲートのこと……っていうか、光の噂に詳しいみたいで」
「……誰の情報?」
「手鞠の」
「ああ、それなら。……詳しいって、どのくらいだろうな」
「それは聞いてみないと。少しでも何かわかれば、それに越したことはないよ」
図書館へ向かう。入り口では、手鞠と「柚子さん」が二人を待っていた。
「じゃあ、柚子さん。カウンターはわたしが代わります」
「うん。ありがとう」
手鞠が二人に手を振って図書館に入って行くと、
「六年二組の山吹です」
山吹柚子が軽く礼をした。二人も慌てて頭を下げる。
「えっと、五年四組の村崎花那です」
「一組の矢車蒼太です」
「よろしくね。……あ、先に場所移ってもいいかな。朝からクラスの子が凄くて……今も探されてるみたいなの」
光の噂に詳しい人物ということで、彼女も朝から質問責めに合っていたようだった。人目にはつきたくないらしい。
人のいない場所として、柚子はコンピューター室を指定した。
授業の時以外は許可がないと入れないが、柚子は何故か鍵を持っていた。
「コンピューター部だからね、お昼だけ鍵、預かってるんだ」
「でも、勝手に入って大丈夫なんですか?」
「機材いじらなきゃ大丈夫だよ。えっと……矢車くんだったっけ? どっちにしろここのパソコン、フィルターかかりまくりで役に立たないし」
中に入り鍵をかけると、柚子は携帯電話を取り出した。こっちのが便利、と笑う。
「……あの、手鞠から聞いたんですけど。どうして柚子さんの所に皆が聞きに来るんですか? もしかして、見たことが?」
「ううん。私、まだ見たことないよ。ネットでてきとーに記事集めてたら、周りに勘違いされちゃっただけ。その中で知ってるレベルだったら答えられるけど……」
「俺のクラスも花那のクラスも、今日になって急に噂が立ち始めて……」
「それはアレだよ。昨日テレビになったから。見てなかった?」
聞けば、夕方六時前──蒼太と花那が帰宅したばかりの時に、その番組は放送されていたのだという。二人とも疲れていて見ていなかった。
手鞠が言っていたテレビとはこのことか、と花那は思う。
「真夏の都市伝説特集。視聴者投稿の。こんなとこにもUFO出るんですねー程度にしか出なかったけど、地元ネタだから湧いたんだろうね。
──でも、この話自体は四日くらい前から出てるんだよ。ネットに写真がアップされてて。多分それが最初なんじゃないかな? 実際に見た人が増えたのは昨日か一昨日くらいで、テレビやったあとによくわからない話も増えてきて……変なジンクスみたいになってるっぽいけど」
携帯に保存していた光の写真を数枚、柚子は見せてきた。緑色の光は、二人があの日ビルの中に見たものとよく似ていた。
間違いない、ゲートだ。神出鬼没に現れて、消えて──訳の分からない都市伝説のようになっている。
「……山吹さん。この光って、ただ光るだけなんですか?」
蒼太の疑問に、柚子は「どういうこと?」と首を傾げた。
「たとえば、光った場所に何かいたとか、出てきたとか、残ってたとか……」
「宇宙人みたいな?」
「……何でもいいんです。なければ、それでも」
「うーん、そもそも目撃情報っていっても、遠目からがほとんどで……間近で見た人なんていないみたいなんだよね。消えた後、その場所に行った人はいたみたいだけど……。
なんかね、蛍がいたらしいよ。蛍の光がたくさん、色んな場所に飛んでったって。それ以外に何か見たって話はないなぁ」
たくさんの、蛍の光。
二人は目を見合わせた。……そういう事かと、納得してしまった。
◆ ◆ ◆
帰り道。
友人達と別れた花那は、公園のブランコに一人座る蒼太を見付けた。
「せっかく晴れたのに、サッカーして帰らないんだ」
「……そういう気分じゃなくて」
「……そっか」
隣のブランコに腰を下ろす。
「……今日の話……二人に言うの、どうしようって思ってた。昨日あんなことがあったばかりなのにさ」
「……自分たちの仲間が皆、死んじゃってるかもしれないんだもんね」
「デジタルワールド、だったっけ。コロナモンとガルルモンの世界。……そこから傷だらけでこっちに来て、二人だけでさ。やっと同じデジモンが来たと思ったら、死んじゃって。……本当に、二人に何があったんだろうな」
「ガルルモンがああ言ってたの、きっとそれだけ事情があるんだと思うけど……。でも、もしかしたらさ。どう話せばいいかとか、色々わからないんじゃないかな。こっち来たばかりで、気持ちの整理とかもついてないだろうし……あんな場所じゃ情報も何もないんだもん。わからないことばかりだと思う」
「……そうだね」
蒼太は顔を上げ、駆け回る幼児達をぼんやり眺めた。
「……わからないと言えばさ、一番謎に思ってることあるんだけど」
「何?」
「コロナモンに触ると、なんか手がビリビリくるんだ。俺だけかな」
「それ、私もなるよ」
「ほんと?」
「うん。ガルルモンにしかならないんだけど」
「俺も、コロナモンにしかならないんだ。変だよなあ。どうせなら両方なっていいはずじゃん。二人も分からないっぽいし」
