◆  ◆  ◆



「柚子! どこ行くんだ! こんな時に……」

 呼び止める父親に、一言「警察」とだけ返す。

「もう……あれ以上何を話すんだ……!」

 こちらから話す事はなかった。
 ただ、聞くだけだ。担当してくれた刑事だったら会えるだろうし、何か聞けるかもしれない。
 外にマスコミがいたとしても、そんなものは無視すればいい。

「一人で行くな! 今、車出すから……!」
「……大丈夫」
「柚子!」

 一人だって、なんとかしてみせる。
 私のやれる事が見つかったのだから。


「……結局、柚子さんは何て?」
『警察に行くって言った。協力をするって』
「……良かった」

 ガルルモンからの報告に、花那は安堵の声をこぼした。

『また……子供を巻き込んだんだ。僕たちは……』
「……コロナモンも言ってたよ。そんなこと」
『ガルルモンくんもコロナモンくんもお人好しっていうか、優しいよね!』
『……巻き込んで良いことなんて、お互い無いよ』
『ポジティブに捉えれば問題ないさ! ねー花那ちゃん、蒼太くんたちまだ帰らない?』
「まだです。家、遠いのかも……」
『収穫あるといいねー。そしたらさ、そのままこっち来ちゃいなよ! 話は直接した方が分かりやすいじゃない?』
「でも……柚子さんが、どっちに電話するかもわからないですし……」
『じゃあ柚子ちゃんとやらが終わった後でもいいや。関係者で尋問会議!』
「…………ガルルモン」
『……なるべく、ブギーモンには近付けたくないけど……。皆がバラけてるより、一緒にいた方が安全なのは確かだ。蒼太の友達のデジモンも気になる』
「……わかった。皆が帰ってきたら、そっちに行く」
『あのビルまで来たらボクが迎えに行くよ。保護者引率ってことで、一応』
「……わかりました」

 電話を切る。──そのまま身支度を始めた。蒼太達が戻って来ることを、柚子がうまくやってくれることを信じた。


 一方。警察署管轄のセンターから刑事との面会を求めた柚子であったが──残念な事に門前払いを食らっていた。
 連絡だけはしてもらえたが、担当者は不在。他にも機密事項だ何だと言われ、それ以上は取り合ってもらえなかったのだ。
 警察側も、妄言のようなことばかりを言う柚子を頼りにはしていなかった。子供が一人で来たので、パトカーで家まで連れ帰すとさえ言い出した。

「……何で……!」

 悔しくて涙が溢れる。大声で文句を言うと、案の定注意された。無視をしてその場を走り去る。
 期待と意気込みを抱いてやって来た道を、逆走していく。こんな悔しい事はない。こんなに恥ずかしい事はない。何の役にも立てないまま、自分は結局どうればいいのか。

 息を切らし、家電量販店の前で立ち止まる。ショーウィンドウに写る自分の姿が恨めしい。そのままもたれかかり、清々しい青空を睨みながら呼吸を整えた。
 ……携帯電話を取り出す。花那が、あの電話の向こうの人達が喜ぶような報告をしたかったのに。

「私……馬鹿みたい」

 ──だが

「……そうだ。学校……」

 このまま諦めるつもりはなかった。行ける限りの場所に行ってやる。
 自棄になりながら携帯電話をポケットに押し込むと、柚子は学校を目指して走り出した。


 携帯電話の画面と、ショーウィンドウのテレビが不自然な光を放ったことに──柚子は最後まで気付かなかった。



◆  ◆  ◆



 蒼太達はユキアグモンに連れられ、誠司がブギーモンに攫われた場所へと案内された。

「……やっぱり……学校から近いな」
「それは……この辺りには人間の子供が多いってこと?」
「うん。……ダメもとで学校に行ってみよう。先生の誰かは絶対、いるはずだから」
「大丈夫? まだしばらく歩くなら……具合が心配だ」
「……こいつがいるから何とかなるよ」

 背におぶったユキアグモンを撫でる。ユキアグモンは先程よりも元気のこもった声で、ぎぃと鳴いた。



 思えば、休日の学校に入るのは初めてだった。
 人のいない校庭。下駄箱。窓から見える教室。あまりに静かな校内の様子に、寂しさよりも若干の怖さを覚える。
 最初にあの廃墟へ行った時はそこまで感じなかったのに──やはり、普段賑わっている場所だからだろうか。

