◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆






 通勤時間の満員電車。
 会社員達が読んでいるネットニュース、そして新聞の一面には、先日の事件が大きく取り上げられていた。

 一つは謎のテロ事件として。病院に搬送された人々は今朝、一斉に目を覚ましたらしい。目立った外傷はないが、皆何があったかは覚えていない。被害者が出た範囲はあまりに広かった。
 そして、もう一つはオーロラの現象について。被害地域とオーロラが確認された地域がほぼ一致していることから、何かしらの関連性があると思われたが──そもそも何故オーロラなど出たのか、有識者達は皆目見当もつかないという。

 そして────謎の児童集団失踪事件。
 失踪した子供達の人数は把握できていない。しかしかなりの人数だと予想され、テロとの関連も含め調査されるとの事だ。

 これは大変だ、と他人事のように思いながら、大人達は電車を降りていく。 
 電気店のテレビの前では、暇を持て余した老婆が心配そうに時間を潰していた。

 何が起きているのか、誰も知らない。
 堂々巡りの不毛な討論が、午前のワイドショーを占領する。






*The End of Prayers*

第八話
「目撃者たち」






◆  ◆  ◆





「もう少しで、夏休みだったのにね」

 ソファーの上で呆然とニュースを眺める花那を、母親がそっと撫でる。

「学校、早く行けるといいね」

 図書室のある棟が壊され、校庭も校舎内も荒らされ、小学校は休校となった。
 修復の為というのが名目だが、実際は違う。花那達でなくとも知っている。学校側は公にしていないが──恐らく事態が把握出来ていないのだろう。
 ただ「生徒達が何者かに襲われ、攫われた」という事実しか、判っていない。

「……手鞠ちゃん、見つかるといいね」
「…………」

 母親は不安の色を浮かべて言う。それでも、花那が無事で良かったと何度も口にする。
 たくさんの子供がいなくなってしまった中で、自分の娘は無事だった。親にとって、これほどの安心は無いだろう。

「……皆も、早く見つかるといいね……」
「……うん」

 ──実を言えば、他のクラスでも数人。まだ生徒が帰宅していないという話を聞く。
 しかし、「皆どこに行ったんだろう」──そんな事は、嘘でも口に出来なかった。

 ごめんなさい。本当は全部知ってるんです。
 きっと学校よりも警察よりも、自分達が一番事情を知っている。しかし告白できる訳もなく、大した情報の流れないニュースをただ眺めていた。

 もう昼だというのに、報道の中身が変わった様子は無い。朝から同じ内容の繰り返しだ。
 そんなテレビの音に混ざって、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴った。

 顔を上げる。少し間を空けて、もう一度音が鳴る。母親が急いで向かい、玄関を開けると目を丸くさせた。

「こんにちは。……あの、花那いますか?」
「蒼太くん……! こんな時に外なんて出て……」
「だ、ダメなんですけど、花那の家って言ったら許してもらえて……。多分、後で家から電話あるかも……」
「……蒼太!」

 ソファーから飛び降り、玄関に走る。
 ────母親より、目を丸くしたのは花那の方だった。

 蒼太の腕にはコロナモンが、ぬいぐるみのようにして抱かれていた。



 花那の部屋に移る。母親に出されたお茶は、二つだけ。

「……コロナモン……」

 母親がリビングへと戻ったのを確認して、花那はようやく口を開いた。

「……蒼太のにおいを追って来たんだ。突然、ごめん」
「それは……いいんだけど、そうじゃなくて……!」
「……うん。聞いたよ、子供たちのこと」
「ねえ、どうして……? どうしてこんな事になったの? 皆いなくなっちゃったよ……!」

 泣き出す花那に、コロナモンは俯いた。

「それを、話しに来たんだ。……こんな状況だし、二人はあまり動かない方が良いと思って……。俺が一緒にいれば、いないよりは安全だろうから」
「……あのブギーモンは?」
「……まだ起きない。致命傷は避けてるから、もう目を覚ましてもおかしくないんだけど……」
「そんな……それじゃあ、皆のこと聞けない……!」
「……ごめん」
「──っ、……私もごめん。コロナモンが悪いんじゃないのに……」

 感情が押さえられない自身に自責する。既に事情を聞いていた蒼太は、静かに目を伏せていた。

「……ガルルモンはブギーモンと一緒にいるの?」
「うん。でも、あの場所じゃないんだ」
「……朝さ、コロナモンたちのとこに来たんだって。あの二人。昨日の……」
「……みちるとはるか、俺たちに協力するって言ってきた。もう関わっちゃったし、助けてもらった恩返しがしたいって……蒼太と花那の友達も心配だからって」
「そんなこと言って……あの人たち、絶対そんな真剣になんてなってないよ! 何も思ってないような顔して……こんな事になっても平気で笑ってるのに!」
「……だから……ガルルモンは今、その二人の所にいる。……ブギーモンもそこに……外で縛って、ガルルモンが見張ってるけど……。……俺たち結局、また余計に人を巻き込んだんだ」