「……何だと思う?」
「……」
「……」
「……何か……運命? 的な?」
「……なにそれ」
ぷっ、と花那が吹き出して笑った。
なんだよとふくれっ面をしてから、蒼太も笑う。
ひとしきり笑うと、呼吸を整えながら蒼太が立ち上がった。
「ありがとう。なんか落ち着いた」
「私、なにもしてないよ」
花那も立ち上がる。その拍子に、目の前を走り抜ける小さな女の子と危うくぶつかりそうになった。
「わっ! ごめん!」
女の子はそのまま、端の方で井戸端会議をしている母親の方へと走って行き
「おかあさーん! なんか光ってるー!」
ドーム状の遊具を指差して、叫んだ。
一緒に遊んでいたらしい子供たちが、遊具に近付いている。
二人は少し遠目から覗く。────遊具の中に一瞬、消えていく寸前の緑色の光を見た。
「……ゲートだ……」
そう呟いた時、蒼太は既に走り出していた。花那も慌てて追う。小さな子供達の中に割り込み、遊具の中へ。
暗い穴の中。
そこに────小動物のような謎の生き物が、倒れていた。
「……!」
「蒼太これ……!」
「……デジモン……だよな……!?」
腹部は白く、それ以外は紫色の体毛に覆われた哺乳類のような姿のデジモン。耳にはコウモリに似た大きな羽が生えていた。
これがどんなデジモンなのか、詳しいことは知っている筈もない。
二人の背に隠れて見えないのか、子供達は文句を言いながらこちらを見ている。何か何かと母親達がこちらへとやってくる。子供達が騒ぐ一方、大人達は何故だか首を傾げていた。
……あまり人に見られるわけにはいかない。蒼太は慌ててアウターシャツを脱いで広げる。花那がデジモンを拾い上げ、産着のようにシャツを包ませた。
どこかから出血していたらしい。滲み出た液体で、服はじっとりと黒ずんだ。その様に、恐怖よりも焦りが優先する。
「ど、どうしよう……どっちに連れてく!?」
「どっちって?」
「ここからだったら私たちの家のが近いから、救急箱とか色々あるし……」
「……いや、デジモンのことはデジモンに聞こう」
「そ、そうだね。水や毛布もあった筈だし。……なんて名前かわからないけど、頑張って!」
人だかりに見られないように、蒼太と花那は公園を飛び出した。
◆ ◆ ◆
公園とは別方向の通学路。
海棠誠司は一人、不機嫌そうに頬を膨らませながら歩いている。
機嫌が悪い理由は、せっかく晴れたのにサッカーをして帰れなかったから。
サッカーに出られなかった理由は、彼にとっては実にくだらない。夕方のドラマの再放送の録画だ。帰宅の遅い母親が予約し忘れたようで、わざわざ仕事場から電話をかけてまで頼んできたのである。
本屋の前を通りかかると、見覚えのあるポスターに思わず立ち止まる。
それは夏休み中に開かれる恐竜博のお知らせ。友人と共に行く約束をしていて、チケットはしっかり購入済み。……何度見ても心が躍る。彼にとって、恐竜は幼い頃からのロマンなのだ。
──その友人だが、最近何やら様子がおかしい。今日も元気がなさそうだったし、サッカーにも連続で顔を出さない。何があったのだろう。具合でも悪いのだろうか。
「……あ」
ふと、本屋の脇に野良猫を見つけた。
一番のロマンは恐竜だが、誠司は基本的にどんな動物も好きだった。犬やら猫やらは、つい追いかけ回したくなってしまう。
なので、そっと寄ってみる。猫は何も言わずに逃げていく。
「待て! ねこたろう!」
追いかける。ゆっくりと猫が走る。後に続いて誠司も走る。
本屋の脇道。路地の裏。駐車場の裏。そしてその更に裏、小さな藪へと入って行く。
追いかける。
すると、猫がいた。何故だかじっと止まっていた。
「あれ、どしたの」
猫は何かに警戒するように、何もない空間に向かって歯を剥いている。
──その時。
誠司の目の前で空間が揺らぐ。理科の実験で見るような緑色の光──それが、ぼんやりと現れた。
呆然と見つめる。
光は段々と大きくなる。
猫は逃げて行った。
ふと頭に浮かんだのは、かぐや姫の話。
次に浮かんだのは、今学校で話題になっている謎の光の噂。見ると幸せになれるらしい。
恐る恐る近付く。輪郭がぼやけた光球の中から、孵るように何かが現れた。
蛍のような光を纏い、散らせながらゆっくりと──落ちてきたそれを、誠司は思わず抱き止める。
「! うっわ……!!」
瞬間。腕から電撃のような衝撃が伝わり、そのまま身体中を走り抜けた。
少しして、思わず瞑った目をそっと開く。彼の腕の中には──
「……──きょ……」
図鑑で見たことのあるような。けれど、初めて見る色の
「恐竜……の、赤ちゃん……!?」
──いつの間にか光は消えていた。
だが、そんなことはどうでもいい。噂は本当だったのだ。腕の中で眠る白い小さな恐竜に、海棠誠司は心からの幸せを感じたのだから。
◆ ◆ ◆
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