 一方コロナモンとユキアグモンは、初めて見る校舎を興味深そうにキョロキョロと眺めていた。

「蒼太と花那はここに毎日来てるの? ……綺麗な所だね」
「そうか?」
「うん。……壁が白くて、綺麗だ」

 まるで、ダルクモンの教会を思い出すような。
 ──ガルルモンにも、見せてあげたかった。

「……ぎ? ぎゅっぎゅっ」
「わっ。な、なんだよ暴れないでよ」
「だれが、いる」

 ユキアグモンが手を向けたのは、壊された図書館棟だった。……ここからでも、窓や壁が壊れているのが見えた。

 足早に向かう。近付くと共に声が聞こえてきた。
 大人の声と、子供の声のようだった。


「────だからなんでそれが言えないことなんですか!」
「正確なことがわかるまで公表出来ない! 何度も言ってるだろう! 大体君はちゃんとした証言もしないで……」
「……っ、私は嘘なんか……!」

「! 柚子さん!」

 思わず声を上げた。言い合いをしていた教員と、山吹柚子が振り向いた。
 受け持つ学年が違うのか、教員は初めて見る顔で、向こうもそれは同じらしく──こんな時に見知らぬ生徒が現れた事に機嫌を悪くしたようだった。

 ……その隣で、柚子は言葉を失っていた。
 理由は当然、今自分の側にいるデジモン達だろう。

「……おい山吹。山吹? ……もういいなら行くぞ。先生達だって忙しいことくらいわかるだろう!」

 呆然と相槌もしない柚子に対し、教員は不思議そうに眉をひそめると──そのまま職員室へと戻って行ってしまった。職員室には警察が訪れているようだった。

「……あの、柚子さん」
「何それ……」
「……え?」
「何それ……ねえ……何なのそれ……!」

 足が震えていた。──そこでようやく、コロナモンが「あっ」と気付く。

「もしかして、俺たちのこと?」
「ひっ……!」
「! ち、違うんです! こいつらは……」
「来ないで! 嫌だ! 化け物……!!」

 逃げるように走り出す。
 コロナモンはぽかんと口を開けていた。蒼太がユキアグモンを背負ったまま、全力で柚子を追いかけた。

 腕を掴む。柚子は叫び声を上げた。職員室から数人がちらりとこちらに目をやったが、誰も出てこようとはしなかった。

「嫌! 離して! やめてよ!!」
「謝って下さい……」
「なっ……!?」
「俺の友達です! 化け物じゃない!! だから謝って下さい!」
「……」

 柚子は目だけを動かして、コロナモンを見る。

「…………友達?」
「そうです!」
「ぎー」
「で、でもあの赤いの……さっき喋って……」
「喋ったらだめですか? こいつら何も悪い事してないのに……」
「……何なのよ……昨日のヤツも喋って……何なの……? もうわけわかんない! 矢車くんは何なの!? なんでこんな生き物と一緒なの!?」
「…………昨日の?」
「そうだよ! 君は知らないかもしれないけど……」
「柚子さん……ブギーモンに会ったんですか?」

 その言葉に、柚子の表情が固まる。

「──え?」
「コロナモン! 昨日の助かった子ってこの人だ!」
「……矢車くん?」
「花那とガルルモンに連絡しないと……」
「ちょ……ちょっと、待ってよ……。ねえ……!」

 蒼太の手を振り払う。混乱して上手く言葉が見つからない。

 どうして昨日のこと?
 ブギーモンって、何?

