◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 今日も陽射しは強く熱く。
 セミの声が響く。


 いつもと変わらない朝。天高くのぼる入道雲。






*The End of Prayers*

第六話
「aurora」







◆  ◆  ◆



 熱帯夜が明けていく、寝覚めの悪い朝の四時半頃。
 最近は夏の気温がどんどん上がっているような気がしてならない。慌てて扇風機を起動するが──既に蒸し風呂と化したマイルームを冷やすには、この小さな戦士だけでは圧倒的に力不足だ。

「……こういう時にエアコンが欲しくなるんだよ」
「そんなお金あったら苦労しないよ、みちる」

 いつの間にか起きていた同居人は、ごろりと床に転がったままそう言った。

「今年こそ熱中症になりそうだぜワトソンくん」
「ひどくなったら夜中の扇風機を解禁をすればいいさ。昼間はどこかに逃げればいいんだから」
「よし。じゃあアタシは早速逃げるとしようか」
「コンビニ行くならついでにご飯買い足しといて。でも長居はだめだよ」
「わかってまーす。各コンビニを転々とします!」

 ささっと着替えて髪を編むと、冷蔵庫に残っていた栄養ゼリーを吸いながら家を出た。
 早朝だけあって日差しはそれほど強くない。コンビニは後回しにして、朝の散歩でも出かけるとしよう。さて、どこに行こうか。

 まずはいつもの寂れた通り。例の廃墟が目に入る。立ち止まり見上げてみるが、今日は何も聞こえてこない。
 中に在るものにとっても興味がそそられる。いつもなら問答無用で忍び込むところだ。
 だが、そこは淑女なみちるちゃん。あの少年少女が嫌がりそうな事はしないのさ。適度な距離感で接するって大事! それにしてもなんであんなに警戒されるかなー。友達になりたいだけなのになー。

 廃墟を過ぎてしばらく歩く。行きつけのコンビニを越え、少し大きな通りに出る。

「そうだ。今日は噂のロイヤルエリアに行ってみようぜみちるちゃん」

 同じ区の反対側には、いわゆる高級住宅街と呼ばれるエリアがあるらしい。一軒家も分譲マンションも超一級。果たして自分のアパートの何倍広いのか。
 そんな独り言を呟きながら散歩を嗜む美少女とはアタシのこと。端から見れば不審者だが、大丈夫。こんな平日早朝に出歩く人などいない。補導だけはされませんように。

 ──で。それから二、三時間程歩いただろうか。通勤通学の人影が増えてきた頃、アタシはある公園に辿り着いた。
 流石にこの時間では、遊具で遊ぶ子供達も、井戸端会議に勤しむ母親も見当たらない。

「……おや?」

 と、思ったら一人。隅っこのベンチに腰かけている女の子。
 セーラー服を着ている。中学生だろうか? 気になったので近寄ってみると、その子は驚いたように顔を上げた。

 ──それに、アタシはもっと驚いた。めちゃくちゃに綺麗な子だったからだ。
 人形のような顔立ち。長い黒髪に白い肌。薄紅色の頬と唇。典型的な美少女。

「ねえ、スカウトとかされない?」

 思わず出た第一声。
 美少女ちゃん(仮名)は困惑している様子。アタシという第二の美少女の登場にビビッているに違いない!

「……どなたですか?」

 しかも声まで良いときた。神様この子に全て与えすぎじゃない?

「こんにちは! 朝だけど!」
「……こ、こんにちは」
「これから学校? あ、音楽聞いてたんだ! ごめんね邪魔しちゃって」

 少女の手に収められていたのは、少し古いタイプの音楽プレイヤー。こういう子ってどんな音楽聞くんだろう。

「聞いてから学校行ってるの?」
「……朝と、終わってからは、よく……」
「ロマンチック! でも夕方、子供の声とかうるさくない?」
「……ここは……いつも人、少ないから」
「へー、綺麗な公園だから結構来そうなのに。……あ、もしかして最近は物騒だから、ちびっこは外で遊ばせてもらえないとか。家でゲームばかりしてたら軟弱になるぜ! そう思わない?」
「……。……」