 罪悪感で潰れそうになる。そんなコロナモンの背を、蒼太は慰めるようにそっと撫でた。



◆  ◆  ◆



「ねー、やっぱりお風呂場のが良かったんじゃないのーそいつー」
「部屋の中だと僕が入れないし、もしものことがあったら危険だ」
「ボクも部屋にコイツを置くのは反対だね。それよりさ、本当に大家さん帰ってこないの?」
「少なくとも今日はいないはず! 朝ばっちり聞いたかんね」
「……ここ、君たちの家じゃないの?」
「上の部屋はそうだけどー、ここは大家さんのお部屋ー。ちょっと借りるだけですから! いやがっつり不法侵入なんですけどね!」
「……そう」

 新型の扇風機が元気よく回る。テレビが賑やかに音を立てている。普段では考えられないくらい、贅沢に電力を浪費するアパートの一室。
 部屋の主である大家は、先日の事件で急遽アパートを空けることになった。孫の様子が心配だという。全て盗み聞きなのだが。
 このボロボロのアパートには今、都合の良い事に自分達しかいない。他の住人も僅かにいるのだが、日中に滞在している事はないらしい。

「……二人は、どうしてそんなに首を突っ込みたがるの?」

 全開にされた窓ガラス。すこし狭い庭からガルルモンが問う。
 庭の隅には家主のいない大きな犬小屋があり、中からブギーモンが顔だけを出していた。

「まー確かめたいっていうか? キッズがいなくなったの、全部コイツのせいなのかなーとか」
「普通の事件なら警察におまかせだけど、これは普通じゃないもんね」
「……昨日の事もある。危険な事だって、わかってるはずだよ」
「いざとなったら自己責任で! アタシらの事は気にしなくていいんだよ。勝手に首突っ込んでるだけなんだから。ていうかもう関わっちゃったし、今更身を引いて高みの見物ってワケにもね!
 それに危険なのはアタシらだけじゃないでしょ? 蒼太くんと花那ちゃんだって危ないのに。……あの子達の方が大事なくせにさ、その二人だけ巻き込むって変じゃない?」
「……それは」
「めんどくさい理屈は止めようよ。別にいいじゃないか。人手は数、あった方が何かと助かるでしょ? で、みちる。準備できた? そろそろコロナモンくん着いてると思うけど」
「おっけーおっけー。ガルルモンくん電話の音聞こえる? いやー最近のケータイって便利ですな」
「……」

 みちるとワトソンは窓際へと寄る。渋々と頷き、ガルルモンが近付いてきた。みちるはそのまま蒼太の携帯電話の発信ボタンを押す。

「もしもしー? 村崎さんのお宅ですかー?」



◆  ◆  ◆



 受話器を片手に、母親が部屋をノックする。

「ちょっといい? 花那ちゃん、お友達から電話……。春風さんって子からだけど、学校の子?」

 花那はバッとコロナモンを見る。コロナモンが頷き、花那は慌てて受話器を受け取った。
 ドアを閉める。保留のボタンを押すと、相変わらずの陽気な声が聞こえてきた。

『もっしもし! 花那ちゃんだよね? あ、皆にも聞こえてる? アタシの美声!』
「……あの、何でわざわざ家の電話に……」
「聞こえてるよ。俺にも、蒼太にも」
『おっけー大丈夫そうだね? はいどーも、みちるちゃんですよ』
「……どうして……」
『あれ、花那ちゃんてば聞いてない? うちらも協力することにしたんだー。よろしくね! で、そっちはどう?』
「……何がですか?」
『友達。無事だった?』
「……っ」

 花那は息をのみ、唇を軽く噛む。いたたまれなくなったコロナモンが受話器の側へと寄った。

「……花那、貸して」
「……」
「……確認した。やっぱり二人の友達も、いなくなってる」
『ありゃ、そうなんだ』
『警察じゃ多分、何もできないと思うけど。キミ達どうするの?』
「…………勿論、助けるつもりだよ。俺とガルルモンで、どうにかして連れ戻したい」

 でなければ、蒼太も花那も救われない。二人の日常を、これ以上取り返しのつかないものにしたくなかった。

「このままになんか出来ないよ。……ただ……多分、すぐには助けに行けない。情報が少なすぎる」
『だろうねー。詳しいことはアイツ起きなきゃわからないんでしょ?』
「うん。……取り敢えずは今わかってる事を整理して……そこから色々、考えたいと思うんだ。ガルルモンはそこにいる?」

 すると、少し遠くから彼の声を聞く。……このまま話しても問題ないだろう。コロナモンは、これまでの情報を整理した。

 ・ブギーモンは複数体いて、全員がオーロラ出現と同時にリアライズした。
 ・彼らは毒から逃げて来たのではなく、あくまで「仕事」でやって来た。
 ・目的は人間の子供達の誘拐。対象かどうかは、デジモンを視認できるかで判断した。
 ・意識不明となったのは総じて大人達。ブギーモンに攻撃をされたか、幻術をかけられたか。いずれにしてもデジモンを視認できない為「何が起きたのか分からない」。