 そういえば、この子と村崎さんは仲が良かった。

「……もしかして」
「柚子さん、お願いがあるんです。昨日のことで……柚子さんに協力して欲しくて……」
「知ってるよ……」
「……え?」
「だって……村崎さんと話したもん……話聞いたもん……! だから私、ここに……!」
「──柚子って、言ったね」
「!」

 コロナモンがそっと寄って行く。柚子は怯えた眼のまま、引きつった声を漏らした。

「昨日ここで助かって……君は、ブギーモンを見たんだね」
「……あ……」
「じゃあ、怖い筈だ。俺たちのこと。怖くないわけないんだ。……俺たちデジモンのせいで怖い思いをさせて……本当に、ごめん」
「なんでコロナモンが謝るのさ! お前は何も……」

 ……もう、わけがわからなかった。

 柚子はじっとコロナモンを見る。蒼太の背で鳴くユキアグモンと交互に、何度も視線を動かした。
 蒼太も柚子のことを見つめる。そのまま、そっとコロナモンの手を握る。段々とユキアグモンが寝息を立て始めた。

 ……昨日の化け物とは、何かが違う。

「…………矢車くん」
「……はい」
「ごめん……」
「…………俺こそ、すみません」
「……矢車くんとその子たちは、村崎さんたちの仲間なんだね」
「俺と花那は……昨日、襲われたんです。柚子さんと宮古を襲ったのと同じヤツらに」
「なら、ねえ……なんで無事なの? 私はただ、運良く気付かれなかっだだけなの。でも二人は襲われたんでしょ?」
「……助けてもらいました。コロナモンともう一人……友達が守ってくれたんです」
「……守った……」

 コロナモンと目が合う。
 真っ直ぐな、敵意も悪意もない瞳。彼らが味方なのだと、柚子は心から理解した。

「……二人も、さっきはごめんなさい」
「いいんだ。君は何も悪くないよ」
「……私、村崎さんと話したの。あなたたちが色々やろうとしてるの聞いて……私が情報を手に入れたら、詳しい事教えてもらえるって……。でも結局何もできなくて……警察からも学校からも何もできなかった」
「……顔を上げて。君が謝ることなんてないんだ。……俺たちだって、何も出来てないんだから」

 柚子はすっかり落ち着いた様子で、首を振る。

「……警察も学校も親も、私の言ったこと信じてくれなかった。……矢車くん、もう一人……この子たちと同じ生き物がいるって言ったよね。……その子とも、会ってみたい。もう、怖がらないから」
「……多分、巻き込まれることになります」
「それでもいいよ」
「俺と花那も、こいつらに守ってもらってる側だから……だから、決めるのは」

 コロナモンに目をやる。コロナモンは少し考えるように目を伏せ────

「……ガルルモンの所にはブギーモンがいる。君たちを襲ったヤツだ」
「……!」
「蒼太と花那を襲った個体を生け捕りにした。情報を聞き出す為に。まだ起きてないけど……そこにガルルモンはいて、ブギーモンを見張ってる。
 人間が二人、一緒にいるけど……危ない事だ。俺たちは、進んで誰かを巻き込むことはしたくない」
「……」

 ……とんでもない事に手を出そうとしている。それは、自分でもわかる。
 だが……

「──他校の被害とうちの件が一緒なら、組織的なものでしょう! どうして何の情報も掴めてないんですか!」

 職員室から僅かに漏れる、不毛な会話。

 警察は役に立たない。
 学校なんて余計役に立たない。

 大人は、役に立たない。

 今、何か出来るとしたら。自分が力になれるとしたら。
 この事件の解決に、最も近い所にいるとすれば、それは──

「……大丈夫。私も、望むところだよ」




「──もしもし? ああ、花那ちゃん。ちょっと待っててね。おーい、ガルルモンくん」

 テレビの消えた部屋。全力で回る扇風機の前で、みちるがだらしなく声を出している。
 犬小屋の中では未だ、ブギーモンが意識を失っていた。全身からは滝のように汗が噴き出していた。

「ガルルモンくん。花那ちゃん何て言ってた?」
「あ゛ーぁぁぁぁ」
「みちる、うるさい」
「……デジモンと一緒だった蒼太の友達、ブギーモンに連れてかれてたみたいだ」
「なんてこったあ゛ーぁぁぁ」
「扇風機止めようか」
「でも、そのデジモンには会えたって。さっき話した柚子って子も連れてくる」
「へえ。コロナモンくん、よく連れて来る気になったね。キミ達二人とも頑固そうなのに」
「……僕らが守るさ」
「大丈夫だよ。二人を信頼してるからボクらもいるし」
「……ありがとう」
「よっしゃー。お客さんいっぱいだしお茶の準備しよー! 人ん家だから水しか出せないけど!
 あといい加減、そこの狸寝入り野郎も起こさないとね!」








第八話  終






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