 戸惑いながらも頷いてくれる優しい美少女ちゃん。外見年齢が近い&同性だからか、警戒もちょっとしかされてなさそう。アタシのが絶対に年上だけど!
 ちなみに前ちびっこに同じ事したら怪しまれて親呼ばれて逃げました。

「……あの」
「ん! なーに?」
「あなた、この辺の人?」
「んーん。徒歩三時間くらいの距離の人」
「三時間……?」
「散歩は健康に良いので! ねえ、キミはこの辺住んでるの?」
「……ええ、昔からここに……──あ」

 美少女ちゃんは思い出したように公園の時計を見ると、慌てて立ち上がった。

「もしかして学校のお時間!」
「……あなたは?」
「学校? ああ、アタシ今日は休みなんだ!」

 へらへら笑ってみる。ちなみに半分嘘の半分本当。もう通ってないから、いつまでもお休みなのです。

 それから、美少女ちゃんは礼儀正しくお辞儀をすると行ってしまった。
 また会おーねー! と叫びながら見送った後で、見事に名前を聞きそびれた事を思い出す。名乗るのも忘れた。アタシとしたことが。せっかくお年頃の子とまともに会話できたのに!
 ……まあ、たまにはこんな出会いがあってもいいだろう。

 公園を出て、少女とは別の方向へと行く。


 やけに広い住宅街を歩いていると、また、見覚えのある光を空に見た。
 最近よく見るなぁ、なんて思いながら、あまり気に留めず散歩を続けた。




◆  ◆  ◆



 冷房の音と、窓越しにセミの声が響く部屋の中。
 普通なら学校に行っている筈の時間、花那は朝からベッドに潜ったままだった。
 学校を休んだのは久しぶりだ。……別に具合が悪いわけではない。ただ、外に出るのが怖かった。それだけだった。

「……」

 蒼太は、ちゃんと行ったのだろうか。

 目を腫らして帰った昨日、当たり前だが家族にひどく心配された。遅くまで帰らなかった事も心配され、怒られた。けれど理由を説明できるわけもなく、ただひたすら謝った。
 しかし学校を休みたいと言うと、理由を聞かれることもなくすんなりと許してくれたのだ。……学校で何かあったと思われたのかもしれない。

 優しい両親。相談できたらどんなに心が軽くなるだろう。

「花那、具合どう?」

 ノックして部屋を開けた、母親の顔を見る。

「……ママ」

 風邪を引いた時と同じように接してくれる、優しい母親。
 色々問い質さないのは、私から言い出すのを待ってくれているからなのか。

「……ママ、あのね」
「何?」

 打ち明けてしまいたかった。

 ──だが、ふと。
 昨日のことが、嫌というほど鮮やかに頭をよぎる。

「────明日は、大丈夫だから……」
「……そう。良かった。お昼できてるから、早く食べて元気になりなさいね」


 わかった、と言って笑う。
 母親が部屋を出て、一人。どうして今、笑えたんだろう不思議に思った。



◆  ◆  ◆



 学校に行きたくなかった。
 外に出たくなかった。本当は家にいたかった。

「蒼太、めっちゃ顔色悪いじゃん! 大丈夫かよ……!」

 クラスメイト達は普段と変わらず、けれど心配そうに話しかけてくれる。

「……そうかな」
「鏡見てみろよ、ひっでえから」
「帰った方がいいんじゃね?」
「誠司のヤツも休みだし、最近風邪流行ってんの? とにかく保健室行った方がいいって! 給食なら持ってくから!」
「…………ありがとう」

 いつも通りの優しさが胸に痛い。
 ──どこか、壁を感じてしまう。自分だけが別の場所に行ってしまったような気持ちだった。
 誰とも話したくなかった。今日はそっとしておいて欲しかった。

 なんとか授業には出たが、結局全部上の空。昼休みになったが食欲は皆無で、気持ちが限界になり教室を出ていった。
 途中、担任の教師に呼び止められる。明日までのプリントを誠司に渡して欲しいと言われた。

「……ああでも、矢車も顔色良くないな。大丈夫か? やっぱり違う奴に頼むから」
「持って行きますよ。誠司の家、帰り道だし……。……でもすみません。午後は保健室にいてもいいですか?」
「早退していいぞ。親御さんには連絡しておくから。それとも給食だけ食べていくか? 先生、保健室まで持って行くぞ」

