◆  ◆  ◆



 三人で手を繋ぐ帰り道。
 コロナモンの手を握っていると、不安な気持ちが少しだけ和らぐ気がする。

 仕事帰りらしい、スーツ姿の女性とすれ違う。女性はこちらを見ることもしない。
 遠くにパトカーの赤い光を見ると、間もなくして警察官に会った。危ないから早く帰りなさいと注意をされた。

 誰も、コロナモンには気付いていないようだった。

 やがて馴染みのある道が見えてくる。二人の家の近くの通り。
 花那の家が見えた。
 明かりがついている。中から夕飯を作っているにおいがした。花那はひどく安心した顔で、コロナモンの手を離すと玄関に走った。

「花那。……これから二人は、なるべく普段一緒にいるようにして。もし何かあっても安心だから」
「……わかった。なるべく学校でも、蒼太とすぐ会えるようにする。……ねえ、明日も二人に会える?」
「うん、会えるよ。それに……何かあったら、すぐに俺かガルルモンが行くから」
「今日みたいに助けてくれるの? 頼もしいなぁ」

 花那が小さく笑った。

「……じゃあ蒼太、また明日学校で……」
「明日は休みだよ。今日、金曜日じゃんか」
「……あはは、そうだった」

 つられて蒼太も笑う。今日初めて見せる彼らの笑顔に、コロナモンは胸を撫で下ろすような気持になった。

 花那が家に入って行くのを見届ける。
 それから、二人で手を繋ぐ帰り道。掌がピリピリと心地良い。
 何も言葉を交わさないまま、蒼太の家へ着いた。いつもと同じように明りが付いていて、中からは料理の香り。手を離して玄関へ向かう途中、蒼太は思い出したように立ち止まった。

「……そうだ、コロナモン。これ」
「あ、ケータイデンワ……戦ってる時に落としちゃったと思ってた」
「ちゃんと拾っておいたよ。お前が持ってた方が、きっと良いから……何かあった時に」
「……何もないのが一番だけどね」
「……履歴、見たよ。花那の番号でいっぱいだった。ずっとかけてくれてたんだな。俺たちの事……ずっと探してくれてたんだ」
「……蒼太」

 蒼太はありがとうと言うと、家の中へ入って言った。
 それを見送る。中から家族と思われる声が聞こえてきて、少しだけ胸が痛くなる。

「……──ガルルモン」

 家族の待っている廃墟へ、コロナモンは踵を返した。



◆  ◆  ◆



 帰りが遅いと、玄関に入ってすぐに注意される。
 具合は大丈夫なのかと、花那は家族に心配される。
 早く手を洗いなさいと、蒼太は家族に促される。
 電話なんて後にしなさいと、食卓に座らせられる。急いで友人らに電話したい理由は言えなかった。
 目の前には温かな夕飯。いつもと変わらない筈なのに、何故だか今日は一層、美味しいと感じる。

 少しだけ泣きそうになりながら、食事を進めている──最中、母親がふとテレビをつけた。

 普段この時間にはやっていない筈のニュースが流れていた。思わず目を向けた。

「そういえば蒼太。今日すっごいオーロラ見えたの、知ってる? お母さんびっくりしちゃった」
「……」
「お父さんも見れたって。何でこんなものが日本で見られるのかしらねー。温暖化のせい? ……蒼太?」

 母親は目を丸くさせた。息子がこんなにもニュース番組に釘付けになるなんて、珍しい。

「……って、やだ何これ。この辺じゃないの」

 画面を流れていく文字。速報を読み上げるアナウンサーの言葉に──蒼太は愕然とする。

 テロの可能性、そうテロップには書かれていた。場所は自分達の生活圏を含めた区の全体。
 そのうち特定の範囲内で、突如人々が意識不明となり搬送されたのだという。行方不明者が出ているという話もあり、組織的な犯行ではないか──と、綺麗に整った発声で報道されていた。

 時間帯は丁度、あのオーロラが出てきたすぐ後だ。

「……は?」

 ────よく、わからない。

 母親が心配そうに何か呟きながらやってきて、蒼太の肩を軽く抱いた。こういう事があるんだからと、危ないから遅くまで遊ぶんじゃないと、励ますように優しく叱った。
 けれど蒼太は上の空だった。母の声はもう、ぼんやりとしか耳に入らない。──その時だった。突然鳴り出した着信音に、蒼太はハッと我に返る。