「……あ、そういえば二人は、俺たちデジモンの事、まだよくわからないと思うけど……」
『雰囲気フィーリングで行けると思う! 続けて!』
「……子供達が連れて行かれたのは、間違いなくデジタルワールドだ。……どうすればいいか、だけなら単純で……デジタルワールドに連れて行かれたなら、そこから連れ戻せばいい」
『ただ、問題はその方法だ。ここからはブギーモンに聞かないと分からない。
 どうやってデジタルワールドに帰るか。デジタルワールドのどこに連れて行かれたのか。攫われた子供たちは何人か。……どうやってリアルワールドに帰ってくるか』

 あとは、子供達を誘拐した──それ自体の目的も。それによって、こちらの動き方も変わってくる。

『人間達も色々、調べてくれてるなら……その情報も役に立つかもしれない。この箱で流れてる……』
『テレビねーニュースねー。でも目立った情報はないよね!』
『うん。被害地域と……病院に運ばれた人数はわかってるけど、誘拐事件のことはさっぱりだ』
『使えねー!』
「……攫われた皆の数……警察だったら分かってるかも。もう一晩経つし……」
『ナイス蒼太くん! ……あれ、でもニュースになってないって事は、ポリスメンもまだ分かってない?』
『そうとも限らないよ。単に情報開示してない可能性はあるからね』
「わかった。じゃあ、そのケーサツって奴に話を聞く方法を……」

 コロナモンの言葉に、子供達は押し黙る。自分達が警察に行ってみたところで、聞かせてもらえるわけがないからだ。

「……もし、俺たちみたいに助かった子供がいたら……警察はその子には色々話してるかも。ほら、事情聴取とかで……」
「でも、助かった子なんているの……? ブギーモンから逃げるなんて、普通じゃ──」

 ──そう言いかけて。花那は昨晩、手鞠の母親から受けた電話を思い出した。
 娘がいなくなって気が動転した母親は、直接学校まで行き職員を追及したという。それから、娘の友達の家に電話をかけ回っていた。

「……そうだ。手鞠のママが確か……学校の子で一人、助かってるって……」
『マジで!? めっちゃラッキーじゃん!』
「よかった……同じ学び舎の子なら、接触もしやすい。その子、誰かわかる?」
「ご、ごめん。そこまでは聞いてなくて……それに手鞠のママが私にも電話してきたってことは、あまり話、聞けなかったのかも……」
「……なあ花那。宮古って、昨日なんで学校残ってたの?」
「……え?」
「花那、宮古の家は門限早いって言ってたから……学校で攫われたの、変だなって……」

 蒼太の疑問に、花那は数秒考え──あっ、と声を上げた。

「……──そうだ……多分、委員会の仕事があったんだ……! じゃなきゃ手鞠、学校に残らない……!」
「じゃ、じゃあ図書委員の人! 探してみよう! あと先生……!」
『連絡先わかるの? 最近の学校って連絡網とかないって聞いたけど』
『個人情報厳しいもんねー』
「私、手鞠のママに聞いてみる。知ってるかもしれないから」
『じゃあ一旦、解散しよう。……花那、何かわかったら連絡を』
「うん……! ……でもいいの? 多分そうしたらその人も……巻き込んじゃうかも……」

 気遣うようにコロナモンを見る。

「……それは……」
『いいんじゃない? 協力者は多い方が。変に意地張って情報逃してもね』
『当事者は皆同じだよ! スタートラインが違うだけ。アタシも二人もその子もさ』
「……。……話を聞くだけだ。それ以上は……戦いにまでは巻き込めない」
「……なあ、コロナモン」

 蒼太が言いづらそうに、コロナモンの肩に軽く触れた。

「もし、協力者……他にもいた方がいいなら──俺、思い当たる奴がいて……」
「……それは、どういうこと?」
「……──デジモンと、一緒にいた奴がいたんだ」

 蒼太の言葉に、花那とコロナモンは目を見開く。

「誰!? 学校の子!?」
「誠司が……。昨日、家に……多分デジモンだ……デジモンと一緒にいたんだ。それで……」
『蒼太……もっと早く、言ってくれれば良かったのに……!』
「ご、ごめん……! 言えなかったんだ……! その……」
『……いや、あんな事があって、なかなか言える状態じゃなかったよね。ごめん』
「い、いいんだ。それは全然。だけど……昨日からそいつも連絡取れなくて……。デジモンと一緒だから大丈夫だと思うけど、今からそいつの家に行ってくるよ」
「外に出るなら俺もついて行く。一人では行かせたくない。花那は……」
「……大丈夫。家にいるしママもいるし……。それに何かあったら、きっとガルルモンが来てくれるから」
『────』

 ああ、もちろんだ。

『花那。絶対に駆けつけて、君を守るよ』

 ガルルモンは僅かに震える声で、けれどしっかりとそう言った。



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