 食べ物を持って行く。──その言葉に廃墟の友人達を思い出して、ギュッと胸が苦しくなった。



 保健室前の廊下で偶然、山吹柚子と宮古手鞠に出会う。
 どうやら、図書委員の昼当番に向かう所らしい。

「あ、矢車くん。いい所で」
「……こんにちは」
「……や、矢車くん、具合悪そう……大丈夫……?」

 宮古手鞠の態度はどこかぎこちない。そういえば、彼女とちゃんと話すのはこれが初めてだ。

「……うん。今から保健室に」
「え! じゃあまた今度の方がいいかな。昨日の話の続きなんだけど……」
「……」

 胃の中がもやもやする。

「……き、聞きます……」
「そ、そう? じゃあ……光のあとに蛍を見たって言ったじゃない? なんかね、その蛍を見た場所……地面とか色々、荒らされてたんだって。それだけなんだけど。矢車くんが言ってたみたいに、本当に何かいたのかもって思って」

 胃の中がきりきりと痛む。

「……そう、ですか」

 軽々しく、話せるようなことじゃないのに。
 何も知らない皆の姿が、昨日までの自分達と重なった。

「ありがとうございます」
「良かったら村崎さんにも言っておいて。引き留めちゃってごめんね!」
「花那ちゃんも今日、具合悪いみたいでお休みしてるの。矢車くんもお大事にね。……あ、あとね」
「何?」
「わたしのランドセル、探してくれたの……ちゃんとお礼言えてなかった。本当にありがとう」
「……ううん。……ありがとう。俺の方こそ」
「え?」
「……なんでもない」

 二人を残し、保健室へと向かった。



◆  ◆  ◆



 平日の真昼過ぎ。
 小さな恐竜を膝に乗せながら、誠司はのんびり録画したドラマを眺めていた。

「やっぱつまんねーなこれ。母ちゃんなんでこんなもん好きなんだ?」
「ぎぃ」
「あ、おい見ろよ浮気だぜ浮気。大人って怖えー」
「ぐるるるるる」
「あ、水飲む? それとも氷食べる? ……昨日はなんとか誤魔化せたけど、そろそろバレるよなあ。なんて説明すりゃいいんだろ」
「ぐきゅー……」
「お前に聞いても仕方ないかー」

 ──噂の光から現れたデジモンを受け止めると、誠司はそのまま一目散に自宅へ戻った。
 蒼太や花那のような驚きは見せず、まるで捨て犬を拾ったのと同じ感覚で連れて帰ったのだ。

 運が良い事にこの恐竜はとても懐っこく、それでいて聞き分けも良かった。自室に匿いながら野菜を与え、昨晩は共にベッドで眠った程。
 問題は日中だ。両親は早朝から仕事。自分は小学校。──この子を家でひとりぼっちにはできなかった。見事、仮病を使って休むことに。

「ちゃんと世話するって言えば、許してくれるかな……」
「ぎー」
「名前もつけてあげたいけど……。……いや、なんとしても許してもらおう。保健所なんかに連れてかれたらたまったもんじゃないぜ。オレが守るからね!」
「きゅー! きゅー!」
「そっか嬉しいかーそっかー。ところでずっと思ってたんだけどさ、お前その腕輪イカすね。それ何? オシャレなの?」