「! ちょっと蒼太、まだご飯残って……」
「後で! ……──もしもし!? 花那!?」
『──蒼太!! ね、ねえ、どうしよう! どうしよう……っ!』
「ニュース見てる!? これってやっぱりさっきのだよな……!?」
『違うの! 違わないけど……そうじゃないんだよ!』
「……どういうこと?」
『ニュースもだけど……そうじゃないの! さっき家に電話あって、手鞠のお母さんからだった! うちの子知らないかって……学校から帰ってないって……!』
「……──宮古、いないの?」
『手鞠だけじゃないんだよ! 学校で何人も……残ってた子たちがいなくなっちゃったんだよ! 本当にいなくなっちゃったんだよ!』
「……、……何で……」

 電話を持つ手が震える。

 大変なことになった。
 そんな言葉では済まされない事態に成った。その事を、蒼太と花那はようやく理解した。



◆  ◆  ◆



 コロナモン達と別れ、アパートへ戻る。
 暑い部屋に出迎えられ、扇風機をつけ、買い置きしたゼリー飲料を二人で飲む。約三分のディナータイムを終わらせると、思い出したようにみちるは言った。

「そうだワトソンくん。この後ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「何? コンビニ行くの?」
「んーん、公園」
「どこの」
「ここから三時間くらい歩いた所」
「えー」

 珍しく感情のこもった声と顔。明らかに嫌そうだった。

「それ往復で六時間ってことでしょ。夜中になっちゃうよ」
「だってアタシだけじゃ確実補導じゃんかー」
「ボクがいても変わらないと思うけど。というか電車に乗ろうよ」
「いいじゃんどうせアタシら暇なんだし! ガラの悪い大学生カップルに見えなくなくない?」
「残念だけどキミもボクも童顔だからね。高校生が限界だよ」
「こーいう時に車の免許があったらなー身分証になるのになー」
「……」

 ワトソンは暫く考えるように目を閉じる。

「…………自転車、落ちてるかな……」
「そっち探す方がめんどくさそうだね!」


 結局歩きで行くことになった。
 行き先は、みちるが今朝行ったという公園だ。

 すっかり日が落ちた街並み。蛾の集まる白い街灯に照らされる、整備された住宅街。
 遠くの暗闇に点滅するパトカーの赤色灯を見る限り、ここの警備は地元よりも分厚そうだ。
 職質でもされたらどうしよう、なんて表面上だけ不安を装ってみる。だが幸い、警察に見つかっても「早く帰りなさい」と注意される程度で済んでしまった。

 やたら大きな戸建てが並ぶ道を進み、ようやくその公園とやらに辿り着く。
 浮浪者も不良な少年少女も酔いつぶれた会社員もいない。自分達以外には誰もいない静かな公園。

「で、キミは一体何しに来たの」

 静けさの中に淡白な声が響く。みちるはきょろきょろ辺りを見回しながら「いないなぁ」と呟いた。

「そりゃあいないと思うよ。夜だし。誰探してるのさ」
「未来のお友達―」
「ああ、さっき言ってた子?」
「今朝ねーここで会ったんだけど。放課後に来るかもって言ってたんだけどさー」
「朝からこんな遠くまで来てたの? それに放課後って言っても時間が遅すぎるよ」
「確かに。でも学生って何だかんだ時間ありそうだし?」
「……やっぱり明日の朝、探す方がよかったんじゃない?」
「それも一理ある……────あれ」

 街灯の明かりに反射して、キラリと光る何かを見つける。
 今朝、あの美しい少女が座っていたベンチ。そのすぐ下に、それは落ちていた。

 見覚えのある、少し古いタイプの音楽プレイヤーだ。

「んー」

 耳に当ててみる。聞こえてきたのはクラシック。なるほど、ああいう子ってこういうの聞くんだ。

「……それ、何?」
「んん─?」

 今朝のぎこちない会話を思い出しながら、少し残念そうにみちるは笑った。

「落し物だよ。あーあ、もったいないなぁ」



◆  ◆  ◆







 七月■■日。
 都内某区上空に謎の光が出現。直後、意識不明者多数、失踪者多数発生。
 この事件は翌朝、「謎の児童集団失踪事件」として全国ニュースに取り上げられた。







第七話  終





 → Next Story