 白い恐竜はその野性的な外見に似合わず、黄金に輝くリングをはめていた。

「見せてよ」
「ギュギュッ!」
「わ、わかったわかった」

 ひょっとすると、既に誰かに飼われていたのかもしれない。そんな不安が過った直後、誠司は更に重大な事実に気が付いた。

「今日テストじゃん」

 算数のテストがあった筈だ。テストが受けられないこと自体はどうでもいい。どうせ点数は悪い。しかし恐らく、持ち帰るべきプリントが授業中に配られるのだ。

「つまりオレの友達の中の優しい誰かがプリントを届けに来るんだよ」
「ぎー?」
「非常にまずいぜこれは」

 一番見つかってはいけないのは、何よりも第三者。この子がいることがバレたらきっと大変なことになる。誠司の頬を冷や汗が伝った。



◆  ◆  ◆



 インターホンを押す。
 返答はない。留守の筈はないので、蒼太はもう一度ボタンを押してみる。

「……もしいなかったら、誠司のやつズル休みだ」

 すると、家の中から何やらドタバタとした物音が聞こえてきた。しばらくして、何故か息を荒くした誠司が出てきた。

「はいはい……って、そーちゃん!」
「あの、プリント届けに来たけど……」
「来てくれたのかー。サンキューな! ……っていうかまだ昼じゃね? しかもめちゃくちゃ顔色悪くね? 大丈夫!?」
「え、ああ、うん。大丈夫。気にしないで」
「早く帰って寝ろよー」
「誠司は普通に元気そうだな……。まあ、うん。そうするよ。じゃあ」
「おう。お大事になー!」
「誠司こそなー」
「ぎゅー」

 ぴたりと。
 蒼太の足が止まった。誠司の表情が一瞬にして青冷めた。

「……今の何?」
「い! いや! なんでもねえよ気のせいだよ!」
「ぎゅー! ぎー!」

 パタパタと走ってくる音がした。誠司が慌てて駆け戻った。──玄関を閉め忘れたまま。

「静かに静かに! 向こうで待ってろって言ったじゃないかー!」

 蒼太は不思議そうに中を覗くと──言葉を失う。
 そこには何かがいた。誠司によって、家の奥へと押し戻されていく何かが。

 それは見たことのない、白い恐竜のような生き物だった。

「……誠司!」

 勢いよく扉を開けた。誠司が驚いて振り返る。

「誠司、お前それ……」
「なんでもない! なんでもない!! これはほら犬だから! 白い犬!」

 誠司は自分の背にその生き物を隠そうとするが、それが犬でないことくらい一目でわかる。

「どうして……! どうして誠司と……!?」
「本当に何でもないからさ! ほら、具合悪くなるからもう帰った方がいいって!」
「なんでデジモンがそこにいるんだ! リアライズゲート見たのか!?」
「!? 何わけわかんないこと言ってんの!? とにかくごめん! 今は帰って!」

 デジモンを奥へと押し込むと、誠司は蒼太を外へと追い出した。

「誰にも言うな……! 言わないでくれよ! 落ち着いたらお前には話すから! そーちゃんなら大丈夫だろ……!?」
「ま、待って誠司、話を……! 誠司!!」

 鍵を閉める。外から聞こえる声に罪悪感を抱きながら、恐竜を抱え自室に駆け込んだ。

「……み、見つかっちゃった……。どうしよう……あいつなら言わないと思うけど……」

 腕の中の白い恐竜に目をやる。じっと目が合う。


「せー、じ」


 突然、名前を呼ばれた。

「……え!?」
「せ、ぜー、じ。ぎぎっ」
「……しゃ、しゃべっ……!? え!? えぇ!?」
「きゅー、ぐるるる」

 鳴き声と共に大きく腹の音が鳴る。恐竜は無邪気に笑っていた。

「……えっと」

 誠司はわけのわからないまま、ため息をついて笑う。

「……そっか。お腹空いちゃったんだな。でもさっきの人はご飯持ってないんだよ」
「きゅー! ぎゅー!」
「もう人前に出ちゃダメだぞー……って、ダメかな。……あれ、でも今オレのこと呼んで」
「ゆきあぐもん!」
「────は?」
「ユキアグモン!」
「…………あの、それ、名前……?」
「ぎゅー!」
「……マジか……マジか! マジかよ! うわあぁすっげー!」

 先程までの不安はどこへやら。少年の瞳はすっかりキラキラ輝いていた。

「ユキアグモン、ユキアグモン! 覚えたぞ!」
「せーじ!」
「つまりお前は喋れる恐竜なんだな! 学者もびっくりだ! ってことは言葉わかる!? オレの言う事聞けるかー?」
「きゅっ」
「よし、いい子! ここに一人で置いとけないからさ、後で一緒に買い物行こうぜ。リュックに入れることになっちゃうけど、おとなしく出来る?」

 白い恐竜──ユキアグモンは大きく手を挙げる。誠司は満足げに微笑みながら、その手にタッチした。



◆  ◆  ◆



「花那。蒼太くん、お見舞いに来てくれたけど……」
「えっ」

 陽が傾き始める夕方頃。想定外の幼馴染の来訪に、花那は目を丸くさせた。

「……わ、わかった。下、行くから待ってもらって」
「ママ買い物行くけど、大丈夫?」
「うん。それは大丈夫。行ってらっしゃい」

 パジャマだったので慌てて着替える。リビングに降りると既に、招き入れられた蒼太が座っていた。
 花那の姿を見た途端、慌てて何かを伝えようとしたが──

「────花那。顔色良くないね」
「……蒼太こそ、具合悪そうだよ」

 お互いに血色の悪い顔。昨晩、あまり眠れなかったのだ。夜更かしに慣れていない小学生にはきつい。

「休んだって、聞いたからさ。学校……」
「……うん。わざわざありがとう。……その、サボっちゃったよ」

 花那は苦笑する。

「……俺も、サボったよ」
「でも、学校には行ったんでしょ?」
「早退したけどね。……本当は行きたくなかった」
「……外、出たくなかった?」
「……うん。自分でもよく行けたなって思う」

 速足で歩いた通学路。行く途中であの光を見てしまったらどうしよう、そんなことばかりを考えていた。
 誠司の家に行く時も怖かった。どうして先生の頼みを受けてしまったんだと何度も後悔した。──その結果があれだ。

「……ねえ、どうだった?」
「どうだったって?」
「学校、変わったこととか。……その、まだ皆、あの話で盛り上がってるのかなとか」
「……ちょいちょい。昨日ほどじゃなかったけど。でも、柚子さんに会ったよ。あの噂のことで、話あったみたいで」
「……どんなこと?」
「光のあとに何かいたんじゃないかって……それだけ」
「……そっか。それだけなら、何もなかったんだ」
「何が?」
「昨日みたいなことになってたら、きっと騒ぎになってるから」

 昨晩。あの後、二人から聞いた。あの化け物もデジモンなのだと。そしてあのデジモンは、自分達が連れて行ったデジモンが進化した姿なのだと。
 コロナモンもガルルモンも、決して二人を責めはしなかった。それどころか励まし、褒めさえした。よくここに連れて来たと。ここに連れて来たから、被害が出ないうちに対処できたのだと。

 そんな二人のいない場所で、リアライズゲートが現れ、デジモンが現れ、それで何もなかったということは──

「──何も、なかったわけじゃないよな」
「……うん」
「そのデジモンも、きっと死んじゃったんだ。テリアモンみたいに」
「……。……どうして……皆、死んじゃうんだろうね。……テリアモンが死んで、知らない場所で知らないデジモンたちが死んで、それで、昨日のデジモンも死んで。……あの二人が助けてくれなかったら、きっと──私たちも死んじゃってたんだよね」

 その一言に、蒼太は一瞬だけきょとんとする。

「────そっか、俺たち、死にかけたんだ」

 そして言い終えた時、顔からは血の気が引いていた。

「……自覚、なかったの?」
「……どちらかっていうと、実感。……そうだ。そうだよな。死んでたかもしれないんだ……」

 もう他人事じゃない。
 テレビや映画やゲームの中だけだと思ったあらゆる出来事が、

「あいつらが守ってくれなかったら……」

 周りにとっての非現実が、自分達にとっての現実。
 二人だけの────否、

「……そうだ、誠司……」

 彼も、そうなるのかもしれない。自分達と同じように。

「……誠司? って、海棠くん?」
「花那、実は──……」

 ────その時。
 電子音を響かせて、花那の携帯電話が震え出した。

「! ちょっと待って……」

 慌てて取り出す。着信画面に、『ママ』の二文字が表示されていた。

「……もしもし? どうしたの?」
『花那? 蒼太くんもう帰っちゃった?』

 母親の声は妙に明るかった。何かに興奮しているような、そして急いでいるような声。

「まだいるけど……」
『あ、じゃあ二人とも! すぐ外出てみなさい! 凄いから!』
「……外?」
「どうしたの?」
「ママが外出てみろって……」

 言われたままに玄関へと急ぐと、扉を開けた。


 ────携帯電話を持っていた手が垂れる。



『オーロラよ! 本物の! 北極とかで出るようなやつが本当に──……もしもし? ちょっと、どうしたの……』




◆  ◆  ◆



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